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2021年1月オランダの暴動とジェンダー

前回のつづき。

1月23日(土)にオランダで夜間外出制限令が出され、それに反発する暴動が各地で起きたことについて、書こう書こうと思いながらもう2月も終わろうという時期になってしまった。

私の文章はいつも冗長なので結論から言おう。

夜間外出制限(*1)に対する暴動の参加者には比較的若い男性が多く、彼らの動機の一つには「男性らしさ」の幻想に起因する苦しみがあるようだ。

ということが言いたい。

なぜ暴動のニュースでジェンダーの側面に注目したかというと、藤野裕子『都市と暴動の民衆史:東京・1905-1923年』(有志舎、2015年 )で男性史という視点に気付かされたからである。

同書は、暴動の参加者が男性ならばそれを男性史として見ることができるという発想で書かれている(新書も出たようだ)。

それを踏まえて、オランダでの暴動のニュースを見て「動画や報道を見る限り参加者は男性ばかりだなぁ」と思っていたら、まさにそれを指摘するコラムをいくつか見つけたので、暴動の一側面として、備忘録を兼ねて簡単にまとめておきたいというのが本記事の趣旨だ。

暴動の発生・沈静化

夜間外出制限の開始後、各都市で暴動・略奪が行われた。具体的な都市名は、アイントホーフェン、ヘルモント、デン・ボス、ティルブルフ、フェンロー、ヘレーン、ルールモント、ミッデルブルフ、ロッテルダム、デン・ハーグ、ハーレム、ウルク、ズヴォーレ、アムステルダム、アムステルフォールト、ユトレヒト、フェーネンダール、エンスヘーデ、アルメロ等々である。

行為の内容は、バス停へや車の放火、警察車両への投石、卵を投げる、路上での花火の打ち上げ、病院・商店・スーパーの窓を割る、店内を荒らして物を盗むなどだ。

(この記事内では生々しい映像が多数見れる)

警察はその場で、あるいは監視カメラやネットの記録をもとに、暴動実行者やSNSで暴動を呼びかけた人物を捕縛した。緊急法が導入され、すぐに小規模な刑事事件を扱う警察裁判所で判決が下されていった。緊急法が適用されたのは暴徒よりも扇動者が多かったとNRCは報じている。

最初に有罪判決を受けたのは、ハーグで警察車両に石を投げ入れた19歳の男性で、禁錮2ヶ月の刑をくらっている。法廷で彼は、石を投げた瞬間に罪悪感がわいたと語った。

また他に、ネット上で花火と焼夷弾を用いた暴動を呼びかけた18、19歳の少年らには、禁固刑・保護観察・社会奉仕活動が割り当てられた。

また、検察は成人の暴徒の資産・口座を差し押さえた。多数の被害店舗の補償に充てるためとみられる。

逮捕者は土日に約250人、月曜184人、火曜131人、水曜51人、木曜24人(以下略)と減少した。警察・検察・自治体がすぐに動いたことで暴動が沈静化したとみてよいだろう。


参加者の属性・動機

では、暴徒と化したのは誰だったのだろうか。

全国的には10代後半〜50代半ばの男性だったと報告されているが、各種報道で目立つのは10〜30代である。Telegraafによれば、暴動を起こして捕まった者の多くが実家暮らしの10代の若者であり、東ブラバントの検察・警察は、前科者にしないためにも親が子供を家に留めるよう呼びかけた。(*2)

前述のNRCの記事では、有罪となった6名の被疑者(暴徒・扇動者)を取り上げ、ファーストネーム・年齢・都市・容疑・法廷での発言・容姿・職業・家族構成・求刑内容・判決内容という構成で紹介し、彼らの属性が非常に多様であると分析している。

具体的には、宅配人・ギフトショップオーナー・自動車整備士・配管工見習い・大工・アマチュアサッカーのトップ選手・衣料品販売・ADHD・不安障害・PTSD・酒飲み・ヘビースモーカー・父親・投資信託マネージャー・裕福な家の末裔・起業家・失業者・高卒・少年犯罪経験者・インフルエンサーなどの側面が彼らにはある。

彼らのバックグラウンド的な偏りについては報道からは不明だ。モロッコ系オランダ人で有罪判決を受けた者もいるが、地元の白人の若者集団に店を襲撃されたと語る被害者もいる(*3)。

いずれにせよ、前述の通り、暴動はすぐに沈静化していることから、特定の統一的な思想(宗教の過激思想・ネオナチズム・陰謀論など)に基づいていたわけではなく、直接の要因はSNSでの扇動や現場での触発だったようだ。

では、彼らを暴徒にしたSNSでの扇動はどのようなものだったのだろうか。

NOSが街頭で複数の若者にインタビューしたところ、SNS上で「警察とおいかけっこしよう、何が起こるか見に来て一緒に楽しもう」と誘うメッセージや「うちの都市が最狂だ」「いやうちの方が上だ」といった競争的な応酬をネット上で目撃したという。また、暴徒は在宅時間が長くて鬱憤が溜まっており、自己顕示欲も大きかったのではないかということだ。

一方で、やや例外的なのは港町ウルクでの暴動の背景である。地元文化のようなものが根底にあるとニュースメディアのNOSは報じている。

要約すると

①元は島だったウルクは、20世紀の干拓で陸と繋がり漁業にダメージを受けて以来、中央政府・近隣地域・権威者を目の敵にしており独立心が強いため、自由の制限に反発する気質がある(ゆえに今回に限らず暴動の歴史を繰り返している)。

②住民の半分は24歳以下で、平日は工場で働き週末に発散するというウルク独自の若者の集会文化がある。

そして、今回の夜間外出制限がこれらの気質・文化に反するものだったため暴動に至ったと、学者らは分析している。


オランダ人らしさの幻想

では暴動に対する社会の反応はどのようであったか。

当初、ニュースメディアにおいて犯罪学者と警察庁の長官が、暴動を起こすなんて「オランダ人らしくない(on-Nederlands)」という趣旨のコメントをした。

しかし、歴史を見れば暴動がオランダ人らしくないとはいえない、という見解が複数の知識人から出された。

①B・デ・フラーフ(歴史学者・セキュリティ研究者・ユトレヒト大学教授)

1/25、フラーフは、暴動が「オランダ人らしくない」という指摘は歴史的に見ても誤りだと、80、90年代の不法占拠事件などの例を挙げて語った。加えて、暴徒は以前よりも政治的な行動を取っていること、SNSでの扇動・競争が彼らに刺激を与えていることを指摘した。

②S・アッカーマン(コラムニスト)

1/27のコラムで彼は、一連の暴動について「オランダ人らしくない」という感想は的はずれである、実は悪質なものも含めお祭騒ぎの文化は他所者のものではなく、この社会にある性質だと述べている。例としてアッカーマン自身が幼少期に祖父母の住む村で見た、大晦日に橋を焼く伝統的イベントの思い出や、近現代の暴動の例を挙げている(*4)。


男らしさの幻想

また暴徒を突き動かしたのは「男らしさ」の幻想だったのではないかという指摘がある。

①S・アッカーマン(コラムニスト)

既に紹介した彼のコラムのタイトルは、実はこうだ。

Toch een dingetje: de daders bij alle rellen zijn mannen, mannen zijn de daders
確かにあの問題だ―すべての暴動において犯人は男性である、男性が犯人なのだ

彼の見立てでは、陰謀論者・極右ナショナリスト・退屈した青年という、貧困地域で評価を得やすい属性の人間たちが暴徒集団を構成したのではないかということだ。そして暴徒と化したのはほぼすべて男性であることがわかっている。

アッカーマンは1980年の戴冠式での暴動を例に挙げ、自分は参加はしなかったが心が踊ったと正直に綴り、意図せずとも、暴動を起こす性質を自分も受け継いでいると示唆している。彼はさらに、それが遺伝子・教育・社会環境のいずれによるものか調査・考察し、男性は、男性らしさが彼らを敗北から守ってくれるという幻想に苦しんでいるのではないかという結論に至っている(*5)。

②De Groene Amsterdammer(週刊誌)

さらに2月になって De Groene Amsterdammer(緑のアムステルダム人、の意)という政治・社会・文化・文芸分野の伝統ある週刊誌では、夜間外出制限に際して暴動を引き起こした「有毒な男性らしさ giftige mannelijkheid(*6)」をどのように捉えるべきか、2人の女性筆者が専門家の分析をまとめている。

要するに
・暴動にみられる「有毒な男性らしさ」(日本語では「有害な男らしさ」とも)こそが彼らの苦しみの元凶である。
・世界は差別や典型からの解放へと向かいつつあるので「男性の多様性」に留意しよう。
ということだと私は読み取った。

週刊誌ということで、通常のニュースの数倍長い記事だったので要約も長くなってしまった。暇な人だけ読んでくれればいいです。

暴徒を右左などのカテゴリで分けることは難しいが、共通点があるとすれば男性であることだ。コロナ以前から、肉体労働は知能労働に取って代わられ、低学歴の男性が社会経済的に追いやられている。

そこには、男子児童・生徒の学習の遅れ →高等教育に進みにくい →若者世代における男性の失業や犯罪に繫がる、という流れがある。その原因は、①学校には女性教師が多いので、男子生徒はロールモデルを見つけられず、女子生徒に有利な教育システムにおいて不利になり学習を重視しなくなるため。②「男性らしく」行動せよというジェンダー規範のプレッシャーを受けると、学習についての自信を失ってしまうため(また、規範に沿って行動したところで女性教師・女子生徒には評価されないことが多い)。

その結果、社会に出ると女性よりも男性がグローバル化と脱工業化に適応できていないことが多く、彼らは肥満や失業、婚活市場での敗北といった目にあいやすい。
専門家は、それらを埋め合わせるために彼らは「有毒な男らしさ」=攻撃的で女性に非友好的な振る舞いに至ると述べている。

この「有毒な男らしさ」がフェミニズムの活動でばかり取り上げられていることが、この問題のすべてを表している。目上で・支配的で・競争的でなければならない、「男性化」しなければならない、というメッセージが、男性の間では幼い頃から取り交わされている。
暴力・依存症・セルフネグレクトに至る男性の多くは、社会問題の原因をフェミニズムに求め、男性が権力を持つ世界に戻りたがっている。しかし彼らは、実際には昔ながらの父性主義のステレオタイプに苦しめられているのである。
しかし、パートナーがおらず仕事がなく将来の見通しが立たない男性はそれに気付かず、彼らの敗北の原因をわかりやすく説明してくれる陰謀論のターゲットになり、場合によってはテロのために「武器化 weaponized」され、選挙では家父長制を推進する「強力な指導者」に投票しがちである。

調査によれば、男女平等の度合いが高い社会の方がそうでない社会よりも人々の幸福度が高いという結果が出ている。複雑な問題ではあるが、鍵は「男性らしさ」「女性らしさ」イメージからの解放だろう。ただし、ホルモンが行動に与える影響を考慮する必要もある。

「有毒な男性らしさ」は右翼のものとは限らない。例えばMeToo反対派の中にはインテリ左翼もいた。彼らが男性として長年保持してきた安心感が一時的にゆらぐためだろう。

我々は現在、男性的な多様性を含む、曖昧な性差・流動的なジェンダーの世界への道を進んでいる。「有毒な男性らしさ」はその新しい世界に至る前の、最後の発作だろうか。いずれにせよ、これからは「男性が…」とグループで括って論じるべきではない。実際、暴徒になったのはごく一部の人々だった。男性の多くは異なったメッセージを受け取りながら育っていることを意識しなければならない。
また、暴動にもポジティブな影響は生まれている。具体的には、トラクターでデモをする荒々しい農民や乱暴なサッカー観戦者たちが警察に協力して秩序の回復に努めた、自らの同胞に背を向けて。(大意)


まとめ・感想

歴史的背景に疎いので理解不十分な部分もあるだろうが、ひとまず、暴動とそれへのリアクションをジェンダー中心にまとめてみた。

コロナだから特別に暴動が起きたわけではなく、元から社会や人生に不満を抱えていた一部の男性が夜間外出制限を契機に暴徒と化したことがわかった。それが特に若い世代で目立つのは、教育上・キャリア上のつまづきやSNSの影響がありそうだ。

記事では追求されていないが、暴動に参加しなかったとしても、暴徒のネット配信を見てコメントで煽っていた人々は、性別にかかわらず存在しただろう。また、暴徒になった「男性」にはトランスジェンダー男性も含まれるかもしれない。既に類型・典型では捉えきれない多様化した世界が広がっていることが予想できる(*7)。あるいは、実際には元から多様性豊かな世界なのに、私を含む多くの人々が今までそれを見ようとしなかっただけかもしれない。

翻って日本社会ではジェンダーギャップがひどいことになっているし、多様性も認められにくい。上記の記事を読んだりまとめたりして、私自身もステレオタイプのジェンダーを無自覚に再生産したり他者に押し付けたり、あるいは「有毒な男性らしさ」を内面化していないかと非常に心配になった。いや、多分何かしら既にやってしまっていると思う。反省しつつ改善していきたい。


【注】

*1 補足情報。2月20日現在、ハーグの裁判所は、今回の外出制限発令の過程をみると緊急性が低いので法的根拠が不十分であると判断したが、その後法的根拠の見直しが行われ下院・上院で改めて可決された。

*2 リンブルフ警察の発表では逮捕者の年齢層は17〜55歳、NRC調べでは容疑者の年齢層は18〜56歳。なお扇動者側には女性や11歳の少年もいた。

*3 https://www.volkskrant.nl/nieuws-achtergrond/in-eindhoven-rijden-de-glaszetters-af-en-aan-op-the-day-after-dit-was-vernielen-om-te-vernielen~bad362b2/

*4 余談だが、確かに私が留学中に体験した年末年始の爆竹や花火もそれなりに荒々しい振る舞いだった。爆音の鳴り響く夜道をビビリなのでビクビクしながら海岸まで歩き、砂浜で花火(というか火炎放射)を鑑賞したのを思い出す。爆竹等で商店のガラスが割れることもあると聞いた。だから個人的には、アッカーマンのコラムには経験的に納得できる部分がある。

*5 コラムのタイトルでありオチでもある 'dingetje' は、ここでは「男性的価値観の有害性」という意味に近いと考える。'dingetje'(モノ・コト・問題を指す 'ding' の小型化形)という単語自体には、近年、物事・問題を強調するスラング的用法が生まれている。しかし、すぐにその対象を陳腐化させてしまうという問題も指摘されている。 https://trouw.nl/ts-bb25bcd6

*6 Toxic Masculinityの訳語。社会だけでなくそれを有する男性自身にとって有害な「男らしさ」のこと。Wikipediaでは15ヶ国語でこのページが見れるのに日本語がまだないよ。この分野に詳しい誰かが作ってくれないかな。ちなみに中国語では「有毒害的男子气概」。
https://en.wikipedia.org/wiki/Toxic_masculinity#Etymology_and_usage

*7 念のため付記しておくが「カテゴリ」が悪とは限らない。なぜならエンパワメントのための「カテゴリ」は当事者に歓迎されているためである。

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