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慰労

この前の金曜日、賞与が支給された。もう、夏の賞与から減額か最悪はなくなるかとも恐れていたが、何とかいくらか振り込まれていた。

こういうとき、仕事があることに感謝する。会社に対しても少なからずのひっかかりや思いはあるが、こんな緊急事態にも賞与を出してくれたことに本心で有難く感じる。

夕方になり、ひとり、またひとりと仕事をあがっていく。

お疲れ様でした。

リモートでコメントをやりとりしながら、なんとなくちょっと緩んだ気持ちになってきた。

誰か、飲みに行く人、いないかな?ビール1杯だけで、良いのだが。

しかし、ただでさえ、自粛ムードなのだ。そして、そもそも、今日は、テレワークだった。

家内が、そろそろ仕事が終わる。家内を誘って、ちょっとだけ、今日、贅沢をしてみようか。

そして家内に電話をかけた。

もう、帰ろうとしてる?

今、帰宅途中。

今日何の日かわかる?

7月3日でしょ。

いや。日付じゃなくて。

何よ、何があったのよ。

あのー。賞与、何とか出たよ。だいぶカットされたけれど。

あっ、そう。

いやいや。あっ、そうじゃなくて。慰労会しない?2人で。

すると家内が、いやいや。ふたりじゃなくて、次女が家にいると思うよと言うのだ。すっかり忘れていた。オンライン講義で、練習オフの次女が、朝から家にいたのだ。部屋から二人とも出ないので、すっかり忘れていた。私は、方針を転換して、3人で慰労会をすることにした。

次女の部屋に向かい、事情を説明すると、

外出、ダリぃ。

と言う言葉が返ってきた。

次女は、両親と3人で、というシチュエーションはもともと好きではないのだ。長男か長女がいれば、喜んで参加をする。

交渉が決裂し、ひとり家内が待っている駐車場に向かう。すると、誰かとスマホで会話しているようだった。乗り込むと、どうも、次女と話している様子だ。

そういうことで。じゃあね、待ってるから。

私が乗り込むと、家内はすぐに電話を切った。

なに。来るの?結局は、あの子は。珍しいこともあるものだ。

うん。来る。で、クルクル寿司を食べに行くから。

ほーう。お寿司か。久し振りだ。なかなか気が利く家内で良かった。私は、やはり幸せ者だ。

やがて次女が乗り込んできた。向かう方向、店の名前を聞いて、あんまり知らない店だな、とは、思った。車は、3人を乗せて走り出した。

店の最寄りになってきたとき、次女が電話をし始めた。どうも、例の彼氏のようだ。私も何度か会ったことがある。ただ、次女が私と彼氏を遠ざけるので、殆ど話をしたことがない。顔も、見た時間は極端に短い。だから、印象が無い。

そう。じゃ、駅前でね。

え?

ほどなく、

こんちは。

その彼氏が車に乗り込んできた。

おいおい。聞いてないよ。家内と結託か。なんだ、次女は気を取り直したわけではなくて、彼氏と会えるから、3人での食事、いやいや、4人での食事を承諾したのか……。なるほど。

私は、考えを巡らせた。逆に、良い機会だ。この際、父の威厳を少しはチラつかせておこうか。

そう。ふーん。そうなのね。

平静を装い、見てもいないスマホの画面に目をやり、店につくまで、さらに思いを巡らせていた。

やがて店に着き、席の案内をお願いする段になった。

何人様でしょうか?

店員がそう言った。私が指を4本立てて答えようとした瞬間、次女が、遮った。

2人ずつ、別のテーブルにしてください。密を避けるために。

かしこまりました。

……。

家内は、いつもは許してくれなさそうなメニューを許してくれた。ビール1杯、1皿150円の物ひとつ。200円のものひとつ。同じメニュー、つまり倍皿で2品。

会計は、両方のテーブル分、私のカード決済だった。

ごちそうさまでした。

3人が笑顔で口を揃えて言った。嬉しそうにそう言われて、私の幸せな慰労会は、静かに幕を閉じた。

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