夢拾いのおじいさん
その人に出会ったのは高校生の頃だった。
期末テストを終え帰宅する道中、1人のおじいさんに会った。
片手には区指定の袋を、もう片方の手には火ばさみを持ち下を向いて歩いている。
袋の中を見るとそこには破れたりくしゃくしゃになった『夢』が入っていた。
おじいさんは、ひとつまたひとつと捨てられた『夢』を火ばさみで拾って袋の中に入れていた。
テスト週間はいつもより早く帰宅するので普段は出会うことはなかったのだろう。
少しのあいだ見ていると、あちらも僕に気付いた。
「『夢』、いっぱい捨てられてるじゃろ?」
あたりをよく見ると、確かに多くの『夢』が捨てられていた。
特に車道と歩道を仕切る縁石の側には、ポイ捨てされた『夢』がいくつもあった。
「最近は『夢』をポイ捨てする若者が増えてなぁ。昔はそうじゃなかったと思うんじゃが……」
「ほら、あそこの若者も」とおじいさんの指差す方へ目をやると、ギターケースを背負って電話をする青年がいた。
何やら電話の相手と口論をしているようだった。
怒鳴ったあと電話を切った彼は「畜生!」と、咥えていた『夢』を思いっきり地面へ叩きつけた。
まだ火の残っている『夢』の吸い殻は、小さく跳ねて火の粉をパラッと散らせた。
そして青年に踏まれくしゃくしゃになった。
『夢』が捨てられた瞬間だった。
「この町も昔は活気があった。みな『夢』を持ち、希望に満ちていた。破れた『夢』を捨てきれず、そっと胸ポケットにしまう者もいた。それがどうじゃ、最近では電話1本で捨ててしまう。彼らには彼らの言い訳があるのかもしれんが、何にせよポイ捨てしていい理由にはならんじゃろ。ワシはな、捨てられた『夢』で溢れかえった町なんて見たくないんじゃ。」
おじいさんの顔は怒りではなく寂しさが漂っていた。
きっと自身もこの町で『夢』を持って生きていたのだろうな、と感じさせた。
僕ら学生が捨てられた『夢』の数々を見て失望しないように、下校が始まる前から清掃活動をしていたのだろう。
いつもの帰りにはこんなに『夢』が捨てられていることなどなかった。
もう一度足元を見ると、『夢』にも種類があることが分かった。
パイロットになる夢、企業して一発当てる夢、そしておじいさんが拾ったのは、あの青年のバンドマンとしてメジャーデビューする夢だった。
火種は消えていた。
「ワシの『夢』はな、この町で誰もが『夢』を捨てずに持ち続けられるようになることじゃ。」
おじいさんはそう言い残すと、カサカサと風に転がる『夢』を追いかけていった。
ところで『夢』の分別をしていなかったが大丈夫だろうか。