隔月刊誌「みるとす」に寄稿いただいている佐藤優氏の記事の中から、現在のイスラエル情勢を理解するのに有益と思われる記事を抜粋して紹介する。
2021年12月号の記事で、「ハマス」「ヒズボラ」といったパレスチナのテロ組織について、日本の公安調査庁がどのように分析しているかを解説されており、日本の取るべき立場が明確に示されている。
イスラエルがパレスチナNGOをテロ組織に指定
日本のマスメディアは、イスラエルの生存権について正確に理解していません。総論としてはテロリズムに反対しているにもかかわらず、パレスチナ問題になると及び腰です。その傾向が端的に表れているのが、イスラエル政府がパレスチナのNGO(非政府組織)いくつかをテロ組織に指定したことに関する「朝日新聞」の報道です。
テロ組織か否かの判断は、当該団体の名称によってなされるわけではありません。人権NGOの看板を掲げていても、実態としてテロ活動(資金援助を含む)を行なっているならば、それはテロ組織です。「ハマス」や「ヒズボラ」などのテロ組織には、合法的な議会で活動する政治部門、医療や生活支援に従事する福祉部門もあります。テロ組織を維持するためには、政治部門、福祉部門の活動を通じて住民の支持を得る必要があるからです。しかし、これらの団体はいずれもイスラエル国家を消滅させることを目的としたテロ活動を続けています。「ハマス」や「ヒズボラ」、あるいはガザ地区でイランの支援を受けている「イスラム聖戦」が人道活動に従事している事実があるからといって、これらの団体に対するテロ組織指定をイスラエル政府が覆すことはありません。
信憑性の高い情報
イスラエルはインテリジェンス大国です。「モサド」(諜報特務庁)、「シンベト」(保安庁)、「アマン」(軍情報部)の能力の高さには定評があります。これらインテリジェンス機関の活動は秘密裏に行なわれるので、証拠は公表されないのが通例です。インテリジェンス機関は、テロ組織に協力者を送り込んでいます。証拠を開示すると、協力者が露見して今後のインテリジェンス活動に支障が生じる恐れがあるからです。もっともインテリジェンス機関に対する監査システムが整っているので、テロ情報を捏造することはできません。捏造が露見した場合、組織の受ける打撃は極めて大きいからです。情報の信憑性を慎重に判断するのがイスラエルのインテリジェンス機関の特徴です。ですから国際的なインテリジェンス・コミュニティで「モサド」「シンベト」「アマン」は高く評価されているのです。
イスラエルは民主主義国なので、政府の決定に対する批判も自由にできます。テロ団体の指定に関して、さまざまな意見が出てくること自体が、この国の健全性を示しています。イスラエル国民の圧倒的多数は今回の政府の決定を支持しています。それくらいテロの危険がイスラエルに迫っているという認識が国民の間で共有されているのです。
日本の情報機関
日本のマスメディアはパレスチナに対して過度に同情的ですが、政府機関は事態を冷静に見ています。法務省の外局で公安調査庁という役所があります。定員わずか1697人の小規模官庁です。一般の国民が公安調査官の姿を目の当たりにすることは少ないです。秘密裏に情報を収集することがこの役所の主任務だからです。イスラエルにも職員を駐在させて情報を収集し、分析しています。国際的なインテリジェンス・コミュニティーで公安調査庁の評価は高いです。CIA(米中央情報局)長官、SIS(英秘密情報部、いわゆるMI6)長官、モサド長官が公安調査庁長官のカウンターパート(対等の立場にある相手)です。
情報で日本の国家と国民を守るのが公安調査庁の仕事です。この役所は国内外でさまざまな情報収集をしています。
「国際テロリズム要覧」
2021年7月に公安調査庁は、「国際テロリズム要覧2021」を公表しました。この要覧は、公安調査庁が1993年から、国際テロリズムの潮流および各種組織の実態を把握し整理するため、発刊し続けているものであり、2020年1月までの各種報道等公開情報を基に作成したものです。この資料「国際テロリズム要覧」では、パレスチナでのテロの歴史について詳しく記されています。
「国際テロリズム要覧」は、1948年の建国時からさまざまなテロの脅威にさらされている事実を具体的に記します。
イスラエルで日本赤軍がPFLPと連携してテロ事件を起こしたことを忘れてはなりません。
イスラム教シーア派系のテロ組織の背後にイランがいることを忘れてはなりません。イラン政府には、イスラエルを地図上から抹消することを本気で考えている人たちがいます。
ガザ地区のテロ組織
ガザ地区では、テロ組織の勢力配置が、西岸と異なることを「国際テロリズム要覧」は強調します。
このような背景事情を踏まえた上で、イスラエル政府が今回、パレスチナで活動する一部のNGOをテロ組織に指定したことを理解すべきです。
今後、日本の企業や旅行者が安全に活動できるようにするためにも、私たちはイスラエル政府のテロ対策への理解を深めるべきと思います。
※「国際テロリズム要覧2023」は下記のリンクから読むことができます。https://www.moj.go.jp/content/001403389.pdf
※以下は、イスラエル各機関の公式HPです。