古川 周賢

山梨県甲州市塩山の臨済宗妙心寺派、乾徳山 恵林寺を御護りしています。 恵林寺は一三三〇…

古川 周賢

山梨県甲州市塩山の臨済宗妙心寺派、乾徳山 恵林寺を御護りしています。 恵林寺は一三三〇年に開創。開山は夢窓疎石。 武田信玄公と柳沢吉保公の墓所となっています。 https://www.facebook.com/shuken.furukawa  https://erinji.jp/

最近の記事

*禅語を味わう...026:春色高下無し...

春色無高下 春のお彼岸も過ぎ、季節は春本番となりました。 今年は、冬の気候が温暖であったかわりに、立春を過ぎたあたりから寒さが厳しくなり、ときおり驚くほど暖かい日があると思えば、一転、冷え込みが厳しくなり、三月後半に、恵林寺の夢窓庭園「心字池」の水面に薄氷が張るようなこともございました。 さて、今回の禅語は、春にちなんで、「春色高下無し」です。 この語は、禅語としては比較的よく知られたもので、春のお茶の席の床の間で見かけることも少なくありません。 この語は、対句で味わうと

    • 禅語を味わう...025:梅花新たに發く旧年の枝...

      梅花新發去年枝 春を迎え、恵林寺でもようやく梅が見頃を迎えました。 今回の禅語は、梅にまつわるものです。 梅の花は、「百花の魁」と言われるように、すべてに先駆けて花を咲かせます。 あるいは雪に閉ざされた一面の銀世界の中にあって、独り微かな春の薫りを漂わせ、あるいは寒風にさらされながらも、負けることなく可憐な花を咲かせます。 ですから、梅花に関しては、「新たに開く...」という一言の中に、待ちに待った春の訪れへの喜びと、まだまだ辛い寒さの中にあっても、けなげに春の到来を告げ

      • 禅語を味わう...024:雪後始めて知る松柏の操...

        雪後始めて知る松柏の操 季節は「大寒」、一年のうちで、もっとも寒さの厳しい時節です。 皆様、いかがお過ごしでしょうか。 さて、今回の禅語は、禅語としては、比較的よく知られたものです。 松や柏、槙の樹は、美しい花を咲かせるわけでもなければ、立派な実を付けるわけでもありません。 競い合うかのように花々が咲き乱れる百花繚乱の春、瑞々しい生気が燃え立つような翠滴る初夏、すべてのものが光り輝き、生命を謳歌しているような夏、去りゆくものが残されたすべての力を振り絞るかのように、最後の

        • 禅語を味わう...023:無事是れ貴人...

          無事是貴人 令和5年、いよいよ暮れも押し詰まって参りました。 年の終わりには、禅寺も大掃除をして、普段以上にお寺を綺麗にして、お正月の飾りを準備の上で、新しい年をお迎えするのですが、悲喜こもごも、一年間の迷いの塵を振り払うことはもちろんですが、それだけでは十分とは言えません。 心機一転、身も心も新しい年に合わせていくためには、今年一年の心の蟠りをしっかりと見つめて、こだわりや執着に、きちんと一通りのけじめをつけておく必要があります。 一年は短いようで長いです。日々の暮らし

        *禅語を味わう...026:春色高下無し...

          禅語を味わう...022:室閑かなれば茶味清し...

          室閑茶味清 十一月もはや、終わりにさしかかりました。 季節は晩秋から冬になります。 十一月は、「炉開き」、そして「口切りの茶事」... 立冬を待って、炉を開きます。そして、収穫のお祭である新嘗祭を待って、初夏に詰められた茶壺の口を開いて、新茶を飲み始めます。 このように、お茶を嗜む人にとっては、嬉しく心弾む行事が続きます。 昔から十一月は「茶人の正月」と言われるのももっともなことです。 さて、今回の禅語は、このように、お茶にとって、一番の盛りの季節ということで、 とい

          禅語を味わう...022:室閑かなれば茶味清し...

          禅語を味わう...021:平原秋樹の色 沙麓暮鐘の声

          平原秋樹色 沙麓暮鐘聲 季節は、晩秋。 紅葉の美しい季節となりました。 恵林寺の周りでも、紅葉もいよいよ本格的になり、柿が見事に色づき始めました。 さて、今回の禅語は、以前にもご紹介しました、北宋の詩人、黄庭堅(黄山谷1045~1105年)の名詩からです。 「平原」は中国「徳州」の昔の地名です。そして「沙麓」も「徳州」と「鄴」との間の、古くからの地名です。 「平原」の地では、樹木の葉が一斉に秋の色に染まり、目を奪うような美しさ。 そして隣村の「沙麓」の方角からは、いつ

          禅語を味わう...021:平原秋樹の色 沙麓暮鐘の声

          禅語を味わう...020:秋天萬里浄し

          秋天萬里浄 秋のお彼岸も過ぎ、はや9月も終わりとなりまし た。 今年は、日本中が異常なほどの酷暑に見舞われましたが、「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉の通り、朝夕、めっきりと気温が下がり、虫の声が本格的な秋の訪れを感じさせてくれるこの 頃でございます。 さて、今回の禅語は、唐の詩人 王維の詩から「秋天萬里浄し」です。 廣大な中国の大地...詩人、王維の目の前には、日本に住む私たちには想像もできないようなスケールの光景が、一面に広がっていたことでしょう。そして、その廣大な大地の

          禅語を味わう...020:秋天萬里浄し

          禅語を味わう...019:白雲片片嶺上に飛ぶ

          白雲片片嶺上に飛ぶ白雲片片嶺上飛 はや、8月も終わりとなりました。 さて、今月は禅語:「白雲片々嶺上に飛ぶ」を味わうことにします。 真っ白な雲が、ふわりふわりと山の嶺の上を飛んでいく... 恵林寺は峡東地方を代表する古刹の一つで、庫裏の入口には、『峡中禅窟』という扁額が掲げられています。「峡中」の「峡」は「山峡の地」という意味だといいます。このように、山々に囲まれた山梨に住んでいれば、この禅語は、日頃良く見慣れた、ごくありふれた景色になります。 高い山の嶺の上を、雲は、

          禅語を味わう...019:白雲片片嶺上に飛ぶ

          禅語を味わう...018:火裏酌清泉

          火裏に清泉を酌む 連日、厳しい猛暑が続いておりますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか? さて、今回採りあげる言葉は、少し難しいかもしれません。禅語らしい禅語です。 標題の言葉、火裏に清泉を酌む...「裏」は、「内側」を指します。ですから、燃えさかる火の中から、清らかな泉の水を酌みだすという意味になります。 酷暑の今の時期であれば、まさしくそうありたいというところなのですが、よりによって、火の中から清水を酌みだして来るなどと言われると、ちょっと困ってしまうところです。 この

          禅語を味わう...018:火裏酌清泉

          禅語を味わう...017:一雨潤千山

          一雨千山を潤す いきなり、私事になりますが、このnoteに取り組みはじめたのが、2年前... 勢いよく書き始め、最初は週に1本、次第にペースが落ちて、月に1本。 去年の1月30日を最後に更新が停まっておりましたが、御護りさせていただいている恵林寺の大切な行事、『武田信玄公生誕五〇〇年・四五〇回忌』も何とか無事に終わり、一息をついたところで、気を取り直して再開といたします。 季節は6月も後半... このところ、激しい雨のために全国各地でさまざまな被害が出ている様子が報道され

          禅語を味わう...017:一雨潤千山

          禅語を味わう...016:雪月花

          雪月花(せつげっか) 朝夕寒さの厳しい毎日が続きますが、暦の上ではそろそろ「立春」。よく見ると木の枝には小さな芽吹きがちらほらと見え始め、春到来の兆しがあちらこちらに窺えるようになりました。 さて、今回の禅語は、「雪月花」。皆様ご存じの言葉です。 「雪月花」といいますと、「雪見」「月見」そして「花見」が思い起こされるでしょうか。四季折々の自然の美しさを表現する言葉です。 四季の美しさを「雪月花」という言葉で代表させる習慣は、一説によれば、中国は唐の時代の詩人、白居易(白

          禅語を味わう...016:雪月花

          禅語を味わう...015:看看臘月盡

          看よ看よ、臘月(ろうげつ)盡(つ)く... (看看臘月盡) 本年最後の『禅語を味わう』となりました。 本年一月からこのnoteをはじめ、何とか最低月一回のペースを守りながら続けることができました。 最初は歴史文書の紹介をしていたのですが、振り仮名が必要な文章が多など、使い勝手が今ひとつということがわかり、途中から禅語の紹介に切り替えました。 ともかく始めること、そして続けること、と思っておりましたが、ブログ、HP等とのかかわりもあり、どのようなものを書いて良いのやら、なかな

          禅語を味わう...015:看看臘月盡

          禅語を味わう...014:月落烏啼霜満天

          月落ち烏啼いて霜天に満つ(つきおち とりないて しもてんにみつ) (月落烏啼霜満天) 霜月、11月も終わりとなりました。 今年は例年に較べて寒暖差が大きく、とても見事な紅葉を楽しむことができました。 恵林寺のある峡東でも、「お寒いですね」、「寒くなりましたね」という挨拶に続いて、「今年が寒い、というのではなくて、昔はこんな気候だった、という感じですね」「そうそう、子供の頃も、11月に入ると氷が張ったりね」といった会話が交わされたりもします。 さて、ギリギリの駆け込みとなり

          禅語を味わう...014:月落烏啼霜満天

          禅語を味わう...013:秋沈萬水家々月

          秋は萬水に沈む家々の月 (あきは ばんすいに しずむ かかのつき) はや十月も終わりにさしかかり、暦の上では、七十二候でいう霜降(そうこう)の初候「霜はじめて降る(霜始降)」と呼ばれる季節となりました。 季節は晩秋です。 今回の禅語は「秋は萬水(ばんすい)に沈む家々の月」です。 この語は禅語としては比較的よく知られているものです。もとの対句は、このようなものです。 春は千林に入る處々の花 秋は萬水に沈む家々の月 春は千林に入る處々の花... 春の到来とともに、山という

          禅語を味わう...013:秋沈萬水家々月

          禅語を味わう...012:吾が心秋月に似たり

          吾心似秋月(わがこころ しゅうげつににたり) はや、9月も終わりになりました。 恵林寺でも、桜を始め、木の葉の色づきが目を惹くこの頃となりました。 今回の禅語は、名詩揃いの『寒山詩』の中でも、屈指の名句。禅の世界ではとても有名なものの一つです。 はじめに、もとの漢詩全体を見てみましょう。 吾心似秋月 碧潭清皎潔 無物堪比倫 教我如何説 吾が心 秋月に似たり 碧潭(へきたん)清うして皎潔 物の比倫(ひりん)に堪えたるは無し 我をして如何(いかん)が説かしめん 『寒山詩』

          禅語を味わう...012:吾が心秋月に似たり

          禅語を味わう...011:一葉落ちて天下の秋を知る

          一葉落ちて天下の秋を知る一葉落知天下秋 (いちようおちて てんかの あきをしる) 八月も終わりに近づき、朝夕の涼しさが秋の気配を感じさせるようになりました。 日中の酷暑はまだまだ厳しいですが、恵林寺の境内でも、桜をはじめ早くも樹木の紅葉が始まっています。 さて、今回の禅語は、 一葉落ちて天下の秋を知る... いまの季節にぴったりの言葉です。 この語、もともとは「梧桐(あおぎり:青桐)」の葉が一枚、ハラリと舞い落ちる姿を見ての句だといいます。「梧桐」の葉は他のどの木より

          禅語を味わう...011:一葉落ちて天下の秋を知る