歴史に残るバレーボール漫画『ハイキュー!!』全45巻分の考察・感想・そしてレビュー!
さいしょに
記事に興味を持ってくださりありがとうございます。東京都府中のイラスト・ゲームイラスト制作会社ミリアッシュの代表をしている竹谷彰人と申します。
こちらは、漫画好きの集まる某オンラインサロンにて毎日書いていた『ハイキュー!!』1巻ずつの考察・感想・レビューを、noteの投稿に際して加筆・修正したものとなります。
始めた理由は、『ハイキュー!!』が大好きだからです。
ただ綴っていくのも面白みの欠けると考え、各巻ごとの副題を主軸にしつつ、私の思うところを記していきました。高校時代バレーボール部に所属していたので、その浅い知見も入っています。
名言の引用をはじめ、徐々に熱が入り、短く終わらせようと頭ではわかっていながらどうしても長くなってしまったものばかりです。それに加え全45巻分をひとつの記事にまとめたため延々と文章が続く事態となり大変恐縮なのですが、どうかご理解の上お楽しみいただければ幸いです。
1:日向と影山
バレーボール漫画『ハイキュー!!』は、随所に名作要素が散りばめられておりますが、その中でもまず「名前」に注目したいです。日向翔陽から感じるこれでもかというほどの太陽、つまり光と、影山飛雄という影。性格も真逆ですね。ほかに出てくるキャラクターたちも、名が体や関係性を表しているところが好きです。
また、副題の通り「日向と影山」の関係性こそ、『ハイキュー!!』の通奏低音だと思います。ふたりの感情・変化に引っ張られ、かれらの所属するチーム、烏野高校のメンバーも変わっていきます。
日向と影山ふたり個々の力はもちろんですが、天地人で言う「人」に恵まれることって大事だなあと思える第1巻です。それは裏を返せば、日向と影山がどこまでも真摯にバレーボールを向き合うふたりだからこそ、そういう人たちに巡り会える、という見方もできます。
2:”頂の景色”(第8話)
最近 Spotify で音楽聴いているのですが、なんとアニメ『ハイキュー!!』のプレイリストがあるのです。アニメの主題歌と BGM が盛り沢山で最高です。
さて、バレーボールは背の高い方が基本的に有利な球技ですが、試合中においては、「身長+ジャンプ力」となります。私は身長175cmと烏野3年生の菅原孝支くらいの背丈で、かつジャンプ力も皆無だったため戦うのがかなり大変でしたが、それでも、ブロックなしでスパイクを決めた時の気持ちよさは何度か味わっています。
相手チームの全員が自分より下に見える中、好きなところへ思いきりボールを叩きつけていい。
その瞬間を『ハイキュー!!』では”頂の景色”と定義し、日向は影山という相方を得ることで、”頂の景色”を見られるようになっていきます。
また、この巻では強豪校として青葉城西高校が登場します。『ハイキュー!!』に登場する高校は動物に由来した名前が多いですが、この学校は仙台伊達政宗の城「仙台城(青葉城)」から来ているのでしょう。その効果もあってか、私が数年前青葉城へ観光で行った際、そこは青葉城西高校の聖地となっており、絵馬には青葉城西高校3年生及川徹を中心としたチームメンバーたちがたくさん描かれていました。
3:チーム烏野、始動(第24話)
烏野高校のバレーボール部メンバーがようやく揃い、役割が自ずと決まっていきます。
3年生の東峰旭、2年生の田中龍之介がレフトアタッカーとしてエースを担う中、主人公日向はミドルブロッカー(本来ブロックの要ですが、日向の場合は速攻等アタック要員)として「最強の囮」と呼ばれることとなります。「最強の囮」は、1巻で出てくる「小さな巨人」と並んで日向のモチベーションに深く関わる言葉です。特筆しておきたいのは、「最強の囮」であることを、日向は自ら言い聞かせるように理解しているところですね。おそらく、心底での納得はできていないのだと思います。
ちなみに私はレフトアタッカーとして試合に出ることが多かったのですが、左利きなのでかなりボールが打ちづらかった記憶があります。右利きは左から、左利きは右から打つ方がかなり楽なのです。つまり、右利きのセッターがライトから入り、しかも技術を要するストレート(ボールを斜めでなく縦)に打ち下ろす影山くんマジハイスペックということです。
4:ライバル(第31話)
因縁の相手チーム筆頭として、猫をもじった名前の音駒高校が出てきます。音駒高校監督の猫又育史と烏野高校の前監督烏養一繋は遠く昔からのライバルであり、その因縁は孫の烏野高校コーチ烏養繋心に引き継がれ、こんにちまで連綿と続いてきています。とはいえ、そもそも音駒は東京、烏野は仙台と距離が離れており、全国大会まで出場しないと公式には戦えません。また、烏野は「飛べない烏」と揶揄されるほど強さは過去のものとなっており、したがって県大会を越えられず、この二校による公式戦、通称「ゴミ捨て場の決戦(猫と烏ゆえ)」がなくなってから久しいです。
何度でも繰り返せる練習試合でなく「ゴミ捨て場の決戦」を今一度再現する、というモチベーションが、烏野高校と読者に付与されます。
日向の友人となる音駒高校の2年生セッター孤爪研磨のいかにも猫っぽい名前や、烏野が攻撃特化に対し音駒は防御特化という、名前や属性含めて最高に対比のきいた展開がなされます。
どうでもいい知識をひけらかすと、ライバルは川と同じ言葉から来ており、「対岸にいる存在」を指していました。青葉城西を始めとした強豪たちによる激流・濁流を制し、向こう岸へ辿り着くための烏野の闘いが始まります。
5:IH突入!
普段『ハイキュー!!』はそれぞれの巻に収録されている題から巻自体のそれが決められることがほとんどなのですが、5巻に関してはオリジナルとなります(第37話が「突入」なので近いものはありますが)。また、実のところ1巻の副題である「日向と影山」も、完全にオリジナルとなります。
メンバーが揃い、全国大会で倒すべき相手音駒高校のとの因縁も作られ、いよいよ公式戦です。ここでもう一度、1巻の「日向と影山」の関係性がクローズアップされます。日向は影山に、同じチームであるにもかかわらず、改めて「倒すのはおれだ」と宣言します。目標をともにするチームメンバーでありながらも”仲良し”というわけではなく、互いを負けられない存在と認識している関係は、稀代のバスケットボール漫画『SLAM DUNK』の桜木花道と流川楓を彷彿とさせます。
また、伊達工業高校という強豪も参戦してきます。烏野がアタック、音駒がレシーブだとするなら、伊達工業はブロックに秀でた高校で、「打つ・拾う」ではなく「阻む」闘い方をしてきます。またこちらの高校名も青葉城と同じく、「Let's Party!」という名台詞でゲーム『戦国BASARA』シリーズではおなじみとなる、仙台の戦国大名「伊達政宗」に因んでいるのだと思います。
6:ザ・セッター対決(第50話)
2巻で練習試合をした青葉城西との公式戦が始まります。副題の通り、青葉城西の3年生セッター及川徹は、影山のかつての先輩であり、またポジションが同じということも手伝い、越えたくて仕方のない相手です。
司令塔としてあちらこちらにトスを上げる、つまり攻撃手段の決定機関がセッターの役割ですが、トスは本当に技術の塊で、セッターが違えばスパイクの打ちやすさは信じられないくらい変わります。高校時代、うちのバレーボール部のセッターは二人いたのですが、私は片方との相性があまり良くなくて、上げてもらったトスをなかなか全力で打てませんでした。
及川や影山のトスは、放物線の描き方や回転の殺し方等が最適化された結果、相性など飛び越えます。アタッカーに「調子が良い」と錯覚さえさせるトスを上げられるというのは、二人の技術力がいかに研ぎ澄まされたものかを証明できるひとつの好例なのでしょう。それにしても、及川先輩はほんとうにかっこいいです。
7:進化(第60話)
「かわいそう」という言葉が私はあまり好きではないのですが、それは『ハイキュー!!』7巻の表紙を飾った烏野高校3年生のセッター菅原孝支に起因しているかもしれません。影山という超絶技巧の1年生セッターが入ったことで、菅原はスターティングメンバーに入れなくなり、周囲から「かわいそう」と言われてしまいます。
ですが、菅原自身はどう思っているのでしょうか。
「引退」という言葉が取り巻く3年生の想いを乗せ、闘いが進んでいく7巻は私の特に好きな巻でもあります。
そして、影山という存在は烏野だけでなく、相手青葉城西の3年生セッター及川徹へも影響を与えます。「後生畏るべし」を近く肌に感じた及川の闘いも、ただただ最高です。
8:脱・"孤独の王様"
青葉城西との試合も佳境に入ります。
日向にとって「小さな巨人」や「最強の囮」がキーワードなように、影山にとっては「王様」が彼の心境を揺るがし続けています。自らの力をもっと揮うべく、チームメンバーを蔑ろにしたプレイをしてしまう傾向のあった彼ですが、日向を始め烏野メンバーに出会い、信頼を覚えることで哲学が変わっていきます。勝つために、自らを変えられる凄まじさ。環境や他人に変化を望む方が圧倒的に快適で容易な中、影山は手探りながらも自身に変化を生むべく奮闘します。
そして、1年生ピンチサーバー山口忠がついに表舞台に上がってきます。後々を知っていると尚更、この時の山口の弱々しさは抜きん出ています。舞台に立つから勝負ができ、勝負をするから負け、負けるから悔恨のうちに勝利へと進める切符を得られるわけで、「山口を投入する」という烏養コーチの判断が未来の烏野にどれだけ良い効果を生み出したか、その一端が知れる話だと思います。
また、顧問の武田一鉄先生も本当にすてきな先生です。
大好きな言葉の一連が、ここにも出てきます。負けたばかりの選手たちに、このような言葉をかけるには勇気も要ったはずです。それでも選手を第一に考え、ややもすれば嫌われるかもしれないような内容を話す武田先生の心たるや。大人がしっかり大人をしている作品は名作の証拠、と聞いたことがありますが、まさにその通りだと思います。
9:『欲』(第80話)
白鳥沢学園という、新たな強豪が登場します。烏(黒)に対して白鳥なので、ほぼ真逆の立ち位置を暗示していますね。白鳥沢が森林等の肥沃な大地なら、烏野はコンクリートとして描写されるのも対照的です。そこには日本指折りの3年生エース牛島若利がいるのですが、この名前はおそらく牛若丸(源義経)に由来しているように思います。鎌倉幕府を開いた兄の源頼朝に追われ、東北は岩手県平泉町まで逃れてきたからでしょうか。鎌倉幕府といえば、そのスタートは今や1192年ではなく1185年らしいですね。年表語呂合わせの「イイクニ作ろう」は「イイハコ作ろう」となり、なんだかビジネスで用いられそうなテンションを感じます。
そして、烏野高校に新たな女性マネージャーとして1年谷地仁花が出てきます。スポーツを題材にした少年漫画において、女性マネージャーはそもそも出てこないか、もしくは色気や恋愛の要素として登場する嫌いが幾分あるように感じますが、3年生マネージャーの清水潔子を含め、性別にこだわらず各々の決断がしっかりと描写されているのがまた、『ハイキュー!!』のかっこよくて大好きなところです。
10:月の出(第86話)
高校時代を思い返すに、合宿はつらかった記憶しかありません。特に1年生の時は体力がついていないため、練習後は食欲がまったく湧かないのです。4泊5日の合宿を朝練、午前練、午後練、夜練と分けると、終了までの練習数が全部で20ほどとなるので、「やっと20分の10まで進んだ…あと半分だ…」と暗い算数を用いてチームメンバー同士励まし合っていました。
さて、この巻でようやく日向と同じポジションであるミドルブロッカーの月島蛍に焦点が合います。日向と影山も対となる名前ですが、太陽と月の関係性よろしく日向と月島も同様です。
また、強豪校として、梟谷学園が登場します。白鳥沢学園と同じく、こちらも鳥を冠しています。エースは3年生の木兎光太郎と言うのですが、木兎は「つく」とも読み、鳥なのに耳っぽいものがついている”ミミズク”の古い名でもあります。「木」に留まる「兎」っぽい生き物だから、そう呼ぶようになったのでしょうか。相棒2年生セッターの赤葦京治も、アカアシモリフクロウに由来していそうです。
つまらないのは弱いから。それは逆から見ると、『ハイキュー!!』で個人的に頻出とさえ思う「強いから楽しい」という観点となります。仕事中、いつも噛み締めるように思い返しています。もっと強くなれば、もっと楽しく仕事ができるようになります。このレビューも、もっと私に文章力があればもっと面白いレビューになるのになあと思います。日々精進して参ります。
11:"上"(第97話)
バレーボール部の伝統か、練習試合で負けると、ペナルティとしてフライング(レシーブの受け身)をする時があります。コート外回りをフライングだけで進むので、結構全身に負担がかかります。私はフライングが下手(疲れるから嫌い)で、変な滑り方をした結果ジャージが摩擦で焼け切れて膝を火傷したことがあります。また、フライングしてから立ち上がると、当然次のフライングに入るのですが、私はあたかもフライングする空気を出しながら数歩進んで距離を稼いでました。昔から、サボり方だけは巧みでした。
■フライングレシーブ解説動画
合宿も終わり、強豪との闘いを通じて烏野は新たな武器を揃えていきます。ここで何より特筆すべきは、日向影山による1年コンビ速攻のリニューアルではないでしょうか。影山は日向よりはるか上級の選手ですが、それでもある種脅迫されるかのように日向に気圧され、引っ張られるのがたまらないバランスだと思います。そして、新武器がまだまだ低精度なところも、いつかの完成を期待してワクワクします。クリアすると、次の課題が出てくる。改善をどれだけ重ねても、なお"上"を目指す以外ないのだなとつくづく思う次第です。
12:試合開始!!(第99話)
いよいよ待ちに待った公式戦である宮城県代表決定戦、「負けたら即ゲームオーバー」の予選が始まります。漫画『ドラゴンボール』で修行した孫悟空が戻ってきた時のような期待感を裏切らず、烏野は扇南高校、角川学園高校との闘いを取り揃えた武器で打破していきます。それにしても、扇南も角川学園も、負ける側にしっかりとストーリーがあるのが『ハイキュー!!』のすばらしいところですね。
この言葉、すごく身に沁みます。
そして改めて、ボールを打つタイミングのついて「テンポ」の説明が入り、日向と影山の変人速攻がマイナステンポとして語られます。私が高校時代レフトアタッカーだったことは先にお話しましたが、得意としていたのは2ndテンポ(人工衛星のようにネットの高さに沿って真横にボールが飛ぶため、平行トスとも呼ばれます)でのスパイクでした。サードテンポは、自分で助走のタイミングを掴まなければならないし、なにより攻撃速度の遅い分ブロックがべったりつくので嫌でした。それを打ち切る東峰と田中は紛れもないエースですね。
13:アソビバ(第112話~114話)
宮城県のベスト16が出揃い、1つしかない全国大会への出場権を競います。その最初の相手となるのが条善寺高校です。
こう言いのける彼らは、おちゃらけているように見えるものの実力は確固で、型にはまらない派手なプレイで烏野を苦しめます。
遊ぶように体を動かせることは強さの証明であり、名言のひとつである「勝負事で本当に楽しむ為には強さが要る」がここでも出てきます。しかし、遊べる強さとは別に、揺るがない”質実剛健”な強さもあると、烏野3年生主将澤村大地の実直なプレイが描かれていきます。澤村の名の「大地」が示す通り、彼はまさに日向や影山のような選手が自由に遊べるよう、遊び場を作ってくれる不可欠な存在なのです。表紙が澤村になるのも納得です。
また、影山が顔面レシーブの結果鼻血を出し、3年セッターの菅原と交代となります。影山あっての日向、というパワーバランスを読者に印象づけるためか、日向も2年生成田一仁と交代するのですが、そこできっちり成田が菅原のトスで速攻を決めているのが好きです。そしてその成田を見て、安堵している2年生たちも。
14:根性無しの戦い(第119話、第120話)
今週号の『週刊少年ジャンプ』のハイキューを7度くらい読んでいます。久々に電子でなく紙版も買いに行く予定です。
和久谷南高校との試合で、「遊び場」を作ってくれていた主将大黒柱の澤村が怪我を負い、2年の縁下力と交代します。負けたら即ゲームオーバーの中、主将の代わりとして試合に出されるプレッシャーたるや、考えたくもありません。そして縁下ら、控えの2年生たちの話が描かれます。彼らは練習の辛さに耐えかね、一度部活動から逃げていました。私も一再でなく部活を辞めたいと思っていたため、縁下たちの気持ちがすごいわかります。ですので、戻ってきた時点でもうかっこいいです。
縁下は自らをそう評しますが、澤村の代理で起用された以上、戦うしかありません。ゆえに「根性無しの戦い」です。書いているだけでなんだか泣きそうになります。
そして、縁下に引きずられるようにして、1年生の山口がピンチサーバーとして投入されます。逃げなかった縁下とは対照的に、山口は楽なサーブ方法を選んでしまいます。また、ピンチサーバーと言ってもサーブを打って終わりではなく、サーブ時のワンプレイ(点がどちらかに決まるまで)はコートに後衛として参加します。つまりピンチサーバーとは、「すでにコート内が全力で熱くなっているさなかサーブを決めるためだけに投入され、決められなければそのままレシーブに入る」という、それはそれは緊張感しかない役割なのです。そして当然ですが、バレーボールが上手ならレギュラーに入りますので、ピンチサーバーはサーブ特化の非レギュラーです。そのため、サーブで点を取れなければ、体にエンジンのかかっていないことも考慮して、狙い撃ちされる可能性が髙いです(山口も然り)。
試合を通じて次期主将の風格を見せ、根性無しと呼ばせない活躍をした縁下。かたや根性無しのまま試合を終えた山口。読者は皆、山口のまだ見ぬ活躍を祈り続けます。
15:壊し屋(第131話)
伊達工業対青葉城西の試合は青葉城西の勝利で終わり、ついに烏野対青葉城西戦が始まります。
この巻の表紙を飾っているのは日向と、新登場である伊達工業の黄金川貫至、そして同じく新登場青葉城西の京谷賢太郎です。その意はおそらく「今までと同じだと思っていたら痛い目見るぞ」といった、各高校に出来上がりつつあるイメージを文字通り壊してくれるメンバーなのだと思います(そういう意味で日向は大体いつも壊し屋ですが)。青葉城西は最強セッター及川先輩の力もあって安定感溢れるチームなのですが、そこに”狂犬ちゃん”こと京谷という暴力性と利己性に満ちた人間が入ることで、青葉城西は不安定ゆえに不気味なチームへと転換されます。
ここで、試合中3年セッター菅原が加入して影山とツーセッターになるとなぜわくわくするのか説明します。下手だったりなにか間違いがあったらすみません、あらかじめ。
鍵はローテーションというバレーボールならではのシステムです。前衛3人後衛3人は「点を取り返す」度に、時計回りに位置が変わっていき、これをローテーション(以下ローテ)と言います(ですので、連続得点ではローテが動きません)。そして、ローテによって前衛から後衛へ回るひと(コートを後ろから見た際、右後ろのポジション)が、サーブをする役割を得ます。日向と月島はレシーブが下手なので、後衛にいってサーブを打つ時のワンプレイだけ後衛として参加し、以降はリベロ(後衛専門のレシーブ担当)の西谷夕と交代します。
ーーーーーーネットーーーーーーー
前衛:月島 → 東峰 → 澤村
――――↑―アタックライン―↓――
後衛:影山 ← 田中 ← 日向:サーブ
(西谷)
そして日向と月島は互いのポジションが同じミドルブロッカーの対角なので(日向が右後衛でサーブを打つ際、月島は左前衛にいて、逆もまた然り)、西谷はふたりがサーブするワンプレイ以外はずっとリベロとして試合に入っているわけですね(日向と月島は、西谷が前衛へ行くまでお休み)。
セッターの影山が前衛にいると、ネット際でスパイク打てるのは残り2名しかいなくなります(後衛は、コートに引かれているアタックラインより前で飛んでスパイクしてはいけません。ゆえに、後衛がアタックラインより後ろから飛んで攻撃するのをバックアタックと言います)。なお、影山がツーアタック(トスと見せかけて相手コートにボールを落とす性格の良い攻撃)できるのは、影山が前衛にいる時だけです。
さて、肝心の菅原投入時のローテですが、彼は月島と交代します。
ーーーーーーネットーーーーーーー
前衛:日向 → 田中 → 影山
――――↑―アタックライン―↓――
後衛:澤村 ← 東峰 ← 菅原:サーブ
基本的に、スパイクは前衛で打つ方が攻撃力が高いです。つまり、月島がサーブするタイミングで菅原が入ると、そもそも月島より菅原の方がサーブとレシーブが上手なため総合力が上がるとともに、前衛の影山がスパイクへ回れます。そのため、後衛の菅原がトスを上げにいくと、
日向前衛:ボール絶対打ちたいマン
田中前衛:レフトの鬼
影山前衛:ハイスペック
澤村後衛:万能
東峰後衛:遠距離バズーカ
の前衛3枚と後衛2枚の計5枚で撹乱攻撃できます。一方、月島が後衛のままだと、影山がトスを上げにいくのと(ツーアタックは可なものの)、月島はバックアタックが(おそらく)できないので、日向、田中、澤村、東峰の4枚攻撃となります(それでも十分強いのですが)。
さらに、もし最初のレシーブを影山がしてしまうと、本職のセッターがトスを上げられず、精緻な技術を要する速攻や平行ができずに田中のレフト頼みの攻撃となり、テンポが遅くなればその分ブロックがつきやすくなるため攻撃がかなり弱体化してしまいます。リベロ西谷がトスの練習を始め、東峰との連携をがんばり始めたのは、影山がファーストタッチをした際などに攻撃力を下げないためです。そしてこの試合でもライトから入って青葉城西相手にストレート打ち切る影山くんマジハイスペック(トスを上げる菅原も良い性格)。
こうやって書くと、なんだか菅原の方が実のところ「壊し屋」な気がしてきます。
16:元・根性無しの戦い(第137話)
すでに涙が堪えられません。役目を果たせずの山口に、雪辱を果たす機会が回ってきます。結果は言わずもがなですが、月島と山口の関係性が好きすぎて困ります。また、山口の師である島田さんの、
という言葉が好きです。抽象的に言うなら、「できるできないではなく、どうやるか」でしょうか。だから、「結果としてできる」のだと、私はこの言葉からそう感じます。
ほかにも特筆したいことばかりなのですが、前巻のレビューが長すぎたので絞りつつ書くと、まずは日向のフェイントですね。梟谷学園エース木兎から教わった「静と動(または動と静)」の活躍する場が増えていきますが、彼が今回この技を放つのは、青葉城西のピンチサーバー矢巾秀 に対してなのが印象的です。本誌掲載時はリベロの渡親治だったため(矢巾のサーブ時なのでリベロは入れない)故意ではなかったと思いますが、ピンチサーバーはサーブで決められなければ守備の穴として狙われる場合がある、とは前に書いた通りです。体のあたたまっていない矢巾へ向けてフェイントを使う、かなりクレバーなプレイです。
また、試合開始から調律を続け、ついにひとつの頂点へと達したような及川の超ジャンプサーブですが、試合開始時やこのフルセットの時も、ひたすらに失点を防ぎ続ける澤村のレシーブがかっこいいです。そして最後の最後、前巻と同様月島サーブ時に菅原交代が入り、物語は次巻へと続きます。
17:才能とセンス(第146話)
おそらく『ハイキュー!!』の中で私が一番読んだ巻です。青葉城西戦もファイナルセットとなり、ついに勝者が決まります。月島と交代で入った菅原がかっこいいのはもう言うまでもないでことです。
2017年、株式会社ミリアッシュの設立に向けて動いていた私は、17巻を何度も読んでは、及川先輩のこの台詞を噛みしめていました。諦める方が楽なのはわかっているし、「自分の力はこんなものではない」と自らを信じて進むのは辛く苦しい道であるのも先刻重々承知で、それでも挑まずにはいられない。その哲学で戦うのが、主人公の日向や影山でなく及川というのが、『ハイキュー!!』の『ハイキュー!!』たる所以だと心から思います。また、超ドレッドノート級の強豪を下すためのラストのラストで、主人公日向は当然として、烏野3年生のプレイに焦点が当たるのも素晴らしいです。
そしてなにより、17巻を個人的に最高の位置へと押し上げているものは、巻末の番外編です。『ハイキュー!!』の単行本は話間の空きページや巻末におまけが潤沢にあるリピーター大興奮の構成となっているのですが、17巻の巻末は、どう表現しても安くなるほどの内容です。この毎日レビューを始めてまだ全体の半分も書いていませんが、『ハイキュー!!』は「敗者」の物語ではないかと、なんだか確信めいた感覚が生まれてきています。
18:幾望(第162話)
県代表を決める最終戦、白鳥沢学園との文字通り決戦が始まります。この巻のスタートは、点差のついた中、それでも眼前の結果を諦めない西谷のスーパーレシーブからです。
17巻の話に戻ってしまいますが、月島は合宿中、音駒高校3年生の黒尾鉄朗が後輩1年生の灰羽リエーフにこう話すのを聞いています。
黒尾の含蓄ある言葉は梟谷学園元気エース木兎に遮られ終わり、月島はこの時はあまり気にしていないようなのですが、白鳥沢牛島の猛攻に真っ向から打ち勝とうとしている西谷を前にして、月島の脳裏に黒尾の言葉がよぎります。
その少し前、月島は牛島のスパイクをブロックする際、「負ける」と思ってしまいました。顧問武田先生に「烏野の理性」と称されるほど、月島は思考力のある選手なのですが、聡明であるがゆえに、自ら線引きをしてしまうのだと思います。智と勇のバランスは難しいと、いにしえの兵法書『六韜三略』で太公望も言っていました。
牛島に勝てるわけがない、この点差では、もうこのセットをひっくり返すことなどできるわけがない。
そんな月島に差し込む、西谷の対牛島の姿勢。そして西谷は宣言通り、牛島のジャンプサーブを上げてみせます。地上戦のレシーブと空中戦のブロック。戦う場所は異なっても、烏野の防御としてはひとつです。少しずつ、月島の表情は変わっていきます。
さて、副題の「幾望」ですが、これは「ほぼ満月」を意味する言葉です。白鳥沢学園戦は牛島という超高校生級アタッカーを相手取り、どう攻略するかという闘いになるのですが、この副題が名付けられた通り、日向の対角であり烏野随一のブロッカー1年生月島のプレイが描かれます。試合はまだまだ序盤であり、牛島の圧倒的な爆撃に耐えている状況だからこそ「ほぼ満月」、即ち「もう少しで月島が覚醒する」という意味を含んだ題だと思うのですがいかがでしょうか。そして読みは「キボウ」、つまり徐々に満ちゆく月島にこそ「希望」があると。え、なにこれ熱すぎませんか。あとここでも付け加えますが、白鳥沢相手にライトから入ってストレート打ち切る影山くんやっぱりマジハイスペック。
19:月の輪(第163話)
18巻の「幾望(ほぼ満月)」に対し、19話は「月の輪」です。月が輪を輪郭とできるのは「満月」以外ないので、もうこれは1年ブロッカー月島が烏野の盾として最大限の力を発揮することを意味していると言って問題ないでしょう。
163話はたまりません。たとえるなら、『新世紀エヴァンゲリオン』で綾波レイが微笑んだ時のような、『からくりサーカス』で才賀勝が「逃げない」という選択肢を選んだ時のような、「ずっとこの時を待ちわびておりました!」と”拳を握る”瞬間です。月島が自己を成長させ、日向と影山の1年生も呼応するようにギアを上げていくのですが、ここでもやはり2年生の田中と西谷、3年生の澤村と東峰の実直な活躍についても特筆しておきたいです。特に相手のスパイクやサーブを澤村がとにかく上げ、王者白鳥沢相手にもしっかりと「アソビバ」という土台を築いていくさまに震えます。
もう一度、音駒高校主将黒尾の言葉を引用します。
”陸”の守護神西谷の戦う意志は”空”へ伝播し、ついに”空”の守護神となった月島ですが、そこで月島は満足しません。巻最後の第171話、白鳥沢21対烏野22という、試合終盤のどうしても点差が欲しい時、時間差攻撃を繰り出して点をもぎ取ります。この巻だけで「100点分の1点」が二度です。そしてここで点が取れたのは、ピンチサーバーの山口が最大攻撃力のサーブで牛島を封じつつ、白鳥沢1年生の五色工が二段トス(コート後方から上がる3rdテンポのトス)で打つ状況を作り、月島・東峰・澤村がしっかりと3枚ブロックを揃えてワンタッチを成し遂げ、田中がきっちり影山まで返るレシーブをし、影山が初めて合わせる月島との時間差攻撃に正確無比なトスを上げたからです。まさに、「6人で強い方が強い」です。
20:こだわり(第178話、第180話)
明日で本誌の『ハイキュー!!』最終話なんですか。ほんとうに信じられない。
ファイナルセットは、影山を休める目的で菅原がスターティングで入り、始まります。なによりもまず、その菅原のライトアタックでの一連がすばらしいです。普段影山がなにともなくやっているのであまり描かれませんが、バックトス(体の向きとは逆に上げるトス)はかなり難しいのです。それをちゃんと上げるリベロ西谷と、前も記した通り右利きはレフトからの方が打ちやすい中、ライトから入って打ち抜く菅原がかっこよすぎます。
そして、満月へと至った月島が、最終局面で怪我を負ってしまいます。普段なら何も思わなかっただろう月島の顔へ滲み出る悔しさに、チームメンバーは今一度奮起します。呼応するように、再度菅原が「執拗に攻める」べくライトアタックへ挑むも、白鳥沢3年生天童覚によって阻まれてしまいます。月島の勝利に対する「こだわり」、菅原の攻撃姿勢への「こだわり」、敵方天童の、月島とはまた違ったブロックへの「こだわり」、それぞれが咲き乱れます。
また、白鳥沢顧問鷲匠鍛治先生の「足に接着剤でもついてんのかコノヤロー!!」という未熟なレシーブに対する叱責は、私も高校時代に顧問から言われた記憶がままあります(たぶんその時は接着剤がついていたのだと思います)。
21:コンセプトの戦い(第188話)
どれだけ「短く書こう」と心がけても、21巻だけは無理でした。
満を持して影山がコートに戻ります。決戦の佳境の佳境で、きちんと役割を果たした3年生菅原は本当にかっこいいです。まさに試合は総力戦のていをなし、互いのカードはすべて見せあった上で闘いは終わりへと進んでいきます。そして”あと1点取られたら負ける”タイミングで戻ってくる月島。点を取り返さなければローテは回らず、したがってその間交代を示すカードを持ちベンチに座っているのですが、西谷がリベロ中のため日向もベンチにいます。烏野のポジションとして、月島と日向は対角のミドルブロッカーとして入っているので、ふたりがベンチにじっと座っている絵は後にも先にもここしかありません(確か)。そのふたりが勝利へ飢え、味方が点を取ってくれることを信じながら待つことしかできない状態は、『ハイキュー!!』の中で結構屈指の名コマだと思っています。そしてその期待に応えるのは、主将澤村のレシーブというのも最高です。
そして最後、ローテは下記のようになります。
ーーーーーーネットーーーーーーー
前衛:月島 → 東峰 → 澤村
――――↑―アタックライン―↓――
後衛:影山 ← 田中 ← 日向(サーブ)
コーチの烏養が言うように、超攻撃型ローテなのですが、逆に言えば防御力のかなり弱いローテです。日向がサーブを打つワンプレイ中は西谷が入れないため(菅原がスターティングで入っているので、日向の代わりに菅原が改めて入ることはできません)、日向がレシーブに入らなければなりません。また田中もレシーブ力が高いかと言えばそうでもなく、なにより万能澤村が前衛にいるため後衛としてレシーブに参加できません。その代わり、攻撃手段としては、
月島前衛:高さのある速攻と時間差
東峰前衛:近距離バズーカ
澤村前衛:万能
田中後衛:根性バックアタック
日向後衛:ボール絶対打ちたいマン
という陣容を見せます。
烏養がこう言うのは、レシーブが全体的に弱いため、ブロックで攻撃を和らげてさえくれれば拾うことができ、あとは高火力で吹っ飛ばせる、という理屈です。
その後の展開は言うに及びません。21巻も本当に最高の巻です。
22:陸VS空(第195話)
音駒高校と梟谷学園との試合が始まります。主役である烏野チーム不在の闘いなのに、それでも面白い。「ゴミ捨て場の決戦」へのモチベーションが以前描かれていましたが、この試合はそのモチベーションに対する読者のリンクを一段深めさせるために描かれているように思います。
「烏野だけを応援してもいいけど、音駒のことも好きになってもらえたら ”ゴミ捨て場の決戦” が最高に面白くなるでしょう?」
という天の声が聞こえます。『鬼滅の刃』の竈門炭治郎対鬼舞辻無惨なら九分九厘で炭治郎一択ですが、炭治郎と冨岡義勇の御前試合みたいなものがあったら、どちらの攻防も一通り見たい、というような「どれを食べても全部おいしい」状態へと読者は導かれていきます。
また、個人的にすごいと思うのは、その木兎がスパイクを打つ際、音駒のブロック含めた守備陣が俯瞰的に見えるコマがあるのですが、日向の友達兼宿命でもある2年生セッター狐爪研磨のブロックの高さです。身長はそこまで高くないはずなのに、ミドルブロッカーの3年生黒尾とタイミングを合わせてブロックを完成させる弧爪の地味な努力に、音駒の強豪さを感じます。
そして、梟谷学園に負けた音駒は3位決定戦として戸美学園と闘います。こちらは完全に敵として出てくるので、読者は音駒応援一択でページをめくっていきます。今の段階では。戸美学園は名の読み通り蛇のように執拗で、蛇に対する人類の嫌悪感をコピーしたようなプレイをするチームなのですが、どちらかといえば私は高校時代そちら側の人間だったので変に共感してしまいます。
最後にひとつ私情を特筆しますと、音駒高校2年生山本猛虎の妹あかねさんが信じられないほどかわいいです。
23:ボールの"道"(第205話)
戸美学園との闘いは続きますが、「護りの音駒」の守備の要である3年生リベロ夜久衛輔が怪我をし、音駒は動揺のなか勝ちへの道を見つけていかなければなりません。ここでの主役は、1年灰羽リエーフでしょう。彼は音駒でありながらレシーブが上手ではなく、しかし194.5cmという長身を活かし、得点で活躍を続けてきた選手です。逆に言えば、彼の未熟なプレイによるミスをほかの選手たちがカバーしてきたわけですが、その代表格であるリベロ夜久がコートから消えたことで、リエーフは今までのプレイではいけないと気づき始めます。代わりに入った控え1年生リベロ芝山優生の夜久に劣るながらも奮闘する姿勢と、彼からのコミュニケーションにより、リエーフは攻撃ではなくブロック、つまり防御に目覚めます。このリエーフの成長は、夜久が出場していたままではあり得なかった現実でしょう。必要は成功の母、と言いますが、まさにリエーフは既存の安定が不安定へと傾いた折、気づきによって自らを変え、別の安定を見出すのです。
音駒は戸美に勝利を収め、全国大会出場の切符を獲得します。その勝利を嬉しく思うのは当然として、戸美が負けたことに落胆する気持ちが少なからずあるのは、私だけでしょうか。
前巻ではただ嫌な敵としか認識していなかった戸美は、その実、勝利に素直なだけでした。
戸美の主将、大将優の言葉です。県大会の3位決定戦に、ただ狡猾なだけの高校は残れません。煽りや演技も勝利のため。そしてそれはあくまで勝つためにいくらか上乗せできるくらいのものでしかなく、結局は練磨されたアタック、ブロック、レシーブ、トスといった技術と、相乗されたチームの力がなければ無理なのです。
その戸美の努力も軽んじ小馬鹿にしている予選敗退のチーム選手に、音駒の主将黒尾がド真ん中正論で啖呵を切るところも大好きです。敵の強さを認められるのもまた、強さの証拠だと思います。
24:初雪(第208話)
烏野と音駒の全国大会行きが描かれ、次はそれに向けた修行期間です。1年生影山が日本代表ユースに選定され、同じく1年生の月島が宮城県内合宿に呼ばれますが、日向はどちらにも選ばれません。「選ばれない」日向をさらに追い詰めるかのごとく雪が降り、日向は影山の背中を思い浮かべながら自転車を漕ぎます。
「選ばれない」なら「選ばせてやる」と未来に意気込み、自身を鍛錬する、という流れは至極まっとうなのですが、そこは日向、月島の参加する合宿に勝手に参加し、ボール拾いを命じられます。ここも私の好きなところで、「その熱意に免じて練習に参加させてやる!」とはならないんですよね。ならぬものはならぬ、と。だからこそ、環境の悪さを理由に歩みを止めることなく、その条件下で吸収できることを日向は考え実践していきます。
一方ユース合宿中の影山は、新登場の高校稲荷崎高校の2年生セッター宮侑と出会います。これまで『ハイキュー!!』では、好敵手セッターとして音駒2年生孤爪研磨、越えなければならない存在として青葉城西3年生及川徹先輩はいましたが、それ以外に影山と同等くらいのセッターとして描かれるキャラクターはいませんでした(主観的には)。そのような中、ついに影山と拮抗、あるいは上と思わせるような存在が出てきます。
宮にそう評されてしまった影山は、再び悩み始めます。ようやっと王様であることから抜け出せたにもかかわらず、今度はその状態に対して疑問符が浮かぶような言葉を受けてしまいました。
”日向と影山”、双方新たな変化の兆しが見えてきます。
25:返還(第224話)
合宿も終盤に進み、日向はボール拾いを通じて点を取る以外のプレイに対しインプットとアウトプットを深めていきます。影山も、トップクラスの高校選手たちに混ざることで、烏野にいるだけでは得られない経験を積んでいきます。
強化合宿の管理者である白鳥沢学園顧問鷲匠先生は、日向の話題に対してこう発言します。これ自体はバレーボールの「高さ」に対して言われていますが、私には鷲匠先生から日向に対する激励に聞こえました(日向本人はその場にいませんが)。日向のボール拾いを許可したのも、ただでさえ常時飢えている日向をもっと飢えさせ、その分伸びしろを大きくしているような。
過去、白鳥沢戦において鷲匠先生は「お前を否定したい」と言っていました。否定する、ではなく、願望です。それはつまり本当は、背が低くとも勝利を諦めず、「選ばせよう」としてくる日向を”否定できなかった”からなのだと感じます。
そして合宿も終わり、伊達工業と練習試合に臨む烏野ですが、ユース合宿にて「おりこうさん」と言われた影山は再び、「おりこうさん」ではない言動を取ってしまいます。「王様」と揶揄された記憶が蘇り、弱りそうになってしまう影山に真っ向から踏み込み、そして自然に突破口を作るのも、やはり日向でした。前も書いた通り、やはり影山は日向に引っ張られます。
26:戦線(第232話)
伊達工業との練習試合も終わり、待ちに待った全国大会が始まります。梟谷学園や音駒高校といった、合宿をともにしたメンバーが一同に会する感じはまさに「お祭り」ですね。
しかし、副題の「戦線」はバレーボールをするために全国から集まった選手たちではなく、烏野3年生マネージャー清水潔子の話です。日向のシューズの入ったバッグが映画『君の名は。』よろしく見知らぬひとのバッグと入れ替わってしまい、それを引き取りに元陸上部の清水は都内を疾走します。高校バレーボールでは、マネージャーはベンチにひとりしか入れず、したがってこれまでは3年生清水がコート、1年生谷地がギャラリーにいたのですが、清水が試合直前までシューズ奪還へ向かう関係で、初めて谷地がベンチ入りをします。
心細いよね、と谷地を気遣ってからのこの言葉は、清水の引退後、谷地がひとりでもマネージャーをまっとうできるよう、先輩清水の託したい想いが入っていると思いました。それを察したのか谷地も、意志を感じるトーンで是と返しています。
無事シューズを手に入れ、駆け戻る清水に浮かぶ思いは、いつ何度読んでも泣いてしまいます。積み重ねてきたものが水泡に帰そうがなんだろうが、「挑まずにはいられない」と。戦線がここだと自ら決め、自分にしかできない役割を果たす清水は、不可欠な烏野高校排球部の一員なのです。
あと、第225話「ぎくしゃく」で烏養コーチの「…来年、一番厄介な相手になるのは、伊達工かもな」という言葉、ぜひ覚えておきましょう。そしてこの時の伊達工顧問追分拓朗とマネージャー滑津舞の表情大好き。
27:繋がれるチャンス(第242話)
全国大会からの盛り上がりに拍車をかけているのは、なによりもまず実況と解説がついたことだと思います。今までだと選手の心境の描写や、相手高校の発言等から読者の知るに至っていたことが、ここからは実況と解説という完全に第三者よりのコメントが入ることで、読者は一層「そうだそうだ!」という感情に沸き立ちながらページをめくるようになります。たとえば、第235話で変人速攻を決めた際、日向と影山がヤイヤイ言い合うのですが、
と実況がつくことで、
「いやあ私はね!昔っから見ているから知っているんですけどね!これがいつも通りなんですよこのふたり!」
と妙なマウント的嬉しさが湧いてしまいます。
そして、初戦椿原学園高校との烏野マッチポイントで投入されるは、我らが3年生セッター菅原孝支です。15巻と同様に月島蛍のサーブ時に交代するのですが、相手校の選手の情報をインプットし、レシーブが乱れた時に完璧な二段トスを上げ、相手アタックのブロックアウト(スパイクをブロックに当て不規則な方向へ吹き飛ばす攻撃)には一歩下がって対応するという、月島ではまだできないプレイのオンパレードで試合を勝利へ導きます。
ブロックアウトを菅原が拾った後の、コートで戦う3年生全員を描いたコマに震えます。全国大会出場を掲げ、諦めることを諦めた先に実現となったその初日の第一試合、最後を3年生全員で締めくくる第212話は、またも最高の話だと思います。
28:2日目(第247話)
まずなにより特筆すべきは、ユース合宿で影山が先んじて会っていた「小さな巨人」こと鴎台高校2年生星海光来と、日向が邂逅を果たすことですね。『ハイキュー!!』は各キャラクターへのネーミングに含むところがあって好きというのは前記したことですが、白鳥沢や梟谷と同じく鴎台には「鳥」が入っています。そして日向、月島と来て星海です。日向にとって、身長が近くてジャンプ力のある星海がキーパーソンとなることは、多くの読者が同意する未来であるように思われます。
そして副題「2日目」では、第二試合の対戦校稲荷崎高校が登場します。インターハイ準優勝という超強豪級ですが、この相手を下さなければ音駒高校との因縁「ゴミ捨て場の決戦」への切符は手中に来ません。ここまでほとんど書いて来ませんでしたが、コーチ烏養繋心は、その祖父こそ烏野をかつて強豪たらしめていたコーチ烏養一繋であり、音駒の顧問猫又育史と往年のライバルです。今や病床にある祖父一繋に「もう、昔の因縁の相手じゃなくなってるんだよ」と繋心は告げ、”じじい孝行”などではないと否定します。
しかし、それは嘘でした。
今を戦う選手たちの「ゴミ捨て場の決戦」、猫又顧問と祖父一繋の「ゴミ捨て場の決戦」。時間を別個に分断させず、双方の”心を繋ぐ”繋心の闘いもまた、ここに頑として存在します。
29:見つける(第255話)
少し前に「実況と解説」で一層テンションが上がる、と書きましたが、ここで烏野高校には「応援団」という強力な援護射撃がつきます。烏野2年生田中龍之介の姉、田中冴子主導による和太鼓集団です。実況、解説、応援団。部活動がゆっくりと徐々にレベルアップしていき、有史以来人類の熱狂する「スポーツ」というエンターテインメントへ昇華していくさまを、まさに全国大会を通じて読者は見ていきます。
『ハイキュー!!』ではギャラリー席の観客によりプレイの解説が入ることがありますが、ここでその座がかつて音駒高校に敗れた東京第4位戸美学園の大将優へ巡っているのも『ハイキュー!!』らしくて好きです。デート中なのはこの際捨ておくとして、敗者を舞台から追い出さないことで、もう少しそのキャラクターの人間味、つまり魅力が感じられる作りになっていると思います。そのため、解説役を務めた優を見たあとにもう一度22巻・23巻の戸美学園の闘い方を見ると、初見の時のような嫌悪感はきれいさっぱりなくなっています。
それと、『ハイキュー!!』には恋愛要素がない、といったことを以前申していたかと思いますが、申し訳ありません、「ほぼない」が正でした。修正します。新山女子高校という女子バレーボールの強豪にいる天内叶歌は、幼馴染である烏野2年生の田中に恋慕を寄せ続けていました。とはいえ、ひとの恋路をあれこれ言うわけでもなく、ここで特筆したいのは、天内がよく一緒にいる小さめのかわいい女性選手です。このレビューを書いている際に「タイプだなあ」とまじまじ眺めていたのですが、見れば見るほど西谷に見えてきます。ここに到って、私は西谷の顔が好みという謎の発見がありました。
30:失恋(第264話)
皆さんが『ハイキュー!!』を先々までご存知の上で書きますが、表紙が田中の巻です。ページをめくり、30巻自体の扉絵を飾っている人物をご確認ください。そういうことです。
稲荷崎戦が続く中、田中に焦点が当たります。
この巻を通しこれまでのところ、田中は活躍らしい活躍をできておらず、弱りそうな精神との闘いを余儀なくされます。スパイクが決まらない時にセッターへ「レフト!」とトスを呼ぶのは、かなり勇気が要ります(私は呼ばないと顧問に激おこされるため涙目で叫んでいました)。しかし、そこは我らが田中。3年生清水がいつしか思ったように「挑まずにはいられない」心で、自ら道を切り開きます。
心配を漏らす武田先生に対し、清水はこともなげにこう言います。皆が田中の「100点分の1点」に興奮するなか、清水だけが平静なのは、彼女が田中に対して一段深い信頼を寄せているからだと思いました。
そして同時進行で、「ゴミ捨て場の決戦」へ進むための音駒高校の闘いが描かれます。もう烏野対稲荷崎だけを続けて、裏でなんとなく勝ち上がってきた音駒高校と満を持して戦う、といった展開でもかなり面白いはずなのに、もう数歩音駒高校の選手たちを掘り下げる心意気。読者が「ゴミ捨て場の決戦」をどちらも等しく応援できるよう丁寧丁寧丁寧に作り込んでいく『ハイキュー!!』には帽子を脱ぎっぱなしです。
31:ヒーロー(第278話)
この巻は最高です。なんだか毎日言っているような気さえしますが。表紙は、正面を向いた西谷と背を見せている2年生控えの木下久志です。1ページめくり、巻自体の扉絵をご確認ください。真逆の構図となり、西谷が背を向け木下が前面を見ています。
稲荷崎戦の第2セット、宮侑のジャンプサーブ・ジャンプフローターサーブの二刀流で烏野は苦しむのですが、その矛先は守護神西谷へ突きつけられます。西谷はアンダー(下に構えた腕で取り・強打を含め万能にレシーブできる)が得意で、反対にオーバー(上に構えた指で取り、繊細な対応ができる反面強打に弱い)が苦手です。私もオーバーは大の苦手でしたが、”そもそもレシーブが嫌”というへタレぶりを発揮していただけなので西谷とは雲泥の差です。ジャンプサーブほどの威力はなくとも軌道の変化するフローターサーブは、オーバーでレシーブした方が取りやすく、したがって白鳥沢3年生牛島のスパイクでなく青葉城西3年生及川のジャンプサーブでもなく、西谷の天敵はまさに稲荷崎宮侑のジャンプフローターサーブとなります。
また、西谷はいつも他の選手たちを鼓舞するほど精神面でも守護神だったわけですが、ここで初めて西谷はその半神ぶりに陰りを見せます。そこに光を届けるのは、以前西谷に舞台へと引っ張りあげてもらったエース3年生東峰と、西谷のサーブレシーブ練習に付き合っていた2年生木下です。
徐々に活躍への飢えを出してきた木下は、山口同様フローターサーブで敵陣を崩すかに思えましたが、そうはなりませんでした。しかし、マネージャー清水が疑いなく烏野の一員であるように、試合で活躍するだけがチームにいる価値ではありません。
果てに、西谷が宮侑のサーブを拾えたのは、木下との練習あってこそでした。
そして第278話、最後の最後に出てくるタイトルは「守護神のヒーロー」です。『ハイキュー!!』5巻の副題「IH突入!」と比較し、この巻の変更は最高に贅沢なミスリードを誘発させていると思いますがいかがでしょうか。
あと、稲荷崎主将3年生北信介の「誰かが見とるよ」の話も大好きです。おばあちゃんかわいい。
32:ハーケン(第281話)
辞書を引くに、ハーケンはそもそもドイツ語の「鉤、針」に由来した、岩壁の切れ目に打ち込んで用いる登山道具の名称だそうです。英語で言うフックですね。山登りに関し、私は高尾山くらいしか登ったことがないような素人中の素人ですが、ペグという呼び方はどことなく聞いたことがあります。調べるまで、ハーケンは『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』の強敵「獣王グノン」の武器だとばかり思っていました。ほかには、鉤と十字の合わさったドイツ語「ハーケンクロイツ」を歴史の授業等で耳にする程度でした。
さて、「変人速攻」や「最強の囮」といったフレーズが日向を表現する時に用いられてきましたが、その言葉はどれも”攻撃”に際してのものです。
19巻の第163話「月の輪」で、白鳥沢戦の時、日向はこう影山に評されています。
そして、今。
合宿に参加し、ボール拾いを任されて以降、日向は攻撃以外の情報をしっかりと頭脳に入力し、動きに出力しようと試行錯誤していました。それは全国大会中も垣間見え、なんだか日向のディフェンスへの姿勢が変わってきたのではないか、と読者は思っていた中での、完璧なレシーブです。
考えては実行し、修正を重ねた日向の出力は、ここでピタリと合わさります。この1本のハーケンをバレーボールという大きな山肌に突き刺し、日向はさらなる登山を進めていくのです。
あと個人的に、第284話「ツナグ」で崖際の烏野に対し、青葉城西矢巾秀の呟いた発言が好きなので引用させてください。
この言葉、よく自分へ言い聞かせています。ただの根性論ではなく、なんというか、『鬼滅の刃』の竈門炭治郎の名言「頑張れ 炭治郎 頑張れ!!」と似通った感情があるというか。際の際で、戦う人間のできることは「諦めずいつも以上に頑張る」だけなのだなあと思います。だいぶ遡りますが、『ハイキュー!!』1巻第4話「最強の味方」で影山と日向が対人(二人組)練習している際、影山の意地悪な配球を追いかける日向にこのような描写が入ります。
根性と言ってしまえば簡単ですが、私には生きる上での哲学に映っています。矢巾の「もっと頑張れ…!!!」もまた、根性を越えた”闘い方”、つまり生き方への言葉として響いてやみません。
あとあと、ここでもやっぱり稲荷崎主将3年生北の「天才」に対する考え方も大好き。
33:バケモンたちの宴(第290話)
稲荷崎戦も最終局面で、第290話の扉絵です。信じられません、なんですかこのかっこいい扉絵、ずっと見ていられます。
田中のスパイクはブロックに阻止されるのですが、影山のファーストタッチで後ろに逸れたボールを、一切諦めずにフォローへ入る月島と、そして最後きっちり相手コートへ返す澤村の熱に痺れます。
烏野の勝利が決まった際の、宮侑のこの言葉、覚えておきましょう。
次いでこちらの言葉も。全国大会へ入ってからというもの、「ここテストに出ます」の多すぎる印象がありますが、仕方ありませんね。
そしてやはり、『ハイキュー!!』は敗者の物語なのだなと確信しました。勝負があるから、意志が受け継がれていくのだと。そしてその想いがあるから、次の勝負が一層面白くなるのだと思います。
いつも言っていますが、やはり稲荷崎3年北の発言は胸に来ます。縁起でもないことですが、仮に株式会社ミリアッシュがやんごとなき事情で倒産・解散せざるを得ない時が来たら、この言葉を借りるつもりです。
倒さなければならない敵の稲荷崎は、負けたことで、応援したい高校となりました。
さて、もうひとつの”テストに出る”ポイントですが、第292話「いつの夜も二度と無い」の、成長を止めない影山のサインを勝手に菅原が考えるくだりから「♡とかつけたろ!」があります。まさかのまさか、影山が自らのサインに「♡」をつけるなんて、あるわけないじゃないですか。まったく菅原先輩は冗談ばかり。
そしてついに、「ゴミ捨て場の決戦」が始まります。お祭りの中のお祭りです。若かりし頃の烏養一繋と猫又育史が描写され、因縁が過去から現在へ到ります。”負けたら即ゲームオーバーの試合”です。
音駒の横断幕「繋げ」とともに、現烏野コーチ烏養繋心の祖父への想いが描かれます。泣きそうです。そのような中に記すべきか悩みましたが、入院中の一繋の同室のひとの名前が「森々杜男」なんですね。このひとの読みは「もりもりもりお」なのでしょうか。だとしたら、なんて良いネーミングセンス。
あと、音駒高校応援団を率いる山本あかねちゃんのダッフルコートとニーソックスは至極だなと思います。
34:猫の爪(第302話)
「ゴミ捨て場の決戦」が続きますが、白鳥沢戦の牛島若利や青葉城西の及川徹、稲荷崎の宮兄弟と異なり、「どうにかして防がなければならない攻撃」がないのに、なんともいえない気味悪さが滲み出てきます。ただただ、点が決まりません。どれだけ攻め続けても、相手コートにボールが落ちない。烏野の公式戦として、この試合は今までにない様相を見せます。
全国大会は、戸美学園3年大将優のようにギャラリーから眺めているひとたちはもちろん、各高校の選手たちがスマートフォン等で中継を観ていたりするのですが、ここから白鳥沢3年生天童覚も入ってきます。白鳥沢戦の時はゲス・ブロッカーとして本当に厄介な相手だったのですが、ここまでユーモラスで面白い解説役は『ハイキュー!!』中で唯一ではないでしょうか。白鳥沢1年生五色工との掛け合いも良いです。
音駒には普段、要塞を築くように守備を完成に向けて整えつつ、第1セットは取られるも第2セット以降を連取して勝利する、という傾向がありますが、その音駒が第1セットを奪取するに到ります。対照的に烏野は、その攻撃手段の豊富さでもって第1セットを取るのが常でしたが、取られてしまいます。いつも覇気の感じられない音駒2年生孤爪は、日向を分析し入りこんでいくことでその性格に影響され、勝利への飢えが出てきているように思えます。「猫の爪」は音駒高校の防御による攻撃であると同時に孤爪の鋭利な頭脳でもあり、その切れ味は烏野を相手取ることで最高到達点に達します。
烏野がどんどん武器を搭載しても、音駒はどんどん防具を新調していきます。どちらも好きだから、どちらも負けてほしくない。永遠にこの試合を見ていたいと思う巻です。
35:鳥籠(第310話)
もしかしたらと淡い期待を寄せていましたが、ほんとうに今週号からハイキュー載ってないんですね…。
音駒の執拗な守備を前に攻めあぐねる烏野ですが、やることは変わりません。「殴り合いを制す事」です。配られたカードをすべて見せ、あとはその時その時切れる手札を切っていくしかありません。
音駒は徹底した「日向潰し」で、日向の攻撃力を封じ込めにかかってきます。鳥籠とは言い得て妙で、孤爪の権謀術数により、ゆっくりと徐々に日向は飛べなくなっていきます。
しかし、烏野には、もう新しく撃てる銃火器がありません。稲荷崎戦を経て日向のレシーブ力は向上していても、それは失点を防ぐためのものであり、日向の「変人速攻」も東峰のブロックラッシャー(菅原命名)も田中のインナースパイクも、音駒に対応されています。同時多発位置差攻撃も、なかなか通用しません。
ここで出てくるのは、新しい武器ではないのです。
「枯れた技術の水平思考」という言葉があります。ゲームボーイなどの開発者として知られる、横井軍平氏の哲学です。端的に言うなら、「すでにある技術を新しい観点で捉える」といったところでしょうか。穴を深く掘るのが垂直思考なら、別の穴を掘るのが水平思考です。
影山は、ここで変人速攻を始めとした既存の武器の精度を高めていくのではなく、「枯れた技術」を選びます。
オープン(3rdテンポの髙いトス)です。ブロックを左右に振らせて、アタッカーの道をこじ開けるトスとは真逆のものです。しかも、レシーブが乱れてやむを得ず、といった消極的な理由からでなく、日向の助走を120%にして高く飛ばせるために、です。ブロックが3枚つくのを承知で、レフトやライトでなくド真ん中センターにトスを上げるのは、セッターとして勇気を要することだと思います。その判断を可能にしたのは、勝利に対し思考を巡らした結果の知恵、という観点は当然あるとしても、日向を強いアタッカーとして認め、彼に小さからぬ信頼を寄せているからでしょう。
鳥籠をこじ開けるため、影山は攻撃の選択肢を完全に日向へ委ねます。
36:おれの勝ち(第322話)
日向と影山による「オープン」により、孤爪のデバフ(ゲーム用語で”弱化”の意)効果が薄まります。どんどん”新しく”なる日向に音駒は第2セットを取り返され、「ゴミ捨て場の決戦」は終章へと進みます。
音駒3年生リベロの夜久と西谷や、月島と音駒3年生黒尾の関係性など記したいことは10ギガくらいあるのですが、断腸の思いで割愛し、ここはジャパネットグループについて書かせてください。
そうです、ご存知テレビショッピング「ジャパネットたかた」の企業です。
その知名度は高く、私の愛するゲーム『ペルソナ』シリーズでは「時価ネットたなか」というパロディがありますが、ジャパネットグループは昨年2019年に通信販売事業とは別に「スポーツ・地域創生事業」を立ち上げるほど、スポーツによる感動を大切に思っている会社です。
『ハイキュー!!』の連載が始まった2012年2月のひと月前、ジャパネットグループは「春の高校バレー全国バレーボール高等学校選手権大会」通称「春高」のメインスポンサーとなっています。つまり『ハイキュー!!』の根っこである「烏野高校が春高を目指す」ことが叶ったのは、現実世界でまっとうにビジネスをし、高校バレーボールにお金を落とすと決断したジャパネットグループあってのことです。全国大会、試合中の背景に描かれた広告をぜひ見ていただきたいです。
「ゴミ捨て場の決戦」の実現には、ビジネスも必要でした。
2020年現在、ジャパネットグループは春高への協賛を続けています。「手にした富をどう使うか」は人間とビジネスの骨髄のひとつだと私は考えており、ゆえに敬意を覚えずにはいられません。
■ジャパネット協賛事例
■ジャパネット春高プレスリリース
※西谷のドヤる時の音が「ノヤッ」なのはズルすぎるのでそれだけは註させてください。
さて、第322話「おれの勝ち」では、日向が梟谷エース木兎直伝の必殺技「動と静(または静と動)」に椿原高校のロングプッシュを合わせた技、言うなれば「動と静・改」で孤爪との読み合いに勝つわけですが、フォーカスしたいのは相手セッターの孤爪です。これまで各試合中の孤爪は飄々としており、表情もそこまで変化がありません。その孤爪が、ついにその感情を剥き出しにしていきます。そしてそのきっかけは、相方3年生黒尾との速攻のため、片手でトスを上げるところからです。歯茎を見せるほど孤爪が口を開け、咆哮が聞こえるかのようです。もしかしたら『ハイキュー!!』史上最も口内が描写された瞬間かもしれません。そして獲物に反応する猫のごとく跳ね、四肢を闊達に伸ばし、日向のプッシュに反応します。
点を日向に獲られたのち、孤爪はぺたりと倒れてこう言います。まさにコマの”動と静”により、読者は孤爪の内なる高揚を見、感動してしまいます。
37:祭の終わり(第324話)
まるで主人公が音駒高校2年生セッター孤爪研磨であるかのように、彼主体で話が進みます。
根性を嫌い、バレーボールに対して「別に」といったニュートラルな感情を抱いていた孤爪は、ここでは綺麗サッパリ消えているようです。
かつて、このように言った人間がいます。1巻第4話「最強の味方」で、影山と対人練習をしている日向です。どこまでもバレーボールにまっすぐで勝利に貪欲でなんだかハイな状態を『ハイキュー!!』では「翔陽化」と表していますが、烏野と、日向と「即ゲームオーバーの試合」を戦うことでついに孤爪は翔陽化したように思います。
楽しそうな表情の孤爪を見るだけで、泣きそうになりますね。
「ゴミ捨て場の決戦」は終わり、以前烏野顧問武田先生が言ったように「満を持して」烏野は勝利を収めます。入院中の祖父と"一緒に"、音駒高校顧問猫又先生と握手を交わす烏養繋心コーチの描写でも泣きます。
戸美学園大将優が、ここでも良い味を出していますね。煽るようでいて、労っているというか。
返す返す、仰る通りだと思います。
そして場面は梟谷学園対狢坂高校へと移りますが、やっと日本3大エースのひとり桐生八が登場します。
さて、ここで今更スパイクのフォームについて話します。色々と種類はあるのですが、助走からボールヒットまで、ありとあらゆる力を利用するために両腕はぐいんぐいん動きます。打つ直前、右利きの選手は左腕を前に出し、まるで弓を番えるような動作となりますが、ではヒット時、伸ばした左腕はどうなっているでしょうか。
私の高校当時の記憶なので誤っていたら恐縮ですが、体の内側へしまうようにしろ、と顧問には言われました。今で言う漫画『進撃の巨人』でコニーが最初所作を間違えた「心臓を捧げよ」の敬礼のような感じですね。エネルギーが分散しないように、とか、タッチネットしないように、と注意されました。「スパイク時の利き腕ではない腕」を集中して見ると、『ハイキュー!!』は十人十色の位置があって楽しいです。
そして、なぜこのような話を始めたかというと、37巻P124、第328話「負けられない戦い」の、桐生のスパイク時の左手が超かっこいいからです。しなやかに伸び切った右腕とは真逆に、手の甲を上にして曲がった左腕。これが3本の指に入るエースの美しさです。もし今後バレーボールをやる機会に恵まれたら、たぶん間違いなくできないでしょうが、この腕の位置を真似すると決めました。
38:タスクフォーカス(第333話)
梟谷対狢坂で、むらっ気のあった3年エース木兎が常時最高状態(本人曰く”普通”)へと成りゆくのと裏腹に、いつも平静に戦う2年セッター赤葦が暗い沼へ囚われそうになります。
「水を差す」や「やぶさかでない」といった小難しい表現をなんとか使いたがる木兎ですが、時折直球で”ごもっとも”なことを言います。普段木兎の調子を”コントロール”していた赤葦は、自身をコントロールするべく思考を巡らせます。
「試合の最終的な結果や、審判のジャッジ、対戦相手の行動、それらは自分がコントロールできないもの。自分がコントロールできるのは、自分の思考と行動だけ」
参考資料として『バレーボールメンタル強化メソッド(渡辺英児/実業之日本社)』を表記しつつ、「タスクフォーカス」という言葉が用いられます。
本当に、示唆に富んだ言葉です。新型コロナウイルスの影響で交流会や会食がなくなることは、自分でコントロールできることではなく、『ハイキュー!!』をいきなり全巻レビューすることも、自分にはおそらくできません。
しかしとりあえず、「好きなものを好き」と言うことはできるし、漫画1冊分のレビューなら書くことはできる。そう思い、このレビューは始まりました。
そして木兎と赤葦の回想シーンでも、私の好きな言葉が出てきます。
読んでもらえる漫画のレビューを書きたいし、ミリアッシュをもっと好かれる会社にしたいし、ちょっぴりお金も欲しいし、死ぬ1時間前まではゲームをやりたい。全部やるために、”楽”をしないように生きます。
あと、試合が終了して木兎と桐生が握手する時、自然に木兎が「この先」のことを3年生の、つまり引退する桐生に助言するシーンが好きです。桐生は木兎と交流があるわけでもないのに、「永遠にバレーボールをやり続ける人種」と木兎から認定されているわけです。
かっこいい人間しかいないじゃないかこの漫画。
39:小さな巨人(第343話)
烏野高校の準々決勝、鴎台高校との試合が始まります。白鳥沢や梟谷と同様、「鳥」の名を冠する高校はやはり強く、烏野のアタック、伊達工業のブロック、そして音駒のレシーブを全て合算したような相手です。
そして戻ること前巻から、ついに初代「小さな巨人」こと宇内天満登場しています。『ハイキュー!!』主人公日向翔陽がバレーボールにのめり込む、つまり『ハイキュー!!』の起点を作り出した、すべての始まりです。名前がもう体を表していますね。"宇宙の内に天が満ちる"です。太陽である日向、光が当てられ形ができる影の影山、太陽を反射して輝く月の月島、そして天体を無数に彩る星の星海。宇内を『ハイキュー!!』のキーパーソンたちの源であると言うのは過言でしょうか。
宇内天満はもうバレーボールをやめており、”元”であり”旧”「小さな巨人」でした。ここも『ハイキュー!!』のすごいところだなと思います。主人公が憧れてきた存在が、実のところすでに舞台から降りている。『ONE PIECE』で例えるに「赤髪のシャンクス」が海賊から足を洗っているようなものです。いつか来る未来で日向と戦う強敵ではないのか、と驚きました。
しかし、日向は”がっかり”しませんでした。彼にとって「小さな巨人」の宇内天満は、バレーボールを始めた理由ではあっても、続ける動機ではないのです。日向がバレーボールをしているのは、「勝ちたい」、「負けたくない」、「強くなりたい」といった根源的な戦士の欲からであり、そしてその対象は1巻の副題「日向と影山」から推察できるように、ずっと影山に対して向けられているのだと思います。なのでおそらく、あくまで”この時なら”という限定下ですが、影山がバレーボールをやめたら超がっかり、というか激怒さえしたのではないでしょうか。
その宇内が「自分が強いと思ってました」と自らの過去を表するのと相反するように、「小さな巨人」と言われる星海はこう言いのけます。
かつてソクラテスが「無知の知」を生み出し、今でも上司や先輩が「あいつは挫折を知らない」と部下や後輩を評価したりしますが、それらは抽象的に考えるに「弱さの自覚」を示唆しているのではないかと思います。
「自分は弱い」、「自分にはなにもない」と知り、そこから「強くなろう」、「なにかを手に入れよう」と動く姿勢。自分と向き合うことほど面倒でしんどいことはないですが、小さな背でバレーボールを続ける星海は、否が応でもバレーボールを通じて自身と対峙し続けてきたわけです。ゆえに強い。
最後に、烏野顧問武田先生の言葉を引用して終えたいと思います。
本当に良い先生です。大好き。
「あってるよ」って Facebook なら「いいね!」、note なら「スキ」だとも思うので、つまり「いいね!」と「スキ」することって大事です!
してください!お願いします!後生ですから!!
40:肯定(第352話)
ついに巻数も40台へ入りました。なんだか少し寂しさを感じています。
絡まりつく木の根を引きちぎらんとする烏野3年生東峰が表紙を飾ります。昨日のレビューでも書きましたが、伊達工業に勝るとも劣らない綺麗なブロックを前に、エース東峰は激苦戦を強いられます。
東峰はものすごく強いアタッカーですが、語弊を恐れず申すと、白鳥沢牛島、梟谷木兎、狢坂桐生のように化身めいたバレーボールの恵みを感じさせる選手ではありません。30巻の2年生エース田中のように、"凡人"として臨戦します。
その東峰の背後はやはり、今度も守護神リベロ西谷が守ります。いえ、東峰と西谷だけではありません。烏野チームは各々がそれぞれを守り、補い、チームとして強くなってきたのです。
そう胸中で零し、トスを呼び続ける東峰の思考からは、大仰な思いや浪漫的な感覚が抜けていき、ついにひとつの結晶となります。
肩を持ち上げた筋弛緩法によりエヴァンゲリオン初号機のような姿勢となった東峰は、木兎が日向に授けた秘技「静と動」、つまりフェイントにより点をもぎ取ります。「強打を打ってこそエース」といった"固定観念"から一度距離を置き、勝利のための原始的な課題である「得点」のみに集中したからこその産物です。梟谷セッター赤葦が以前見せたように、これもひとつのタスクフォーカスであると言えます。とりあえず、1日に1つのレビューなら書けるわけです。
そして第354話「"仲間のためにがんばる"」で、東峰は強力3枚ブロックとの真っ向勝負でスパイクを打ち切ります。ブロックで弾かれたボールを田中が根性でレシーブし、フォロー入った菅原が渾身の二段トスを上げます。ここもまた大好きなシーンで、直後に描かれる影山と、次いで「ほぉん」と感想を漏らす稲荷崎2年生宮侑という超高校生級セッターふたりの顔だけで、いかに菅原のトスが優れたものかとわかる演出。西谷や菅原が上げたトスを東峰が打つ時は、やはり別個の熱さがあると感じます。
41:小さな巨人 VS(第362話)
好きな哲学が多すぎて、もうどこから記していけばいいかわかりません。とりあえず、第360話の梟谷ミドルブロッカー昼神幸郎の言葉が好きです。
私がビジネスをしていく上で大事にしている言葉です。予想通りに業績が進まなかろうが、ひとから嘲笑されようが、死ぬわけではないです。なら、やるだけですから。
また、第361話の鷲匠先生の描写も大好きです。
指導者歴の40年をかけて、日向を否定したいと思った鷲匠先生ですが、日向の「高さ」を諦めないプレイを見続け、ついに否定することをやめました。この日向と鷲匠先生の変化していく関係性は、スタートが良くなかった印象もあり大好物です。
さて、副題の第362話「小さな巨人 VS」ですが、ここでいう「小さな巨人」星海を指しています。副題の記載されている P91 をご覧ください。コマの左右に星海と日向が描かれ、「第362話」が真ん中に表記されていますが、改行後の「小さな巨人 VS」は星海側に寄って記されており、「VS」がちょうど中央に来ています。
小ささ、つまり自らの弱さを知ったがゆえに強い星海と同じく、日向も「自分は弱い」と「とうのむかしに、しっている奴」でした。ゆえに「手にできる武器ぜんぶ、丁寧に丁寧に研いでいる」選手です。
日向の強さへの視座は、一層高く構築されていきます。かつて憧れた「小さな巨人」も、東峰のように打ち切る「エース」も、もう日向の憧憬の的にはなっていません。「6人で強い方が強い」というバレーボールの根幹であり当然の勝利条件に対し貪欲なり続けた結果、彼は自らを称するなら「最強の囮」が良い、と言います。囮という言葉自体が、集団戦を前提にした言葉です。猛者に挑み勝利を得、強さを身に付けていくうちに、漫画『ジョジョの奇妙な冒険 Parte5 黄金の風』のペッシのように、その意味が「”言葉”でなく”心”で理解できた」のだと思います。
そして第363話の副題は文字が足され、「小さな巨人VS最強の囮」です。震えます。
42:なにもの(第368話)
先に申し開いておきますが、長いです。仕方のないことと、諦めください。
ついのついに、歴史が大きく動きます。実際には前の巻ですが、日向の発熱が発覚し、試合に出られない、となります。負傷でなく体調不良なので、田中とぶつかった澤村や、白鳥沢3年生牛島のスパイクで指から出血した月島と異なり、「もう日向がこの試合戻ってくることは絶対にない」ということが浮き彫りとなります。ここがまた、『ハイキュー!!』を稀有な少年漫画たらしめているところだと思います。
負傷するも、なんとか処置して痛みを抑え、復帰して戦う。
こうはならないのです。どちらが上下、という話ではありませんが、『SLAM DUNK』に対するカウンターとさえ感じました。山王戦の桜木花道は、「断固たる決意」でもって痛みに耐え、勝利に貢献し、その後リハビリを受けます。ド王道とさえ感じます。
しかし『ハイキュー!!』では、別解が示されます。
顧問の武田先生は、本当にすごい先生だと思います。手負いの獣のような形相を見せる日向に対して、情を振り払い、凛として理路整然に助言をする姿勢。ご飯を食べている時も、寝ている時も、すべてが日向にとっては「バレーボール」であり、つまりこのレビューを書いている瞬間も私にとっては「株式会社ミリアッシュの代表」なわけです。
あえて気にせずこの表現を用いますが、こんな良い”男”がいますか。かっこよすぎる。
さて、42巻で特筆したいのは、まず烏野1年生マネージャー谷地さんです。
病院へ行く日向に付き添う彼女のこの思いに、私は最大の拍手を送ります。
あえて気にせずこの表現を用いますが、こんな良い”女”がいますか。かっこよすぎる。
この若さで、他人の"不幸"を「かわいそう」と自らのエンターテインメントとして消化することの”暗さ”に気付き、精一杯避けようとしています。日向が泣いているならまた別かもしれませんが、日向は泣いていません。なのに「頑張る日向を近くで見てきたから」といったような理由で日向ではない自分が泣くのは「ちがう」と自身を律し制する、この谷地さんのコマ、永遠に忘れません。
その谷地さんの感覚を後押しするかのように、副題の第368話「なにもの」で、烏野10番の発熱、つまり日向とチーム烏野を「かわいそう」を言う第三者へと言い放つかのように、井闥山学院高校の全国3大エースのひとり佐久早聖臣はこう呟きます。
優勝候補の井闥山学院は、烏野と同じく準々決勝にて敗退していました。作中に詳しい描写がないので推測でしかありませんが、井闥山3年主将飯綱掌の足が負傷したコマと涙を隠せない彼の表情から察するに、おそらく飯綱も"不幸"があり、観客から「可哀想」と思われ、佐久早はその身勝手な憐憫に反駁したかったのでしょう。
全日本の監督雲雀田吹の言葉です。やはり『ハイキュー!!』は敗者の物語ですね。負けない人間などいなくて、負けは弱さの証明でもない。敗者になることは戦った結果のひとつで、それ自体が貴重な経験であり、次に「なにもの」へなるかが肝要である。そう私は感じ取っています。
数年が経ち、谷地さんのモノローグとともにその後の烏野高校排球部のダイジェストが語られます。
26巻で烏養コーチが「…来年、一番厄介な相手になるのは、伊達工かもな」と言った通り、初夏のIH予選で烏野は伊達工業に敗れ、33巻で宮侑が「でもその前にIHで潰したるから覚悟しときや」と言った通り、春高で稲荷崎に負けています。
最後の春高、3年生となった日向達の背中の逞しさに感慨深くなりつつ、やはり皆さん視線が行くのは背番号ではないでしょうか。
1番が山口なのです。おそらく前年に縁下が主将をやっただろうことを考慮するに、「根性無し」から脱却したふたりが主将を務めるこの熱さ。2番が影山、3番が月島なのは順当として、日向が5番とひとつ飛んでいるところに想像が掻き立てられます。
答えは、同巻第371話「地球の裏側で」、P127で日向が高校時代を回想しているコマにあります。色違いの4番が描かれていることから、烏野4番は西谷のような2年生のスーパーリベロだったことが推測されます。
そして、鷲匠先生。
否定できないことを認めてからというもの、とにかく日向を肯定したくて動く感じ、最高です。あまり良い表現ではないですが、『ハイキュー!!』の中で一番ツンデレだと思います。
最後に、海外で修行する日向に出会うのが青葉城西出身及川徹なのがまた最高ですね。
私に関して言えば、たぶん、株式会社ミリアッシュを畳んでしまった方が、苦しさは少なくなると思います。それでも、楽しいが来てしまう。だからまだまだ、やりたいし、やらなければならないと思うことがたくさんあります。
43:ラスボス(第378話)
1巻の副題は「日向と影山」でした。中学の時、別チームの敵として相対し、高校では同じチームの味方として共闘しながらも部室や体育館への到着ですら競い合うほど、日向にとって勝ちたくて仕方のない”個人”、それが影山です。
もはやわざわざ言うなという話ですが、そのふたりが中学以来、お互いがプロ選手として公式に、つまり「選ばれた状態」で戦うわけですから、もうどう表現したらいいのかこのテンションを。
第379話「妖怪大戦争」でツイッターのトレンドに上がるほど読者に衝撃を与えたのは田中龍之介の妻"田中"潔子でしたが、私はその2コマ前、烏野高校バレーボール部OBの八乙女を食い入るように見ていました。彼はおそらく、日向たちが3年生だった時の4番2年リベロです。髪と顔が42巻の回想シーンと似ているのと、日向らのひとつ上である成田・木下と親しげに会話していることから、チームとして一緒に戦っていた時期があることが推測されます(八乙女が当時1年生だったら、日向らとは仲良くとも、成田たちとはあくまでOBに対する距離感のはずです)。
さて、高校時代の皆々の「こうなったよ!」は実際に読んでいただくとして、ここでは両プロチームの監督名を見たいと思います。
まずシュヴァイデンアドラーズの監督は朱雀万丈と言います。万丈は文字通り「超高いこと」で、朱雀は『幽遊白書』や『ふしぎ遊戯』では耳馴染みの炎の鳥です。四神のひとつで方角は南を担当し、火や夏の象徴であり、陰陽では”太陽”とも言われます。
つまり穿って考えるなら、「日向翔陽は超高い」という意味です。
次にムスビイブラックジャッカル(日向所属のチーム)の監督は Samson Fosterです。foster は food と同語源で、「育てる」を意味します。そして Samson ですが、旧約聖書に出てくるサムソンが有名で、絵画『目をえぐられるサムソン』や映画『サムソンとデリア』など、様々なところで題材にされるほどらしいです(私は全部知りませんでした)。そしてSamsonは、そもそも”太陽”という意味に由来した言葉です。
つまり穿って考えるなら、「日向翔陽を育てます」という意味です。
また、英語の south 「南」はもともと sun と同じ言葉から派生しているので、Samson=太陽=南=朱雀、と両監督は実は同じ名前ではないかとさえ思います。
この両監督の名前、古館先生のやりたい放題に思えて好きなのですが、皆さんいかがでしょうか。
あと個人的に好きなコマを挙げると、第382話「百鬼夜行」で白鳥沢出身「日本の主砲」こと牛島のスパイクをレシーブし損ねたムスビイブラックジャッカルのリベロ、犬鳴シオンの「ヒィー」です(P154)。拾えないことを悔しがったりへこんだりせず、牛島のパワーを称賛しつつも余裕のある感じが、いかにも歴戦のプロの空気がありかっこいいです。
44:最強の敵(第387話)
もう全部書きたいですが、そう、これでも絞って書いているのです。
まずは第386話「自由」から、白鳥沢顧問鷲匠先生の言葉です。
アタックだけでなく、レベルの高いレシーブにトスを繰り広げ、万能選手と化した日向を褒めた奥方鷲匠照乃に対して、鷲匠先生はこう言います。仰る通り、と全幅で共感するのは当然として、かっこいいなあと思う理由は、鷲匠先生が「俺たち」と言っているところです。they でなく we。プロとして活躍する選手たちを第三者と捉えず、自分たちのひとり、と考えていることがわかります。
この時鷲匠先生は77歳ですが、それでもまだ”十分”だと思ってないのがわかります。”生涯現役”ほど掲げることは楽でも実践に難いものはないと思いますが、鷲匠先生はバレーボールに対してずっと”不足”を考え続けているのでしょう。こういう年齢の重ね方をしたい。
西谷のカジキ漁には驚きましたが、さもありなんと思えるから不思議です。西谷にとっての”強さ”はバレーボールだけでなく、かつて彼の祖父が言ったように「知らないのはもったいない」という哲学から形成されているのだなあと改めて思った次第です。バレーボールでスーパープレイを難なくこなすのも、ひとり他国へ行きカジキと格闘するのも、その自由さこそ強さなわけです。
さて、副題の「最強の敵」ですが、この巻で初めて、日向にとって「最強の敵」である影山の過去が語られます。生後間もなくからバレーボールと触れ合う様子は、『SLAM DUNK』の山王工業は北沢、もとい沢北の赤ん坊時の描写を彷彿とさせますね。この話を読み進めるに、影山は”居たひとが居なくなっていった”人生だったのだなと思いました。祖父と姉がいたからバレーボールと出会うも、姉がバレーボールをやめ、祖父が入院し、及川先輩と岩泉先輩が卒業し、祖父が亡くなり、愚直に強さを求め続けた結果、トスを上げた先に飛んでくれるアタッカーもいなくなりました。
居ないことなどない、と影山に教えたのは、ほかでもない日向でした。
「最高のトスをまっている」ことを「教えてもらった」と、影山自身の思いが描かれます。それを気づかせてくれたのは日向を始め、宮侑の言葉を拝借するなら「烏野」でした。「6人で強いほうが強い」が加算でなく乗算であるのは、「互いが互いの師」として教え教わる機能があるからなのだと、強く思います。影山飛雄は烏野高校で、武田一鉄、烏養繋心、澤村大地、菅原孝支、東峰旭、清水潔子、田中龍之介、西谷夕、縁下力、成田一仁、木下久志、月島蛍、山口忠、谷地仁花、日向翔陽と時を過ごしたからこそ、今の強さがあります。
そして、ここで終わろうとも思ったのですが、どうしても書きたいことがあり、もうひとつだけ許してください。
第391話「思い出なんか」です。
宮治のお店『おにぎり宮』で、宮侑が美味しそうにおにぎりを頬張るところからこの回は始まります。
三刀流(この言葉がすんなりと耳に優しく入ってくるのは、やはり『ONE PIECE』のロロノア・ゾロのおかげでしょうか)という超人的なサーブを身につけ、影山と負けず劣らずのセッターぶりを発揮する宮侑ですが、彼の出身校稲荷崎高校の横断幕には「思い出なんかいらん」とスローガンが書かれていました。それを好きではないと当時の"大将"北信介に対し、「今はちょびっとわかる気ィもする」と胸中で独り言を漏らします。
戻ること42巻、第368話「なにもの」で、北信介はこう言います。
北信介は、お米の農業を営む道へ進んでいました。宮侑が死るまでバレーボールを続ける上で、彼の”筋肉”となる「おにぎり宮」のおにぎり、その「美味い飯」のお米を届けるのは、北信介となるのでしょう。稲荷崎高校でのバレーボールは、"思い出"なんかではないのです。
それと、宮侑がセッターを目指そうと思ったきっかけを作った「おっちゃんが打たしたる」のおっちゃん、この試合の解説なんですね。そういうところもたまりません。
先ほどもうひとつだけと言いましたが、もうひとつだけいいでしょうか。すぐ終わりますから。
第392話「ただのスター」で、梟谷学園出身の木兎光太郎は背面ショットというとんでもない技を見せます。
意気揚々とした表情で木兎はこう思いますが、本誌掲載時に載っていた煽りはこうでした。
ここまでツッコミっぽい愛情ある煽りはなんだか初めて見た気がして、思わず笑ってしまいました。
45:挑戦者たち(最終話)
現在時刻は、2020年11月4日の午前2時です。ついに『ハイキュー!!』最終巻が発売となり、3度ほど読んでから、今こうしてキーボードを弾いています。
もう、何を書いてもすべて野暮な気がしますが、それでも書きたい思いが勝ちました。
さて、まずは第391話「幸運な我ら」と第392話「幸運な我ら・2」です。佐久早と牛島に焦点が当たり、かれらがどのようにして強さを身につけていったかが描かれます。ここで特筆したいのは、佐久早も牛島を自らを「運が良い」と思っているところです。
得てして、ひとは己を不幸と思いがちであるように思います。ほんの僅かでも、自分の予測から悪い方向へ逸れると「運が悪い」と感じてしまいます。しかし、本当に不運なのでしょうか。なんでも物事をよく見よう、とポリアンナ症候群めいたことを申すつもりはありませんが、それでも、とある事象に対して「幸運」と「不運」のどちらを感じ取るかは、結局各々次第です。
ひとによっては、左利きであることが、バレーボールをやることが、誰かと会うことが、生きていることが。
「運が良い」、「恵まれている」と思うその精神こそ、強さのひとつであり、大事な心の構えなのだと思います。
さて、次に第401話「約束」ですが、ここで最高だと心から拍手を送りたいのは(いつも拍手していますが)、試合終了の得点の決まり方です。
日向でなく、木兎のスパイクです。そして、木兎がスパイクを決めるための、日向の”コートの横幅めいっぱい”なブロード攻撃による陽動です。
「最強の囮」で、この”妖怪大戦争”は終わるのです。直後の日向の表情は、まるで自身がスパイクを決めたかのように喜びに溢れています。身体と技術をどこまでも研ぎ澄ました結果、日向は”バレーボールで勝つ”という超純粋な目的の達成だけを考えているように見えます(もちろん、スパイクを打ちたいという欲は強いと思いますが)。この一連のコマ、何度読み返しても飽きません。
そして、いよいよ最終話です。油断すると特筆だらけになりそうなので、とにもかくにも絞っていきます。
最初は、P191にて、観客の持っている応援グッズのタオルについてです。「天照JAPAN」と書かれています。ここに来てさらに日向翔陽を後押しするかのように、太陽神「天照大御神」をイメージさせる言葉が出てきます。天高く飛ぶ球技だからこそ、太陽神から力を借りるかのような「天照」。どこまでもかっこいい。
次に、やはりどうしても触れたいのが北信介です。
この言葉は、以前烏野に敗れた際、北が宮兄弟に臨んで用いたそれに聞こえますが、ほんの少しだけ違います。
”皆”が、加えられています。
この発言の前のコマで、北は宮治のお店「おにぎり宮」に対する客の好評に聞き耳を立てています。だから、”皆”なのです。高校時代、バレーボール仲間へ向けていた思いは、ここに来てバレーボールだけでなく、食の道へ進んだ宮治や、それぞれ選んだ進路を行く元稲荷崎チームメンバーのすごさへ向いています。バレーボールに進むだけがすごいのでなく、各々の生き方をまっとうする姿勢を、北は心から自慢したいのでしょう。また、屈託のない笑みでそう言える北にこそ、私は敬意を覚えます。ひとの実績や成功を本心から認め賛辞を送り、自分ごとのように喜べるのは、それもまた別の強さだと思うからです。
そして最後となりますが、P215の滝ノ上電器店のコマをご覧ください。店頭に展示されたテレビに映るオリンピックの試合を見て、自転車に乗った少年が足を止めています。その前かごには、サッカーボールが入っています。戻ること第1巻、日向翔陽がバレーボールへ進む契機となったものも同じく、電器店の店頭に置かれたテレビで放送された試合、「小さな巨人」宇内天満の活躍でした。この時の日向も自転車を漕いでいて、サッカーボールを前かごに入れていました。
宇内天満のバレーボールに、日向翔陽が続きました。その日向翔陽のバレーボールに、また名もなき少年が続くのでしょう。そして、育ち名を持った元少年のバレーボールには、次の名もなき少年が。
憧れ、目指し、成長し、憧れられ、目指されるようになる。
バレーボールの根幹である”繋ぐ”は、ひとそのものの根源的なサイクルでもあると、ここに来て改めて認識した次第です。
すみません、最後の最後に、もうひとつだけ。
一番最後のコマで、影山は「今日は」と言っています。対し日向は「今日も」です。
レビュー全体を通して、『ハイキュー!!』は敗者の物語である、という考えを私は固めていきましたが、最終話の題が「挑戦者たち」であることで、その見解は揺るがないものとなりました。
日向も影山も、だれもが負けます。皆等しく敗者です。だから、挑戦者”たち”たるのだと。コンペで負けたり、トライアルで負けたり、フォロワーが減ったり、noteのPVが伸びなかったり、思い通りの結果とならない”負け”はゴロゴロと転がっています。
しかし。
すべてのひとの、背中を押してくれる言葉だと思います。烏野高校顧問武田一鉄先生の言葉でもって、最後のレビューの結びとさせてください。
誰であろうと、「これからも、何だってできる」のです。
おわりに
毎日1巻ずつレビューを始める前は、「途中で終わってしまったら」、「面倒くさくなったら」といった負の感情が蠢いていました。
深夜にファミリーレストランへ出向きレビューを書いている時も、「なんでこんなことしているのだろう」と首を傾げました。お金をもらったでもなく、ひとに頼まれたでもなく、あるのは「大好きだから」という個人的な動機だけです。
でも、終えた今となっては、やってよかったと思います。まったくもって単なる自己満足ですが、レビューを書くことで一層『ハイキュー!!』に隅々まで浸かることができ、新たな発見が沢山ありました。
ここまでお読みいただいた方、本当になんと申しあげるべきかわかりませんが、心より最大限の感謝をお伝えしたいです。ありがとうございます。
このレビューを通じて、『ハイキュー!!』を愛するすべての皆様の、その愛が少しでも膨らむお手伝いができていましたら、それ以上に嬉しいことはありません。
2023年8月追記
先日開催された国際大会「バレーボール ネーションズリーグ2023」で、日本男子バレーは46年ぶり(1977年以来)となる銅メダルに輝きました。その活躍見たさにU-NEXTへ加入し、試合のある日はほぼ毎日リアタイしました。”個”の強さだけでなく”チーム”の強さで闘う日本代表の選手たちのカッコよさに、予選からずっと泣いていました。バレーボールが好きで本当に良かったと思います。
さて、ここで雑誌『月刊バレーボール』の2020年8月号を一部引用させてください。
この雑誌が世に出た3年後、『ハイキュー!!』45巻で天童覚が「体の大きい外国のチームをバッタバッタと倒すんだよ」と言うように、ここに写っている選手たちが世界を相手に獅子奮迅の活躍をしています。
『ハイキュー!!』が、日本のバレーボール人気のみならず選手たちのモチベーションや視座、そしてプレーに寄与した。そう思うのは、もちろんただのファン贔屓でしかないのですが、それでもしかし。
『ハイキュー!!』があったから今の日本の強さがある。
そう考えてしまう気持ちを抑えきれません。
パリ五輪が待ち遠しい。
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