桜と祖父

座布団と座卓がいくつも並べられ、親戚のおっちゃんおばちゃんらが喪服を着てる。
なんやら誰かの葬式みたいで、僕もいつの間にやら黒い服を着て座布団の上で正座をしていた。
どうも亡くなったは僕のおじいちゃんらしく、あれ確か中学三年の時に死んだのでは、と思ったが深くは考えなかった。
しばらくすると両手足を縛られた全裸のおじいちゃんの遺体が運ばれてきた。
裸のおじいちゃんをどうするのかなと不思議に思って周りの皆を見渡すと、
「ああ、ついにこの時が来てしまった。まあ、仕方ないんだがなあ」
などと言い合い、やれやれ、まいったなあ、とでも言いたそうな妙な感じだったので、何が始まるんやろかと思いながら大人しくして待った。
しばらくすると、白ご飯が盛られた丼が全員に配られた。
おじいちゃんの近くにいつの間にか行列が出来ていて、みんな丼を持っていた。
一人ずつ、ご飯の上にチャーシューみたいなのを2枚くらい乗せてもらっていた。
チャーシューはどうやら、おじいちゃんの肉であるらしく、この世界では仏さんをみんなで食べるのがお葬式の常識のようだったので、嫌やなあと思いながらも仕方なく僕も並んだ。
僕の順番が回ってきた時、おじいちゃんはもうだいぶ減っていた。
お坊さんみたいな人が、僕の丼におじいちゃんを入れてきた。
軽く会釈をして席に着いてよく見たら、おじいちゃんが6枚ぐらい乗っていた。
みんな2枚くらいやのに僕だけ6枚ておかしいやんけ、と小さい声で言っていたら、近くにいた歳上のイトコが「どうかしたん?」と言ってきたので黙って丼を見せた。イトコは僕の丼を見て
「おじいちゃん多めやな。まーええやん」
と軽めに言ってたけど「あー、俺のは2枚で良かったー」と言う気持ちが顔を見るとよく分かった。
ウワサを聞き付けた他の親戚が、近くを通り過ぎるフリまでして白々しく僕の丼をチラ見しに来たりもした。
「おー洋介やないか、久しぶりやなあ、あれ?なんか‥洋介のヤツ、おじいちゃんようけ入れてもらってるやんかあハハーハハハ」
と、たまらず笑う親戚もいた。
離れた一角で、年下のイトコがダダをこねて騒いでいた。
「おじいちゃん3枚も要らない~」
と言って泣いているのが聞こえた。僕なんて6枚やぞと少しムカついた。
ぜんぜん泣き止まないので周りの大人は困った顔を見せ、まぁそないに泣くなよみたいな事を言っておきながら、
「子供やから言うてコレばっかりは代わってやるかいな。みんなホンマは1枚かて食べるん嫌に決まってんねんから」
という思いを誰もが隠せてなかった。
なんとなく僕は丼を持ってその一角に近づいた。6枚入りの丼を見せて、お前の方がまだマシやぞと、その年下のいとこに伝えたかったのかも知れない。
皆が俺の方を見た。
おじいちゃんを6枚も入れられた俺の丼を見て、叔父の一人がたまらず「ブーッ!」と吹き出した。つられて周りの奴らもププーッ、クスクス、ついにはゲラゲラと笑い出した。
俺はどうしようもない怒りを覚え、泣いている年下のイトコの丼と強引に取り替えようとしたが、たちまち2、3人の親戚に
「強引すぎるやろ」
「洋介それはあかんで」
と言われ、取り押さえられた。
するとさっきまで泣いていた年下のイトコはてうに泣き止んだ様子で、俺の丼と俺の顔を交互に見てはニタァと満面の笑みを浮かべた。
僕は怒り狂ったように叫び暴れたが、数人の大人によってたかって力ずくで正座させられ、大人しくするしかなかった。なぜか皆に謝り、僕はおじいちゃん6枚をご飯がまだ温かい内に完食した。
懐かしいおじいちゃんの匂いをギュッと濃くしたような味がした。
俺はおじいちゃんの事をほとんど知らない。
まだ物心もついていない時に、近所をおじいちゃんと二人で散歩をした事は覚えている。おじいちゃんは桜の木を指差し、
「ワシは桜が少しだけ咲き始めた時が一番好きなんや。何かこれから楽しい事があるような気持ちになるやろ」
みたいな事を言っていた。
おじいちゃんは九月半ばという、桜と全くかぶらない時期に亡くなった。

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