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『逃げ上手の若君』に出てくる”元”逆賊

最近『週刊少年ジャンプ』で始まった漫画に『逃げ上手の若君』がある。『魔人探偵脳噛ネウロ』や『暗殺教室』といった大人気作を手掛けた松井優征先生による新連載だ。

7月2日本日、晴れて第1巻が発売となる。

竹谷はとうに忘れているものの、日本史で学んだはずの北条氏の一族・北条時行を主人公に、鎌倉時代から室町時代への移行を描いている。単なる歴史漫画とならないポップさとパンクさは、さすがは松井優征先生の巧みな手腕と毎週ワクワクしながら読んでいる。

さて、源氏から北条氏へ実権が移り、やがて鎌倉幕府が揺れ始めるに際し、表舞台に立った人物がいる。

最近では肖像画を巡ってやや悶着した、足利尊氏である。これはいかに忘却公竹谷といえども、身に沁みついている名だ。

室町幕府を開くということは、つまり鎌倉幕府に弓を引く存在であり、『逃げ上手の若君』でも足利尊氏はラスボスの威厳をこれ見よがしに放っている。

その足利尊氏は、”逆賊”だった。

当時そう呼ばれていた、ではなく、数十年前まで、もう少し言うなら明治維新から第二次世界大戦が終わるまで、逆賊扱いされていたのだ。

理由も明確である。日本史がお好きな方であれば、先述の「鎌倉時代から室町時代」という流れに少し違和感を覚えた方もいるのではないだろうか。

そう、鎌倉時代と室町時代の間には、中間管理職のように南北朝時代が挟まっているのだ。

建武の新政で有名な後醍醐天皇が退位していない中、足利尊氏が光明天皇を推戴したため、同時期に無二でなくてはならない天皇がふたりとなってしまった時代だ。

足利尊氏の北朝に対し、後醍醐天皇が南朝となるのだが、その南朝を指揮していた北畠親房が記した書物に『神皇正統記』がある。

委細を述べると長くなるので端折るが、江戸時代におこった水戸学はここから大きな影響を受け、水戸学あって幕末の尊王攘夷運動は盛んになり、そして明治維新後には皇国史観として帝国主義を強める一因となった。

そのため、新たに天皇を即位させた北朝の足利尊氏は南朝にとっては当然許してはならない朝敵であり、その南朝の書物に学んだ明治の八百万の柱たちからは逆臣・逆賊として見なされ、教科書にも同様にそう記載されていたのだ。日本資本主義の父であるあの渋沢栄一でさえ、これはあくまで竹谷の記憶がソースで恐縮だが、どこかの講演記録で足利尊氏を逆賊と表していた。

第二次世界大戦が終結し歴史学が進展するにつれ、足利尊氏は逆賊の謗りを逃れ、室町幕府を開いた人物として教科書に載っている。

その足利尊氏が、『逃げ上手の若君』という漫画、つまりエンタメに出てくる今を、良い時代だなあと心から思う。

同時に、善し悪しの軸は、時間でいかようにでも変わるのだと思い知る。手塚治虫先生の漫画が、かつて悪書として有害指定されていたように。

室町幕府を開き、後の世で逆賊として扱われ、現在カッコいいキャラクターとして漫画に出てくる。足利尊氏がいなければ、『神皇正統記』も、尊王攘夷運動や明治維新、そして今の日本のかたちも、少なかれ変わっていたかもしれない。

『逃げ上手の若君』を通して、足利尊氏のイメージは、さらにどのように変わっていくのだろうか。想像するに、楽しみで仕方ない。

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せんもじ雑記とは:
書くといつも長文になってしまうのをなんとかするべく、1000文字を目処にエッセイのようなものを書こうとする試みです。「せんべろ」から感触をお借りしました。

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