#君と夏が鉄塔の上読書感想文


私は、ひと夏の淡く不思議な体験をした。

この物語は、鉄塔マニアの男の子・伊達が、鉄塔マニアだったからこそ巻き込まれ、経験したお話だった。自転車で空を飛ぼうとする破天荒な同級生・帆月を発端に、幽霊が見えるという不登校児・比奈山と不思議な縁で結ばれ、帆月が目にしたとある「鉄塔の上に座る男の子」の謎を三人で解き明かしていく物語だ。

私がこの本を初めて読んだのは昨年の九月の終わり、社会人になり知らない東北の地に引っ越した友人に会いに行く新幹線の中だった。肌寒くどんよりとした天候の中、窓の外に見える鉄塔を眺めながら読んだ。当時読んだ時は、帆月のエネルギッシュさにやられ、「なんだか私はだめだなぁ」なんて思い落ち込んだりもした。

そして今回、この感想文を書くにあたり、もう一度読み返してみた。すると不思議なことに、読み終わった時の爽快さが違った。この一年で私自身が成長したのか、それとも暑さが増す夏を感じ始めるこの時期に読んだからなのか。前者であってほしいものだが、一年前の帆月に、背中を押されていたのかもしれない。


物語は、中学三年の夏休みが舞台である。

夏休み中の登校日。伊達と比奈山はひょんなことから帆月に声をかけられ、日常が変化していく。「94号鉄塔は何か曰く付きではないのか」「鉄塔にまつわる幽霊について知らないか」その帆月の質問が、二人を94号鉄塔へと引き寄せる。普通に生活を送っていたら、決して交わることのなかった三人の冒険が始まる。私はとてもドキドキした。

そして私は、主人公たちと共に、自分自身が経験してこなかった”青春”を味わうことになる。気が付けば毎日のように同じ公園に集まり鉄塔や公園を観察したり、幽霊を見ようと午前二時に家を抜け出して工事現場に行ったり、本を返すために友人の家を訪れたり…私は、夏祭りのじゃんけんで店主のおじさんに勝てたこともなかったし、鉄塔に登ろうとしたことだってない。彼らの好奇心はいつだって、不可能だと思っていたことを可能にしてしまう。そんな行動力を羨ましく思いつつ、時折見せるあどけなさがほほえましかった。

初めは、帆月を突き動かす原動力が何なのか、全くわからなかった。どうしてこんなにもひたむきになれるのか。沢山のことに興味を持てるのか。一人で行動を起こす力もありながら、他の人を巻き込めるパワーはどこから湧いてくるのか。ただ好奇心旺盛な子なんだなと思い読み進めていくと、思いがけない彼女の中の一つの感情に辿り着く。

「忘れられたくない」…そんな、辛く切ない感情が、彼女を突き動かしていたのだった。私はひどく心を打たれた。私はどこか、彼女の心境に自分を重ねて読んでいた。しかし、簡単に重ねられるような感情ではなかったのだ。たとえ自らの興味や好奇心を発端とするものだとしても、彼女がこれまで起こしてきた数々の行動にはどれだけのエネルギーが必要だったのだろうか。爪痕を残したい、記憶に残りたい、無意識だとしてもそんな感情で動いてしまうなんて、考え切れないほど寂しかっただろう。どうして、と考えても、答えが出ないのはわかっていながら、自らの存在を証明するために突き進むことができる彼女を純粋にすごいと思った。

伊達が鉄塔に詳しくて良かったし、比奈山が幽霊が見える人で良かった。何よりこうして三人が出会ってくれて良かった。そして、きっと鉄塔は、そんな彼女のことをずっとそこで見守ってくれていたのだろう。二人には見えず、彼女にだけ男の子が見えたのは、偶然であり必然だったのではないかと感じた。

私はこの物語を通じて、数々の帆月の言葉にハッとさせられた。その中でも、「行ったことも、やったこともない奴が意味ないなんて言っちゃ駄目よ。やってみて初めて”あぁ、これは意味なかったな”って分かるんだから。」という言葉が特に印象に残っている。確かにその通りだ。想像でやってみただけで無駄だったかなんて、分かるはずがない。やらぬ後悔よりやる後悔。いや、きっとやってみて後悔することなんてない。いつからか私も、思い悩む時はこの帆月の言葉が頭に浮かぶようになった。

そんな帆月は、どんな気持ちで引っ越していったのだろうか。正直、最後のシーンの伊達にはやられた。二人の会話を読んでいるだけで、甘酸っぱくて頬が緩んだ。きっと何気無い伊達の言葉は、最後まで帆月の心を救っただろう。そして、これからの彼女を支えるものになるだろう。


こんなことを思いながら、私も何かを忘れて行っているのだろうか。読み終えたあと、そんなことを思い、ほんの少しだけ心に寂しさを感じた。

新しいことを知るのは楽しい。新しいものに出会えるのは嬉しい。しかし、生活する中で、無意識の間に記憶の取捨選択をして生きている。それが正しいことなのかどうかは私にもわからない。思い出せないことが沢山あるし、思い出せないことさえ思い出せていないことも沢山あるだろう。だけど、できることなら、今までもこれからも、私と出会ってくれた物事全てに感謝できる自分でありたいと思った。全てを覚えていることは難しいし全てを忘れないことも難しい、ならばせめて、忘れていったものに対して、「私と出会ってくれてありがとう」と言える人になりたいと思った。

この本に出会ってから迎える初めての夏。私は、彼らのような夏を過ごせるのだろうか。今からでも遅くないと信じ、彼らの思い出の詰まった鉄塔に、そしてそこにあるはずの彼らの青春に会いに行きたい。

そして、遠くに住む大切な友人の元へも、鉄塔は続いているのだろうか。私たちのことを見守ってくれているのだろうか。私から彼女の元へ、糸電話のように送電線が続いていたらいいな、なんて、この本を読み終えて、そんなことを思った。いつか自分の足で確かめてみるのも、青春っぽくていいかもしれない。


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