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佐藤優:パレスチナのテロ組織に関する公安調査庁の報告書

 隔月刊誌「みるとす」に寄稿いただいている佐藤優氏の記事の中から、現在のイスラエル情勢を理解するのに有益と思われる記事を抜粋して紹介する。
 2021年12月号の記事で、「ハマス」「ヒズボラ」といったパレスチナのテロ組織について、日本の公安調査庁がどのように分析しているかを解説されており、日本の取るべき立場が明確に示されている。


イスラエルがパレスチナNGOをテロ組織に指定

 日本のマスメディアは、イスラエルの生存権について正確に理解していません。総論としてはテロリズムに反対しているにもかかわらず、パレスチナ問題になると及び腰です。その傾向が端的に表れているのが、イスラエル政府がパレスチナのNGO(非政府組織)いくつかをテロ組織に指定したことに関する「朝日新聞」の報道です。

イスラエル、パレスチナNGOを「テロ組織」指定 逮捕も可能に
 イスラエルが、パレスチナの人権NGOの6団体を「テロ組織」に指定し、国内外で波紋を呼んでいる。イスラエルは「テロ組織の資金源になっている」と主張するが、国際的に著名な人権団体が対象となり、批判の声が上がっている。
 イスラエルのガンツ国防相は10月22日、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区ラマラにある人権団体「アルハック」など6団体を「テロ組織」と指定した。さらに、イスラエル軍は今月7日、6団体をテロ組織であると決定。決定に基づく逮捕などを可能とした。
 イスラエルは今回の6団体について、テロ組織と指定するパレスチナ解放人民戦線(PFLP)と関係があると主張する。ガンツ国防相は10日、声明で「PFLPはテロ活動の資金を集めるため、『人道的な』組織のネットワークを運営している」と主張した。ただ、イスラエルメディアも団体とPFLPとのつながりについて「政府は具体的な証拠を示していない」と指摘している。
 「テロ組織」と指定された団体側は強く反発している。6団体の1つが、国際NGO「ディフェンス・フォー・チルドレン・インターナショナル(DCI)」のパレスチナ支部だ。ハレド・クズマール所長は取材に、「イスラエルの主張は虚偽で、根拠も示していない。我々を黙らせ、活動を止めようとしている」と訴える。
 国内外で、イスラエルの決定には批判の声も上がっている。国連機関などは今月9日、「市民と人権に対するさらなる侵害だ」とする声明を出した。
 一方、イスラエルは最大の同盟国である米国の理解を得ようとしている。米国務省のプライス報道官は今月4日の会見で、「イスラエル政府から詳細な情報を受け取った」とした上で、米国の対応については「提供された情報を見直している」と述べるにとどめた。(エルサレム=清宮涼)

2021年11月11日「朝日新聞デジタル」

 テロ組織か否かの判断は、当該団体の名称によってなされるわけではありません。人権NGOの看板を掲げていても、実態としてテロ活動(資金援助を含む)を行なっているならば、それはテロ組織です。「ハマス」や「ヒズボラ」などのテロ組織には、合法的な議会で活動する政治部門、医療や生活支援に従事する福祉部門もあります。テロ組織を維持するためには、政治部門、福祉部門の活動を通じて住民の支持を得る必要があるからです。しかし、これらの団体はいずれもイスラエル国家を消滅させることを目的としたテロ活動を続けています。「ハマス」や「ヒズボラ」、あるいはガザ地区でイランの支援を受けている「イスラム聖戦」が人道活動に従事している事実があるからといって、これらの団体に対するテロ組織指定をイスラエル政府が覆すことはありません。

信憑性の高い情報

 イスラエルはインテリジェンス大国です。「モサド」(諜報特務庁)、「シンベト」(保安庁)、「アマン」(軍情報部)の能力の高さには定評があります。これらインテリジェンス機関の活動は秘密裏に行なわれるので、証拠は公表されないのが通例です。インテリジェンス機関は、テロ組織に協力者を送り込んでいます。証拠を開示すると、協力者が露見して今後のインテリジェンス活動に支障が生じる恐れがあるからです。もっともインテリジェンス機関に対する監査システムが整っているので、テロ情報を捏造することはできません。捏造が露見した場合、組織の受ける打撃は極めて大きいからです。情報の信憑性を慎重に判断するのがイスラエルのインテリジェンス機関の特徴です。ですから国際的なインテリジェンス・コミュニティで「モサド」「シンベト」「アマン」は高く評価されているのです。
 イスラエルは民主主義国なので、政府の決定に対する批判も自由にできます。テロ団体の指定に関して、さまざまな意見が出てくること自体が、この国の健全性を示しています。イスラエル国民の圧倒的多数は今回の政府の決定を支持しています。それくらいテロの危険がイスラエルに迫っているという認識が国民の間で共有されているのです。

日本の情報機関

 日本のマスメディアはパレスチナに対して過度に同情的ですが、政府機関は事態を冷静に見ています。法務省の外局で公安調査庁という役所があります。定員わずか1697人の小規模官庁です。一般の国民が公安調査官の姿を目の当たりにすることは少ないです。秘密裏に情報を収集することがこの役所の主任務だからです。イスラエルにも職員を駐在させて情報を収集し、分析しています。国際的なインテリジェンス・コミュニティーで公安調査庁の評価は高いです。CIA(米中央情報局)長官SIS(英秘密情報部、いわゆるMI6)長官モサド長官が公安調査庁長官のカウンターパート(対等の立場にある相手)です。
 情報で日本の国家と国民を守るのが公安調査庁の仕事です。この役所は国内外でさまざまな情報収集をしています。

「国際テロリズム要覧」

 2021年7月に公安調査庁は、「国際テロリズム要覧2021」を公表しました。この要覧は、公安調査庁が1993年から、国際テロリズムの潮流および各種組織の実態を把握し整理するため、発刊し続けているものであり、2020年1月までの各種報道等公開情報を基に作成したものです。この資料「国際テロリズム要覧」では、パレスチナでのテロの歴史について詳しく記されています。
 「国際テロリズム要覧」は、1948年の建国時からさまざまなテロの脅威にさらされている事実を具体的に記します。

 イスラエルでは、1948年の建国以降、パレスチナ解放を標ぼうする武装組織によるテロが続発した。1972年5月には、テルアビブのロッド国際空港(現ベン・グリオン国際空港)において、PLO反主流派の「パレスチナ解放人民戦線」(PFLP)と日本赤軍が連携して銃乱射事件を引き起こし、24人が死亡したほか、同年9月、西ドイツ(当時)のミュンヘンにおいて、「黒い9月」がオリンピック選手村のイスラエル選手団宿舎を襲撃するなどして、同選手団11人を含む12人が死亡した。

「国際テロリズム要覧2021」

 イスラエルで日本赤軍がPFLPと連携してテロ事件を起こしたことを忘れてはなりません。

 「オスロ合意」が締結された1993年以降、「ハマス」や「パレスチナ・イスラミック・ジハード」(PIJ)がテロを活発化させ、西岸地区やガザ地区、イスラエル国内において、イスラエル軍や市民に対する自爆テロを繰り返した。2000年頃には、PLO主流派「ファタハ」傘下の「アル・アクサ殉教者旅団」(AAMB)もイスラエルに対する自爆テロを激化させた。こうした武装組織の動向に対し、米国国務長官は、1997年10月に「ハマス」、PFLP及びPIJを、2002年3月にAAMBを外国テロ組織(FTO)にそれぞれ指定した。
 パレスチナでは、これらの武装組織以外にも、「パレスチナ解放民主戦線」(DFLP)、「パレスチナ解放人民戦線総司令部派」(PFLP-GC)、「人民抵抗委員会」(PRC)等が活動している。特に、PFLP-GCは、シリア情勢について、「アサド政権が外国から攻撃を受けた場合、イラン及び『ヒズボラ』と共に参戦する」などと発言したほか、2015年には、アサド政権を支援する戦闘を開始し、2016年には、同国に勢力を維持しつつ、首都ダマスカス郊外のヤルムーク難民キャンプを統治するため、ISILに対する戦闘に参加したとされる。

「国際テロリズム要覧2021」

  イスラム教シーア派系のテロ組織の背後にイランがいることを忘れてはなりません。イラン政府には、イスラエルを地図上から抹消することを本気で考えている人たちがいます。

ガザ地区のテロ組織

 ガザ地区では、テロ組織の勢力配置が、西岸と異なることを「国際テロリズム要覧」は強調します。

 また、ガザ地区では、「ハマス」から分派したとみられる過激組織等が、2012年6月頃、「エルサレム周辺のムジャヒディン・シューラ評議会」(MSC)なる連合体組織を結成した。MSCは、イスラエルと「ハマス」の停戦合意(2012年11月)後も、イスラエル領内に向けたロケット弾攻撃をガザ地区やシナイ半島から実行した。さらに、2017年12月、米国のトランプ大統領(当時)がエルサレムをイスラエルの首都と認定して以降、ガザ地区の過激派組織によるイスラエルへのロケット弾の発射が相次いだ。
 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)が「カリフ国家」の樹立を宣言した2014年6月以降、ガザ地区内にも、ISILを支持する「エルサレムのイスラム国支持者」等の組織が結成された。「エルサレムのイスラム国支持者」は、2015年5月、「ハマス」が拘束するイスラム過激主義者らの解放を要求したが、受け入れられなかったことから、同月、「ハマス」の施設に対して迫撃砲弾を発射したとされる。こうした中、2017年8月、ガザ地区南部・ラファで、エジプトから来訪したISILメンバーとされる男が自爆し、「ハマス」メンバー1人が死亡する事件が発生した。また、イスラエルでは、2017年6月、エルサレム旧市街で、パレスチナ人3人によるイスラエル警察官襲撃テロ(1人死亡)が発生し、ISIL名の犯行声明が発出された。パレスチナ及びイスラエルでは、これらの事件以降、ISIL関連の動向は特段確認されていない。

「国際テロリズム要覧2021」

  このような背景事情を踏まえた上で、イスラエル政府が今回、パレスチナで活動する一部のNGOをテロ組織に指定したことを理解すべきです。
 今後、日本の企業や旅行者が安全に活動できるようにするためにも、私たちはイスラエル政府のテロ対策への理解を深めるべきと思います。


※「国際テロリズム要覧2023」は下記のリンクから読むことができます。https://www.moj.go.jp/content/001403389.pdf

※以下は、イスラエル各機関の公式HPです。

◆モサド(イスラエル諜報特務庁)
https://www.mossad.gov.il/

◆シンベト(イスラエル総保安庁)
https://www.shabak.gov.il/

◆アマン(イスラエル参謀本部諜報局)
https://www.idf.il/אתרי-יחידות/אגף-המודיעין/

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