見出し画像

まるで私だけがつらいみたいな言い方

誰もそんなことは言ってない。
けれどどうもそんなふうに聞こえるんだそうだ。

はじめて言われたのは小3のときだった。小4だったかもしれない。いやもっと小さいときに母親に言われた?でも思い出せるのはクラス会議みたいなときに公衆の面前で誰かに言われた。いや正直その言った子のことなんて覚えてないし、そんなこと目に入らないくらいつらいって嫌だって主張した記憶はある。
当時は「は?それの何が悪いんですか??」とどこかで思ったものの、空気がぴしゃんと冷えたので黙ってみた。多分あの空気にする担任なら、わたしたちは小3だったんだろう。
自分の感情について集中していて、一生懸命なことは全て褒められてきたのに、そこでどうしてそんな歯止めをかけられるようなことがあるのかが不思議だった。今でも、今でこそ言ってくれる人はいなくなったけれど、会社で冷たい視線を感じることはある。

当時のいやそれでもわたしは苦しいんです的な≪被害者感覚≫の問題については、少なくとも今は語りたくないので、今回は≪ネガティブ発言≫の話をする。
まぁこれも別に語りたいわけではないのですがこれが今回の本題なのです。許してね。

多幸感で天国に行きたい、そうだ幸せなものを見たいよねって当たり前のように思ったのがコロナから1〜2年前だった。オブモンを聴き、中村佳穂を聴いてつくづく思っていた。
ようやく捻くれないで幸せで痛いって素直な気持ちで明るいものを愛せるタームがやってきたと嬉しかった。もうこれで恥ずかしい思いをしなくて済むと。

そのうちアメリカのハッピーコンテンツの裏で鬱病患者がいっぱいいるとかいう話を聞き、そして今もなおポジティブコンテンツが称賛される空気。それらはすぐに反応が返ってくるし、ネガティブコンテンツは黙殺されてゆく。
でもネガティヴに目を向けなくてなにが人生なんだ、と自分と向き合えば向き合うほど思うようになった。
わたしはその感情に生かされてなんとか生きている実感を味わっているというくらいの詮無い生き物なのにね。そんなことを考えるときの自分は、虫みたいなもんだ。足をばたばたさせて、うねうねともげて、それでもからだをぐねらせて生きている。

昨日一昨日と美術分野のアート作品をたくさん見た。鑑賞までいかなかったけどとりあえず見た中で、おそらく1番ネガティブなオーラを発している作品があった。いやわからん。黒っぽくて生死を意識してる(と書いてあった)作品なので、雑にネガティブと言ってるけどこの発言は事情を知っている他者が読んだら侮られそうである。
その作品について、今飾ってある中ではこれが1番人気なんだよね、という話を聞いた。あの中ではたしかに異質で、よく目立ってはいた。

ネガティブなものが注目されている時、それはおそらく私が想定している客と、注目している客の層が、完全に変わっているのだと思う。どう違うのかはわからないけど、でも確実に違う。
その世界にはわたしの知らない社会があり、知らなくても大丈夫でありながら、でも確かに動いている未知の生物みたいなもんだ。

生きれば生きるほど、未知の生物と社会と思惑だらけ。それでも人間の欲望は案外に単純なんですけど。そして純粋でその純粋さが狂気。

羨ましいとか羨ましくないという感情はこのごろ滅多に湧かない。その人だから選べた道なので。
わたしはわたしの人生を自分で選び取ってきた自信があるし、これ以上の人生なんて選び取れるはずがなかった。いつだって最善を尽くし、それが限界であった。

自意識に潜っている時間は長いと思う。
それは自己陶酔といえる。
他者不在の時間がある。
孤独の時間は長い。
長いなりに人は自分の話ばかりしないらしい。
その多くはただ我慢している場合がある。
公衆の面前で裸になって寝そべることがパフォーマンスになりえるかどうかは、感謝と信頼と運と、生き続ける覚悟だ。
この頃ずっと上司の顔ばかり思い浮かべて会っても挨拶するのが精一杯だった。そんな顔を見ている暇はなく、逃げたくても逃げないで競歩、競歩、競歩。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?