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【短期連載】100万円 第2話

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8月から9月は、ほぼ毎週末オープンキャンパスが実施される。
広報課にとっては地獄の2ヵ月。高校生に向けて情報発信するのが主な業務ということで、タイムスケジュール作成、備品準備、人員調整、当日の運営、参加者へのクロージングーー出願へ気持ちを固めさせる最終段階ーーといった骨の折れる業務の大半を担うのだ。特に人員調整は大変だ、学科の先生に休日出勤をしていただくよう丁重にお願いするのだから。

「まだ9月の中旬かよ。オープンキャンパスに追われる日々がまだまだ続くかぁ。明日もオープンキャンパスだよなぁ。休日手当も上乗せしてほしいよなぁ。何週連続で土日出勤しないといけないんだよ。明日さぼろうかなぁ。」
職員室の一角。愚痴をこぼしたいのはこっちだと思いながら、今井はITビジネスの教員である沢谷の聞き役に徹している。
沢谷のマシンガントークは止まらない。

「そんなこと言わないでくださいよ。沢谷先生のプログラミング体験講座、高校生からわかりやすいって評判なんですよ。」
物腰柔らかな口調で40代の男性が会話に加わる。恰幅がよく背も高いが、温和な笑顔が圧迫感を軽減させる。

「そうはいってもさタケさん、やっぱり休日出勤が続くのは疲れるよ。」
沢谷の口撃の矛先が、男性に向けられる。

「そうですよねぇ、疲れますよねぇ。そんな中オープンキャンパスにご協力いただき、いつもありがとうございます。そうそう、そこの山翠堂で期間限定のおはぎを買ってきたんですけど、沢谷先生もいかがですか?疲れた時には、甘いものですよ。」
沢谷はぽかんとした顔で、差し出されたおはぎを見つめる。予想外の展開だったのだろう。
「…せっかくですから、おひとつ。早速いただきましょうかね。」
そそくさと沢谷が自身の席へ戻っていった。

「ありがとうございます、タケさん。」
「どういたしまして。今井君も沢谷先生につかまって、災難だったねぇ。」
タケさんこと武村は、広報課の課長だ。温和な雰囲気のせいだろうか、武村課長と呼ぶ者はほぼいない。代わりに『タケさん』と呼ばれることが多い。今井もその一人だ。

「広報課はたった3人だから、先生方にもご協力いただかないとオープンキャンパスもまともに開催できないからねぇ。ご協力いただくためには、ガス抜きの相手も大事な仕事だよ。」
そう言い終わると、武村は自身で買ったおはぎをほおばった。

学生の夢を叶えるサポートがしたくて就職したはずなのに。
高校生でもなく在学生でもなく、教員の相手に最も神経を使っている。
「俺、タケさんみたいに立ち回れる自信ない…」
「今井君、タケさんが特別なの。比べたら負け。」
周りに聞こえないようにつぶやいたつもりが、外回りから戻った植田には聞こえていたようだ。
オープンキャンパス業務で鍛えられたからだろうか、植田も『新人』から『今井君』へ呼び方を改めたようだ。
「褒められたら照れるなぁ。」
「タケさん、おはぎを食べながら話さないでくださいよ。それに褒めてないですよ。まぁ私美味しいもの食べたり何なりでリフレッシュしなきゃ、やってられないのは事実ですけど。毎年毎年この時期の忙しさは嫌になりますよね。ということで、プリン買ってきたんですよ。タケさんもどうですか?もちろん、今井君の分もあるよ。」
植田は一気に言い終わると、高級感ある紙袋を見せびらかした。

「ありがとう植田さん。僕の分は冷蔵庫に入れておいて。おはぎ食べ終わってからもらうよ。」
嬉しそうに武村は言った。


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