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真の目的を見つけた人は、誰にも止められない | 〜原田マハ「サロメ」を読んで

人生で成し遂げたいことってありますか?もしそれが、あなたの周りの人を傷つけることになったとしても、成し遂げようと思えますか?


原田マハさん著、「サロメ」を読み終えました。タイトルでピンと来ない方も、この表紙には見覚えがあるのではないでしょうか。



物語の舞台は19世紀末のイギリス。ヴィクトリア朝による息苦しい政治体制のもと、それに反発するように新進気鋭の2人の芸術家が現れます。作家オスカー・ワイルドとイラストレーターのオーブリー・ビアズリーです。小説のタイトル「サロメ」は実際にオスカー・ワイルドが聖書をもとに書いた作品で、オーブリービアズリーは物語の挿絵を描いています。本作はこのサロメを巡る愛憎劇を描いたミステリー小説です。


実に濃密な313ページでした。現代から時を移し19世紀末の彼らの物語が始まってからは読むのを止められませんでした。それくらい引き込まれてしまったのです。フィクションとノンフィクションを見事に織り交ぜた作品でした。


物語はオーブリー・ビアズリーの姉、メイベル・ビアズリーの視点で進んでいきます。オーブリーは絵の天才。彼の作品を見せればあらゆる芸術家たちが手放しで彼を褒めちぎります。一方でその姉・メイベルは、女優を志すもののオーブリーのような圧倒的な才能というものはなく、どちらかというと「凡人」です。


オーブリーとメイベルは偶然、当時ヨーロッパの芸術界を騒がせていたオスカー・ワイルドと出会います。その後オーブリーはオスカー・ワイルドとただならぬ関係となっていきます。物語の前半くらいまでは、この2人の異常性みたいなところが描かれており、メイベルの方はどちらかというと”蚊帳の外”といった感じでした。


しかし物語がクライマックスに近づくにつれ、このメイベルの方が物語をとんでもない方向へ向かわせます。


ずっと病弱で非凡な弟を支える姉だったのに。一度自分の真の目的が明確になると、彼女はまるで別人になってしまったかのようになりふり構わず行動に移していきます。それが愛する弟を絶望の底へ突き落とすことになろうとも。


目的は、その人に成し遂げる覚悟を与えます。ときにその覚悟は他者を慮る気持ちをも消し去るほどに肥大し、なりふり構わずなんでもやってしまう、なんてことになってしまうかもしれません。


誤解しないでいただきたいのは、私はそれを良いとか悪いとか言いたいわけではないのです。でも、用意周到に、粛々と、ただ目的達成のための道をひたすらに歩むメイベルの姿に、羨ましさを覚えました。


私は勉強もそこそこできて、学校で大きな問題を起こすこともなく、手のかからない優等生だったと思います。高校受験も大学受験もそこそこに頑張って、中の上くらいの学校に入学。


どれも「必ず成し遂げたい!」という強い気持ちで取り組んだものはほとんどありません。強いて言えば周りにとやかく言われないように、それなりの人生を送る、というのが目的だったような気がします。


でも社会人になって、それだけでは評価されないということに嫌でも気付かされたし、何よりも自分が満たされないことにひどく絶望しました。急に全く違うルールのゲームにひょいと放り込まれた気分です。


だからこのメイベルが羨ましいと思ってしまいました。良い子ちゃんで過ごしてきたこれまでを全て捨てて、ただただ自分のやりたいように振る舞うメイベルに。私には、それほどまでの強い目的を持ったことがないから。


できるだけ周りの人は傷つけないほうがいい。それこそ自分の大切な人であれば尚更。でも一度そんなことは取っ払って、我が儘に、自分の本当にやりたいことを見つけ、そのためだけに遮二無二生きてみたい。


メイベル、オーブリー、オスカーワイルド。己の気持ちに正直に生き抜いた3人の物語がこの「サロメ」で描かれています。決して明るいラストではありませんが、とても人間臭く、憎めない3人の愛憎劇をぜひご覧になってみてください。

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