見出し画像

メキシコ生活記録⑧ ー他人の目を気にしていることが気になりだした

独立記念日のお休みに訪れた魔法使いのピラミッド@ウシュマル遺跡

 

 先週は自転車で転んで10億年ぶりくらいに膝をすりむき、20億光年ぶりくらいに傷が膿んだりして過ごしていた。異国の地で傷口が膿むアクシデントに見舞われると、ほんとに心が折れる。でも、日本から持参した抗生物質入りの外用薬(市販)で無事に治りました。薬は偉大。そして、「傷 ぐちょぐちょ」で検索したら対処法が出てくる時代に生きていることにも感謝。ちなみに、メキシコのガーゼの目はめっぽう粗いので通気性は抜群。
 あと、オンラインのシンポジウムで研究発表をしたりもしていた。日本時間で運営されていたので私は徹夜となり、こどもからは「夜勤」と言われたりしたけど…笑

 そんなこんなで、嵐のような学校スタートが嘘だったかのように割と穏やかに過ごしている。もちろん、初対面の先生と2人で車移動したり、ママ友の食事会に招待されたり、2号がお友達の誕生会に呼ばれたりといった数々の大冒険もあるし、宿題の英訳・スペイン語訳を手伝ったりなどのタスクの多いのだが、心情的にはまぁ割と落ち着いている。
 なので、今日はメキシコの人たち(主に学校のお友達)の振る舞いを通して気付いたことを書いてみようと思う。

独立記念日パニック
 9月16日(金)はメキシコの独立記念日だ。なので当日、学校はお休み。そこで、前日に学校でお祝いをするから、15日(木)は伝統衣装か、メキシコカラー(緑、白、赤)のTシャツとデニムで学校へ来るように、とのメールを2日前くらいに受け取った。言わずもがな、伝統衣装は持っていないし、メキシコカラーの服なんか持ってるわけがない。デニムに関しても1号は持っているが、2号は持っていない。くわえて2号はその日クラスでピクニックをするので、担当のお菓子を8つ買って持ってくるようにとのお達し。メールにはメキシコの伝統菓子が数種類書かれており、2号の担当は「Palanquetas」。何だそれ。ということで、我が家はパニック。「え!明日ラップの芯がいるの!?」っていう小学生あるあるの5倍くらいのパニック具合だと思ってもらえればいい。
 服装に関しては、もっと早くから先生はこどもたちに伝えていたのかもしれないが、うちの子たちには聞きとれていなかったのだろう。さぁ、どうする…

 お知らせを受け取ったのは火曜日。私はまだ免許を持っていないので車で買いに行くことができないし、自転車で行ける距離のお店にはTシャツなんか売っていない。夫の会社帰りにお願いするしかないが、日本との会議がある日でそんなに早くには帰れないし、すんごいメキシカンなTシャツを買ってきて1号の顔が引きつる未来しか見えない。とりあえず木曜日に何を着てくるのかお友達に聞きな、と1号に連絡させたんだけど、お友達からの返事は「まだ決めてないよ~」だったらしい。詰んだ。完全に詰みだ。そこで、とにかく先生に「green, white, and red」(全色入り)なのか「green, white, or red」(単色でok)なのかハッキリと聞いておいで!というミッションを1号に与えた。この返答を待って、何とか水曜日の夕方にカタをつけるしかない。
 思い返せば、スーパーマーケットなどにメキシカンなグッズが並べられたコーナーができてるなとは思っていたのだ。観光客なんか来ないのになんで?と不思議に思っていたが、独立記念日用のコーナーだったのか。

 決戦の水曜日。1号から「先生が "or" って言ってた!」とのうれしい知らせ。それならある!白いTシャツが我が家にはある!ただ、ここでも問題発生。無地でないとダメなのでは!?との疑義が生じる。1号は無地の白Tシャツを持っているが、2号のは前面に柄が少し入っている。いいのか?イチかバチか、ちょっとキャンプっぽい柄のあしらわれたTシャツで賭けに出るしかないのか…。と思っていたら、メリダに住む日本人の方から別件で連絡があり、ついでに独立記念日の服装について聞いたら、無地でなくてもいいはずとのお答えが。よし!じゃあもうこのキャンプTで行こう!デニムはないけど学校の制服パンツなら怒られないだろう。ということで、服装については何とかカタがついた。そういえば、1号に夜な夜な赤いリボンを縫ってあげたな。
 ちなみに、2号の担当お菓子はママ友チャットからコンビニでも買えるという情報を仕入れていたので、夫に発注済みだ。これで何とかなる。と安心していたら、私が送った画像のお菓子と少し違うお菓子を夫が買ってきた。数店舗回ってくれたのだが、発注したお菓子は売り切れたのかどこにもなかったらしい。お菓子の見た目はほぼ同じなのだが、パッケージに印字されてる名前が違う。夫も不安だったようで、似たようなお菓子を大小2種類、合計16個も買ってきた。ただもう買いなおしに行く時間はないので、とりあえず16個全部持って行って、大小どっちがいいか先生に聞きなさいということにしてその日は寝た。

持って帰って来た大きい方の類似菓子。案外おいしい。ハイカロリー。8個も消費できない。

 結論から言うと、みんな何となくメキシカンな思い思いの恰好で来ていたらしい。デニム履いてない子もいたし、伝統衣装のドレスを着てる子や、何ならふつうに制服で来てる子もいたそうだ。2号のクラスはサッカー男子が多いのでメキシコのユニフォームを着てる子が多かったらしい。お菓子は名前云々というより「こっちは大きすぎるから小さい方もらうね」という感じで、何の問題もなかったらしい。たぶん、こんな大騒ぎしたのは我が家だけだったんじゃないだろうか。

「とにかくみんなと同じに!」
 私たちは、学校という場でこどもが悪目立ちすることを恐れている。悪目立ちとは、ルール違反しているとか、みんなと違う出で立ちなどで浮いてしまうというような事態だ。そういう場合、友達からは白い目で見られるかもしれないし、先生からは怒られるかもしれない。どう転んでもマイナスになってしまう事態を避けさせなければという強迫観念が親にはある。また、こども自身もみんなと足並みを揃えられないことに不安を感じている。
 「とにかくみんなと同じに!」というスローガンが、私たちの頭上にはいつも無意識にはためいているようだ。要するに、他人の目を気にして、何なら他人の目を軸にして、自分のことを決めているのだ。特に、集団が相手となればなおさら。みんなと同じでされあれば、あとは何とかなると思っている。思考停止の甘い誘惑にいつも知らずに屈してしまっている。私はこうしたこと自体をそんなに悪いことだとは思わない。でも、これが足かせになっている場面はあるだろうと思う。

「親切にする」のはこわいこと?
 1号も2号も、本当にクラスメイトによくしてもらっているし、困っていたらクラスや学年を超えてみんな親切にしてくれるらしい。「あの子は少し日本語が話せるよ」って先生が紹介してくれた1学年上の女の子も、1号をランチに誘ってくれたり、会うたび話しかけてくれたりするようだ。みんなが親切にしてくれるおかげで、うちのこどもたちも学校へ行けている。
 でも、これ、日本だったらどうだろう。外国から日本語のほとんど話せない転校生が来て「あの子は少し英語が話せるよ」って先生から紹介された子が英語で手伝ったりしていたら、周囲から「調子にのってる」「点数稼ぎ」などの悪口が聞こえてくるんじゃないだろうか。そしてそれをその子自身が感じ取って、転校生に親切にするのを躊躇してしまうんじゃないだろうか。こうした状況は多くに日本人にとっては容易く想像できるだろう。つまり、「自分のしたいこと/しようと思うこと」と「それに対する周囲の反応」が一致しないと予想される場合、私たちは「周囲の反応」の方を重視してしまうことがあるのだ。思いとどまるのが、たとえ「いいこと」の方であったとしても。
 こういうことって、なんか全体的にまわりまわってみんなが損してるよなって思う。エスパーでもないかぎり分かるわけない周りの顔色をあれこれ想像するよりも、自分の気持ちの方に正直に、素直に行動出来たらいいのになと思う。で、それを実行してくれているように思うクラスメイトたちを思うと、感謝しかないし、うらやましくも思う。心の中にねじれのない状態で親切にできるのってお互い気持ちがいいよね。

他人の目を気にしていることを気にする無限ループへようこそ
 
なんて偉そうなことを言っていますが、独立記念日の準備で周りの目を気にしまくって大騒ぎしたのは私です。1号に友達の服装を聞きなと言ったくだりなど、日本人だなぁとしみじみする。私も御多分にもれず、周りの目を気にしまくって、周囲と同じであることを第一に考えて行動していたと、気付いたわけ。そしたら、これが今度は気になりだした。メキシコ人は周囲を気にしないのに私だけが気にしている……私は周囲から浮いてるんじゃないだろうか。
 何にせよ、今回の一件で、私たちが他人の目を気にしていることが気になりだしたということが分かったわけです。今週はじめにも「明日は世界平和の日なので白い服装で来てね」というメールが前日に学校からきて、やっぱり慌てた我が家なのでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?