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海軍隠語

やよいさん、僕は海兵団に入って覚えたことがあります。
色々な隠語、つまり知らなくても生きていけるけど、知っているとちょっと格好いい言葉です。例えば「トンツウ」といえば通信科を指しますし、「陸さん」といえば陸軍のことです。他にも色々ありますがほとんどは下品な意味合いを持つものばかりで、やよいさんは全く知る必要はないのですがこのノートを読むこともないでしょうから書いてしまいます。
「KA」は嬶、「BA」はババア、「モーニングスタン」が朝勃ち、「Nる」はノロケ、そしてなぜか独身者のことを「チョンガー」といいます。

僕らは皆チョンガーでモーニングスタンし、娑婆にいた頃のN話で盛り上がるわけですが、殆どは大げさに話を盛っていると思われます。

実際MMK(モテてモテて困る)だったやつはいないはずです。皆、ハンドポンプ野郎(これは秘密です)なのです。

さて、下品な言葉を書き連ねる自分にやや興奮してしまいましたが、やはり僕は紀州藩士の末裔、海兵団での教育を終えれば立派な帝国海軍軍人としてこの国を護る任務につきます。しかし、海軍といっても色々な兵科というものがあり、僕は現在、海軍四等機関兵を命じられています。つまりフネを動かす燃料機関が配置です。灼熱のフネの底で汗まみれになって、フネの原動力となるのです。

灼熱の、とは書きましたがもちろん練習艦での訓練だけで、まだ実際に戦闘艦での経験はありません。しかもこの機関科、あるいは主計科などというところは直接戦闘に関わらないからか、非常に厳しい兵科だと聞いています。
しかしやはり将来実家の農家を継ぐにあたっても、機械の勉強をしておいたほうが何かと役に立つと思いますし、非常にやりがいのある兵科だと思っています。

短艇訓練で尻の皮、手の皮は擦りむけ、精神注入棒(時代錯誤な名称です)で尻を痛打されたときは痛くてしばらく立ち上がることもできませんが、なんとなく精神的にも成長し、ちょっとやそっとのことでは動じない胆力も付き始めたのではないかという気がします。ただ今日の訓練はいつにも増して凄まじく、この寒空のもとで朝から甲版掃除、相撲と銃剣術、陸戦教練に座学は苦手な算術と大変な一日でした。甲版掃除というのは文字にするとなんてことはないのですが、これが激烈にツラく、ソーフという雑巾で甲版を磨き上げるのですが、もちろんゆっくりとした楽な作業ではなく、

「回レ回レ!」

と追い立てられながらものすごい勢いで磨き上げ、教班長殿が「立て!」と号令をかけるまで立つことは許されませんので、この時点で足腰はガクガクです。毎朝のことなので多少は慣れましたが。

また僕は算術が苦手で、海兵団の試験前は非常な苦労をしたわけですが未だによくわかりません。なので特に算術を必要とする砲兵科の道は最初から目指しませんでした。そんな一日を終え、就寝前の僅かな時間で、ハンモックの中でこのノートを書いています。

右隣の中村くんは、郷里へ手紙を書いています。左隣の飽田くんは、有名な理髪師である父上の話をしています。その隣のやつは、毛布をかぶっておそらくハンドポンプでしょう。

そろそろ就寝の時間なのでこのあたりにて。



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