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ハマスというテロ組織

 2023年10月7日早朝、ガザから数千発のロケット弾を撃ち込み、数百人の戦闘員がイスラエル領内になだれ込み、1000人以上の一般市民を残虐な方法で殺傷・拉致した。一連の事件の中心となったのがハマスというグループである。

 イスラム原理主義、民族主義、武装組織などと表記されるが、今も200人以上の人質を拉致しているハマスの実態は、テロ集団である。彼らは決してガザの「一般市民」ではない。ここを混同してはならない。
 下記の記事によると、パレスチナの世論調査でハマスの支持率は44%らしいが(そもそも公正な世論調査が可能なのか疑問)、彼らは正式な政府ではない。あくまでガザを制圧・実効支配しているテロ組織である。

 十数年前までガザからイスラエルに働きに来ていた労働者もいた。彼らは一般市民である。労働先のイスラエル人とも良好な関係を築いていた。しかし2005年、イスラエルがガザから完全撤退すると、ガザの様相は変わってしまった。
 規模は様々だがハマスが度々ロケット弾を撃ち込み、イスラエルがその拠点を空爆するという事案が多発するようになる。ハマスは病院や学校に発射拠点を置くため、一般市民は「人間の盾」となる。ハマスの戦闘員や幹部は地下に構築した堅牢なトンネルに隠れているので、犠牲者は常に一般市民である。ある意味で、ガザ市民はハマスによる被害者なのである。

 ハマスのイデオロギーや実態はどのようなものなのか。隔月刊誌「みるとす」2021年6月号の齋藤真言氏の記事を抜粋して紹介しよう。


名称と源流

 「ハマス」という名称は、アラビア語の「イスラム抵抗運動」の頭字語で、「激情」の意味もある。1987年、アフマド・イスマイル・ハッサン・ヤシンが創設したスンナ派のパレスチナ原理主義組織で、その源流はエジプトを拠点とするイスラム同胞団である。同年に勃発した第一次インティファーダと同時に誕生し、2000年の第二次インティファーダでは多数の自爆テロリストをイスラエルに送り込み、500人に上る一般市民を殺害した。
 イスラエルはもとより、アメリカ、EU、そして日本(公安調査庁)がテロ組織に指定している。

憲章に見るハマスの目標

 ハマスがどのような主義主張に基づいて活動しているのかは、1988年に発表された「ハマス憲章」を見れば明らかである。主にイスラエルに関わる箇所を見てみよう。(以下「ハマス憲章」は鈴木啓之氏の和訳を引用)http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/65516/1/jaas082003_ful.pdf

 「慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において」から始まり、ムスリム同胞団の創設者ハサン・バンナーの次の言葉が引用されている。

イスラエルは建国されるだろう。そしてイスラームが、先例のごとくこれを破滅させるまで居座り続けるだろう。

〔ハサン・バンナー〕

 序では「主(アッラー)のため……イスラーム抵抗運動は興った」とし、36条にわたってハマスの思想、目指す方向を示す。次の記述は、この運動がイスラム教に基づいていることを明示する。

イスラーム抵抗運動の基礎は、アッラーに忠誠を捧げ、アッラーを真に崇拝するムスリムによって成り立っている。

〔第3条〕

 その後、次のように記している。

イスラーム抵抗運動は、独自のパレスチナの運動であり、アッラーへ忠誠を捧げ、イスラームから行動指針を導き、パレスチナの隅々にまでアッラーの旗を掲げようと行動する。

〔第6条〕

イスラーム抵抗運動は、シオニストの侵略に対するジハードの一環であり、……その時〔最後の審判の日〕はムスリムがユダヤ教徒と戦い、石や木々の陰に潜むユダヤ教徒をも殺すまで起こらない。

〔第7条〕

イスラーム抵抗運動は、パレスチナの土地が最後の審判の日まで、ムスリムのあらゆる世代を通してイスラームのワクフの土地であると考える。この土地〔すべて〕またはこれの一部を諦めたり、もしくはこの土地〔すべて〕やその一部を明け渡すことは許されない。

〔第11条〕

 つまり、交渉や譲歩の余地がないことを明示している。イスラエルとの和平の可能性については、こう記す。

パレスチナ問題の解決に向けた提案や、平和的解決または国際会議と呼ばれるところのものは、イスラム抵抗運動の理念と対立する。パレスチナの一部分でも諦めることは、宗教の部分的な放棄であり、イスラーム抵抗運動の民族主義はこれの宗教の一部である。

〔第13条〕

 これは、いかなる協議も譲歩も行なわないという意味である。

イスラームのもとで、イスラーム、キリスト教、ユダヤ教の3宗教の信徒は安全と保障のなかで共生することができる。イスラームのもとでなければ、この安全と保障が履行されることはない。

〔第31条〕

 そしてこの箇所は、かつてイスラム教がこの地を支配していた時代の復興を目指していることが分かる。

見せかけの「新綱領」

 2017年、ハマスは状況の変化に即した新しい方針を示す「新綱領」を発表した。これは先の憲章を無効にする意図ではなく、その精神に則ってより現実的な路線を示したものである。変更内容の傾向は次の4つに集約される。

①イスラム用語の削減
宗教運動としての立場よりも、民族解放運動の立場を強調
③敵はシオニストであってユダヤ人ではない
④1949年の停戦ライン(グリーンライン)に基づいたパレスチナ国家樹立を支持

 これを見る限り、イスラム原理主義の姿勢からよりソフトな民族解放運動の立場に変更しているように感じるが、対イスラエルに関して大きな変更点はない。引き続きイスラエルを国家として認めず、グリーンラインに沿ったパレスチナ国家樹立も単なる通過点で、最終的な目標はイスラム教徒によるパレスチナ全土解放であることに変わりはない。

 またイスラエルへのテロ活動や武力闘争を放棄したわけでもないため、イスラエル国内ではこの「新綱領」は単なる対外的な「虚偽の提示」だとされている。これが発表された当時のギルアド・エルダン公安相(日本の公安調査庁に相当)は、次のように述べている。

ハマスの新綱領は国際世論を味方につけようとする見せかけであり謀略である。国際社会はハマスの方針転換だと信じてはいけない。ハマスは引き続きガザの住民を人間の盾にした上で、日々ユダヤ人を無差別に攻撃して殺害し、イスラエルの存在権を認めていない

〔イスラエル公安相ギルアド・エルダン〕

出口のないループ

 ここまでで、イスラエルが対峙しているハマスという組織の本質がお分かりいただけただろう。イスラエルと戦うことがこの組織の存在意義であり、パレスチナ全土をイスラム統治下に置くことを最終目標に掲げている限り、イスラエルとの共存の道はあり得ないのである。

 主にカタールから年間1億ドルを超える資金援助を受け(表向きには公務員給与、福利厚生費に宛てられている)、その資金をもとに膨大な武器を製造し、自らの安全確保のためにガザの地下には「メトロ」と呼ばれる一大地下トンネル網を構築している。ハマス最高幹部のイスマイル・ハニヤはカタールに住みながら、イスラエルと戦火を交えれば応戦するイスラエル軍の攻撃によってガザ市民を巻き添えにさせ、その悲惨な情景を海外メディアに放映させることで世界の同情を集める戦略をとる。

 念のために付言しておくが、イスラエル軍は一般市民の巻き添えを最小限にするため細心の注意を払い、世界でも類を見ない作戦を行なっている。事前にハマスの拠点や幹部の情報を詳細に収集した上で、チラシを投下したり携帯のショートメールなどを駆使してガザ市民へ攻撃を事前に告知し、避難するよう呼びかける

ガザ市民に南へ退避するよう呼びかけるチラシ(2023年10月13日に投下されたもの)

 しかし、人間の盾を使って潜伏しているハマスへのピンポイント攻撃は容易ではなく、残念ながら一般市民が巻き込まれる結果となる。だがそれも含めたすべてがハマスの戦略であり、ガザを実効支配し始めた2007年6月からこの図式は変わっていない。

 イスラエル人の多くは、ガザ地区の平和と繁栄がイスラエルの安全保障に不可欠だと考えるが、実際に支援するのは難しい。実効支配するハマスを増幅させる結果となるためである。一方で、安全保障を優先してガザ地区を完全封鎖すればガザ市民が困窮してしまう。

 この出口のないループをどのように断ち切り、イスラエルの安全とガザ地区の安定をもたらすことができるのか。難しい問題である。


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