傘はあるかい(君のその手に) 【小説 #09】

※最後まで読んでいただけます。実質1240字ほどです。


いつもと同じ。あの空の中にいた。

いつものことだけれど、風が教えてくれた。
今は青く澄み渡っているけれど、すぐに雲がやってくると。
私たちには、それが分かる。
けれども、少し気がかりなものを見た。
平和な情景は、きっと少し変わる。
やがて一粒の雨が、人々の胸の中にも落ちるだろう。

地上では、休日と呼ばれる午後だった。

落ち始めた雨。けっして、強い降りではない。
けれども、こんな季節になると、それは冷たい。
幸福な散歩をしていた人たちは、やはり戸惑っている。
天候の予測を怠った落ち度があるとはいえ、これは辛い仕打ちだ。
私には分かる。
きっと、誰もが少し恨んでいる。

彼らの思いが見あげている。

私もまた、空から去る。
今は、この梢にいる。
やわらかな葉を多く持つ木だ。
私たちは、いつもこうして難を逃れる。
隠れる場所は、いくつも、どこにでもある。
知恵の有無ではない。
私たちの生涯の全てが、そう定められているのだ。
誇ることではない。不服もまたない。

小さな傘を買った人を見た。

私には分かる。
彼は、少し気落ちしている。
何より安価な、あの透明な傘。
その中にいる。
彼の思い浮かべたこと。それが見える。

仕事を抱え、時間に追われて、電車やバスを乗り継いで歩き続ける都会。いつも邪魔をする、無情な雨。また手にする、同じ傘。
そんな、繰り返す日々。
きっと、思い出してしまったのだ。

私は、知っている。
あの携帯情報端末だとか、そういうものの手持ちもしていない。
別に、何の主張とかいうことではない。
人間の、唯一の利点を放棄しているようにも見えるが、きっとそんな捨て鉢な事情でもない。
逃れたかったのだ。

今日だけは、きっと忘れていたかったのだ。

私たちは、いつも空を行く。
彼には、それが出来ない。
飛ぶは無論のこと、地を行く手段さえ、いつも機械まかせ。
私たちのように、雨から身を守る翼もない。
それなのに、いつも無理な願いを追ってしまうのだ。

一時でいい、身軽になりたい。そんな、とどかぬ夢を。

雨は、またすぐ小降りになるだろう。
夜を迎えるまでに、もう一度、光が戻ってくる。
私たちも、きっとまた飛び立つ。
彼もまた、一歩ずつ家へと近づく。

私は、知っている。
雨の中、少し不安になったのだろう。
彼が、その手で確かめたことを。
大丈夫だ。かすかな安堵がある。その息が、確かに伝わった。
それさえ失っては、いつまでも打たれるままだから。
今も、雨を逃れる手の中だ。

鍵。それだけは、離さないでいる。

彼の、雨の降りやんだ室内で、残る雫の音に思うものは何だろう。
それまでは、私にも見えはしない。
その時はもう、忘れてしまっているかもしれない。
また、あの空の中で。

雨音が少なくなる中、私もまた鳴いてみた。
言葉ではない。
それは分かっている。
語りたかったのではない。
なぜだろう。私もまた、抗してみたかったのだ。
ほんの一声、あの運命の空へと。

思いの鼓動、それは返っただろうか。
きっと、この翼から。
あなたの、包みこむ全てへと。

ポケットの中だけれど、やっぱり少し冷たいね。

-終- 

今回も読んでくださったことに感謝いたします。


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あとがき(でも、反省しすぎ?で過度の自粛はどうかと・・・ )

相も変らぬ、小説以前の何か。その草案か下書き段階のもののような雰囲気から脱しきれないままかもしれません。
しかしこれを書くのにも苦労したんです。何度も停滞しました。

何も決めずに書き出したのは、いつもの通りです。しかしどう結びへと持っていけばいいか、その肝心の案が出て来ない。
私の場合、こういうとき、PCのディスプレイを見つめて焦っても事態が進展することはありません。
しかしその場を離れたら余計にダメ。もう放ったらかし。
二度ほど?諦めて全消去をしたと思います。
それでもまた書き直そうとするのですが、その度に、途中まではスラスラ思い出して進めるものの、やはり同じところで停止してしまう。
それの繰り返しでした。
けれども、根気?の末にインスピレーションが来ました。
待ってみるものですね。
ただ、その後の全体調整やらでまたノロノロ・・・。

まあ最終的に、何とか形にだけはなったように思います。
いや、なったと・・・ 思うんですけどね。

何しろ、自分では文芸書を読んだりすることなど殆どない人間ですので、未熟なりに何をどうしたから少しはマシだといえるのか、その自己評価基準みたいなものも知らないワケです。

あ、でも「スキ」をつけさせていただいているテキストnoteなどは、ちゃんと最後まで読んだものですよ。(長いものと、いつ終わるかわからないものは無理ですけど。ごめんなさい・・・ )

次が10作目ですが・・・ はて、いつになることやら。


小説の目次はこちらです 
https://note.mu/myoan/n/ncd375627c168 

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