エンジニアとテック系の給与調整モデル
会社がどうやって給与を決定するかの話。
実は本当に書きたかった記事は
伝統的な給与体系は定常状態を仮定しているが、スタートアップにおける人事は非定常過程でありなんとかかんとか
給与を隠れ変数としその一部しか観測できないとするとこれは生成モデルとみなせるから最尤推定でなんとかかんとか
だった。つまり数学をしたかった。
ただまとまらなかったため、組織の話をすることにした。
はじめに
今日は
伝統的なモデル
非伝統的なモデル
の2つについて紹介する。
伝統的なモデルはよくある古典的な人事制度、もう1つはそれで対応できないもの、つまりエンジニアだ。
最近だとこういうサービスもある。
人材の流動性が高く、外部環境の変化が激しい場合にどういう考え方をすれば良いのか。
実際の会社で運用されている人事制度はここまで単純ではないが、基本的な知識を持っていれば役に立つことがある。
できるだけわかりやすく説明することを優先しているため、厳密性は保証しない。この点は留意してもらいたい。
伝統的なモデル
(日本において)伝統なモデルでは、次の3点セットを考える。
等級
評価
報酬
以下、最も一般的あるいは基本的と思われる説明をする。
等級
等級はその人の能力を表す。別の言い方をすると「その人が長期に渡って企業価値の向上に貢献する見込みの度合い」である。次のように定める
例えば10段階とか段階を決める(等級1〜等級10)
等級ごとに要件を定める
等級ごとに給与幅を定める
人材に対し、要件を満たす等級を割り当てる
評価
評価は適当な期間ごと(半年ごと等)の成果と行動に対して行われる。別の言い方をすると「その人が短期に渡って企業価値の向上に貢献した度合い」である。
成果について
いくつか(2〜3個)の目標を期初に定める
また、目標に対して重みを決める
期末に達成度を決める(例えば1〜5の5段階)
目標および達成度は直属の上司が決める
実際は上司が単独で決めるケースはあまりないのではないかと思う、360度評価的に行う場合も多いと思うがここでは一番簡単なケースを考える。また、自己評価を記入しそれに対してFBを受けるということが多いと思う、これはコーチングの観点と自己リファレンスで評価の精度を上げるという両面がある
達成度は等級に応じて決める
例えば、同一の成果を上げたとしても等級が高ければ「辛い評価」になる
行動について
いくつかの行動の項目がある(行動指針を使うことが多いだろう)
期末に達成度を決める(例えば1〜5の5段階)
達成度は直属の上司が決める
達成度は等級に応じて決める
評価について
成果と行動を重み付けして足したものを評価とする
重みは等級によって決まる
成果目標は短期に寄与するもの、行動は長期に寄与するもの、と考えより等級の高い人材はより成果を重視される、とするのが一般的である
査定
次を行う
評価に基づき、等級を更新する
評価と等級に基づき、給与を更新する
評価による更新
評価によって、これを反映する(短期貢献に対する更新)
等級による更新
等級が変化した場合、これを反映する(長期貢献に対する更新)
組織
とりあえず組織は最も単純な構造をしているとする。
ヒエラルキー構造である
上司は部下の評価を決定する
(これまで書いたモデルを厳密に適用すると)人事制度によって、全ての従業員の等級と給与が決まる
(例えば取締役会等で)これを承認する(実際は承認を受けた人物(人事本部長とか)に委任する方が多いと思う)
財務
当然ながら、全体の人件費が事業計画に従う必要がある。事業計画の策定そのものはここでは言及しないが、仮定として
社内の昇給率と社会全体の昇給率は一致する
採用計画の達成度が高い
退職者は存在しない
ならば、全体の平均給与の上昇だけで計画との誤差を説明できる。これに加えて
部署ごとの給与分布が全社の分布と近い
なら部署ごとの評価の平均と分散が他部署と同程度に調整されれば、最終的な人件費を事業計画と一致させられる。
その他
以上が伝統的なモデルだがこのまま使うと問題がある。まずこれが上手く機能するためにはいくつかの前提が必要になる。
要件を厳格に定めることができる
評価を精確に行うことができる
外部環境(採用市場、マクロ経済)に変化がない
人材の流動性が低い(中途入社が少なく、退職者も少ない)
人の成長速度には個人差があまりない
テック系のスタートアップでこの条件を十分に満たすのは難しい。
そのままだと厳しいので、普通は補間的な機能を追加する。
職種で分ける
360度評価とする
コミュニケーションフローを追加する
目標や行動の重みを非線形にする
例外をつくる
定期的に改善すれば良いという考え方もあるが、一般に人事制度は頻繁に変更しないほうが良い。コミュニケーションコストが大きく増大するからで、わかりやすく言うと「遊び慣れる前に仕様がコロコロ変わるゲームはつらい」だ。
非伝統的なモデル
別のアプローチを考えよう。
まず、等級と評価という概念を忘れて原始的な考え方をしてみる。普通、給与は次のようになっていてほしいと思う。
給与は「その人の企業価値の向上への寄与が高い順に」並ぶ
給与は「他社へ転職したときのもの」と同じである
1つ目は組織内の相対評価、2つ目は組織外との相対評価である。2つ目は意図的にギャップをもたせることもあると思うが今は考えない。職種ごとに水準が異なるのは2つ目の問題である。
この2つは全従業員の職種が同じでない限り明らかに両立しない。どちらを優先するかは組織によるだろう(ソフトウェアエンジニアなら間違いなく2つ目が重要だが、すべての業種と職種がそうであるとは限らない)。職種を分けた給与幅はこれらの折衷案として使える。
職種ごとに等級を設ける
等級ごとの給与幅は市場の水準と一致させる
ここでは2つ目にフォーカスしてこういう状況を考えよう
人材の流動性が極めて高い
外部環境(採用市場、マクロ経済)の変化が極めて速く大きい
これに対応するモデルを紹介する。
査定
査定は次を行う。
期中について
中途入社が多く存在する
採用時、自社の給与水準は無視する
期末について
再オーダーする
全社員を今雇ったと仮定して給与を再決定する
これを新たな給与とする
これに基づいて給与テーブルを再設定する
以上である。これなら確実に外部環境に適応できる。伝統的なアプローチと思考順序が逆になっていることに注意してほしい。
等級
等級とは「クラスタ」である。等級によって福利厚生や権限に差をつけることはあるだろうし、事業計画や人員計画では等級を使って見積もりを行うことがあるだろうからそういう場所で利用できる。
同様に等級ごとの給与幅はクラスタのパラメータである。これは社内や社外への説明で使うことができる。
評価
評価は「コミュニケーションの機会」である。また、マネージャーの責務は「メンバーの市場価値を向上させること」である。
目標はその目標を達成することにより市場価値を向上させるものである必要があり、行動指針はその行動を行うことにより市場価値を向上させるものである必要がある。
組織
マネージャーはメンバーの市場価値を把握できなければならない。これは、マネージャーとメンバーの職種が近しいことを意味する。つまり、機能別組織である必要がある(あるいは同等の査定を組織として行う能力が必要になる)。
財務
人件費の予測は困難になるため、補助線が必要になる。
ボラティリティについて合意を得る
全体の変動に制約をかける
個別の変動に制約をかける
全体を均す
実際にはいくつかの組み合わせになるだろうか。とはいえ、そもそも「予測できないくらい外部環境が変化する」ことを解決するモデルであるため、柔軟性を損なうのは本末転倒である。メンバーの市場価値を向上させることはマネージャーの責務であるため、外部環境に変化がない場合は一人あたりのコストが上昇することは本質的に望ましい。
その他
非伝統的なモデルは銀の弾丸になるだろうか、そうはならない。
市場価値なるものをどうやって判断するか
半年ごとですら追いつけない事業や環境の激しい変化
スタートアップの財務状況はその定義と文字通りに死活問題である
また「伝統的な方法の方がうまくいくような組織」だとむしろ逆効果である。予測できないものに追いついていくようなモデルなので予測性があまりない。絶対的な評価が可能ならばこちらの方がマネジメントは容易だ。
おわりに
2つモデルを紹介したが、現実の組織では「ミックス」させることが多いのではないか。テック系のスタートアップで単一職種だけで成立するような組織はほとんどない。両方とも必要になる。
こういう知識を自分はどこで得たのだろう。たぶん管理職をやってからだと思う。別に誰も隠しているわけではないがあまり表に出てこない情報のように感じる。自社の制度理解や、あるいは自社の制度をアップデートする時の役に立てるなら幸いである。
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