ショートショート「ラジオ」

「続いてはラジオネーム・・・」

両耳に聞き馴染みのある声が流れ込んでくる。

夜中に散歩をしながらお笑い芸人のラジオを聴くことが好きだ。

誰も歩いていない寂しい道でも、自分に言葉を語り掛けてくれる存在がいるというだけで、穏やかな気持ちになれる。

「いやいや、このコーナーに送ってくるリスナー頭おかしい奴ばっかりだよ!」

ただ今日だけは、純粋に穏やかな気持ちだけで聴くことはできなかった。送られてくるネタメールで爆笑するパーソナリティの高揚感とは逆に、俺の心は段々と冷えていった。

「これがラストですね。ラジオネーム・・・」

これが最後のメールだ。

祈るようにラジオの音量を上げたが、最後に呼ばれたのは俺のラジオネームじゃなかった。他のラジオでもよく採用されている有名ハガキ職人だ。

「何言ってんだよこいつ、ほんとバカだなー!」

クオリティーの高いメールに嬉しそうに毒づく声は、とても幸せそうだった。

本当にお笑いが好きで、能力もあって、ラジオにも、リスナーにも愛がある人間にしか出せない声だ。

お笑いを続けられる才能を持つ人間がそこにはいた。


ため息をついたと同時にスマホが振動した。

『読まれなかったね』

彼女からのLINEはこの短い一文だけだった。

『うん』

こちらの返信も短いものだったが、それだけで伝えたい事は全て伝わりあった気がする。

俺のメールはあいつに届かなかったのだ。


そろそろラジオも終わりの時間だ。

「そろそろお別れのお時間なんですけどね。ちょっと最後に個人的な話というか」

もうこのラジオを聴くことも無いだろう。それとも何年か後に普通に聴けるようになるのだろうか。

「あのー、僕の前の相方がね。あ、そうなんですよ。昔コンビ組んでて。その元相方も別々にお笑いを続けていたんですけど、もう芸人辞めるって言うんですよ」

自分にはこれしか無いと信じて続けてきたお笑いも、結局才能があったのか無かったのかわからない。売れなかったのだから周りから見たら才能が無かったという事なのだろう。

「僕とは合わなくて解散しちゃんたんですけど、そいつが面白いのは知ってるから、辞めるのは勿体ないって言ったんですよ。それか、芸人ダメなら俺の座付き作家になったらどうだって」

あいつは俺とは違った。どう考えても俺とは違って才能があった。だからこうしてラジオのパーソナリティをしている。俺はこうしてただのリスナーになっている。

「でもそいつも頑固でねー。才能無いから無理だって言うんですよ。そんな事ないって言っても聞かないから、じゃあ俺のラジオのコーナーにメール送ってこいって言ったんですよ」

出来ることならどんな形であれお笑いを続けたかった。大好きなお笑いを続けたかった。でも、才能がない奴が才能がある奴の足を引っ張るわけにはいかない。

「お前面白いから絶対採用されるからって言って。採用されたら考え直せって言ったんですけどね」

大体、たった1回のラジオで採用されるかどうかで決めるなんておかしいだろ。あいつは昔からそういう所があったんだ。

「でもね・・・あいつ送ってこなかったんですよ!おいおい!俺がこんだけ言ってるのに勘弁してくれよー!」

お前は知らないだろうが、初回からずっと俺はこのラジオにメールを送ってたんだよ。

お前を一番笑わせられるのは俺だって思ってたんだよ。

でも一回も読まれなかったんだ。こんなに自分の才能の無さを感じる事も無いよ。

やっぱり俺とお前は違うんだ。

お前は一人でやっていくべきなんだよ。

一瞬でも夢見させてくれてありがとうな。


「お前の事待ってたんだぞ!おい!聞いてるか!」


「・・・聞いてるよ」

そう呟いて俺はイヤホンを外した。


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