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手紙を配布する

海兵団に入って初日に書かされた手紙の返事がボツボツ届きだした。
ただし郵便配達が僕たちに直接手渡してくれるわけではなかった。

「本日、貴様達に届いた手紙を配布する。課業後に教員室へ一人ずつ取りにくるように」

面倒くさいことをやるもんだと思ってたら違った。

「おい井上、これは貴様の父上からの手紙か」

「はい!」

「こっちはどうだ、山下とあるが」

「これは恩師であります!」

「そうかではここで封を切れ、決まりなもんでな」

という具合で、僕は筆おろしをしてもらった近所のお姉さんに手紙を出さなくて良かったと心の底から思った。

この手紙の検閲は分隊長の仕事なんだけど、誰に手紙を出したか、或いは筆跡や言葉使いなどなどから、僕たち兵の人となりを知る、重要な要素になるらしい。班長殿からそんなことを聞いて、人の上に立つのは色々と難しいんだなぁと感心した。

ただ、女に手紙を出して返事をもらった奴らは、分隊長に声を出して読み上げられ、好きだの会いたいだの女々しいやりとりを笑われ、笑われるのはまだいい方で運の悪い奴はやっぱり殴られた。

岡野くんが女からもらった手紙には、接吻がどうのとか、お慕い申し上げておりますとか書かれていて、醜男の分隊長が必要以上にビンタを張っていた。

僕も実は、やよいさんに手紙を書こうかと迷ったんだけど、別に恋人というわけでもないし、単に僕が思いを寄せているだけだし、手紙の返事が来なかったらこの厳しい海兵団での生活がより一層惨めになるだけなので書かなくて良かったと思った。

しかし三度の飯はだいたい3分で食わねばならならずで味わうどころではないし、常に怒鳴られ座学では眠り、一息つけるのは雪隠くらいのものなので、なにかしら心の慰みになるものは欲しかったけど官給品の作業服にフンドシ、ハンモックと毛布と歯ブラシと衣嚢、これが僕たちが持っている全てだった。

最初の1ヶ月は寝るのだけが楽しみで他のことは何も考えることができなかったけど、それ以降は漲りも蘇ってきて、みんな隠れてスコスコやっていたけど、他人のそれを冷やかすほどのエネルギーは残ってなかった。

入団から3ヶ月がすぎて、だいぶ贅肉も落ちてうっすらと腹の筋肉が割れ、
バッターという木製の棒で叩かれて尻の皮も厚くなり、僕は機関科に進んでいた。フネの上より中の方が安全だとか、そんな邪なことを思ったわけじゃなく純粋に機械が好きだったからだ。主計科の方がインテリのような気もして心惹かれたけど、華々しい帝国海軍軍人と主計科の仕事がうまく僕の中で像を結ばなかった。もし万が一やよいさんに話す機会があったとして、海軍に入って給料の計算やってるとは言いたくないような気がしたのだ。

そして僕たちはいつも腹が空いていた。

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