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躁鬱と蝉

私は躁鬱持ちで、今回は両方いっぺんにやってきた。
両方一度に来ると、普段は鬱傾向でどよーんでろーんだらーん、そして不眠、というところへ、
シャキーンピキーンビシビシ!、そして眠らない、というのが加わる統一感のない奇妙なバランスの調和状態になる。
こうなると、自分を眠らせるためにお薬が必要となる。

微睡が来たな、というところへ「躁鬱さん」がやってきた。
彼はなんだか「大樹の精霊」みたいな姿で、どっしりと大地に深く繋がっていて、そして生き生きしていて爽やかな香りがした。

私がただ見上げていると、彼は黙ったままで当たり前のように私の手を握った。
湿度のあるしなやかな手。
握られた私の手は、気持ちの良い冷んやりとした質感を感じている。それに気付いた私は、自分の全身の骨に無限の安堵が広がるのを感じ、そして私はその安堵に圧倒された。

彼が当たり前のように私の手を引き歩き出した。私はなす術なく引かれるまま歩いた。

彼は森の中を歩く。彼に手を引かれるまま私は森の中を歩く。歩きながら、私は何の脈絡もなく嗚咽が湧き出てきて、そして何処からこんな声が出てくるのかというような大声で泣いた。慟哭する私の手を引いて彼はとつとつと歩き続ける。やがてそこは深い森の中で、土の匂いがした。
ふかふかとした枯葉が堆積してできたような森の土は、私の朽ちた死骸が土となったものだった。ところどころに、まだ形をとどめている私の遺骸がある。

私は彼の手をそっと解き、私の遺骸のひとつに近寄った。かがみ込んで抱き起こすと、死んだ私がだらりとした手を微かに動かした。「ごめんなさい。どうか行かないで。私をひとりにしないで。お願いだから一緒にいて」冷たくずしりと重い遺骸に縋り付いてそう叫ぶと、死んだ私は死んだまま私見つめた。死んだ私は、死んだ私だ。分かっていてもどうしようも動けなかった。

私の身体のどこからこれほどの声が出てくることができるのか、慟哭はいくらでも湧いてくる。
ああ、そうか、蝉はこのように鳴くのだ。私の命とも魂とも違う、どうしようもなくあまりにも本質的な、名前などつけられぬ何かが、しかしながら存在し続けている何かが、その響きを放つことを始めたら、それは永遠に続く。

泣き叫び続ける私に、死んだ私の言葉が聞こえてきた。
「私はあなたと一緒にいる。だから、あなたはあなたと一緒にいなくちゃね。」

私の手を引いてきた彼はというと、土となった私の遺骸に育まれた1柱の木であり、そして同時に私自身でもあるのだった。

私は私と一緒にいなくちゃね。

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