ワインにおけるタンニンの渋みの正体~量と質~
フェノール類。フラボノイド。
アントシアニンやアントシアニジン、プロシアニジンなど色々と名前がややこしく、それが故に混乱するようなトピックであると私自身も感じています。
そんなフェノール類の中でも皆さんが大好きなタンニンについてのお話です。
縮合型タンニンはプロアントシアニジンと同義でいずれの名前もよく使われます。
またタンニンと言ったときには加水分解性のタンニンというものも存在しており、そういったものを指す場合もあります。
というのが前回の話でした。
そして今回は、前回の最後の行に書いた、「タンニンの質とはなにか。」「なぜ渋いと感じるのか。」「渋いとはなんなのか。」ということについてみていきたいと思います。
「渋い」という知覚
そもそも渋さは味の5要素ではありません。
そのため味蕾によって知覚される味わいとは別の反応機構によって知覚されています。
一般的に言われているのはタンパク質との結合です。
タンニンに限るわけではないですが、タンニンと呼ばれる物質群が口腔内のタンパク質と結合することによってタンパク質が変質し少し締め付けられるような感覚になると思います。
これが渋みであり、苦味とは根本的に違うものになっています。
そのためワインでも渋みと苦味というのはかなり厳密に区別されています。
赤ワインでは渋みがほとんどで苦味を感じることはあまりないですが、一方で白ワインでは渋みはなく苦味を感じるということがあります。
特にシュルリー製法のワインによく感じる気がするので、個人的にはアミノ酸によるところなのではないかと感じています。
ただ基本的な官能評価の項目に苦味が入ることはあまりないので、基本的には渋みのことを苦いと表現しないということだけかと思います。
タンニンの謎
タンニンという言葉はもちろん知っているし、それが赤ワインの重要な要素であることも知っている。
熟成することでその渋みが柔らかくなることも知っているし、タンニンが粗いワインときめ細かいワインがあって、後者の方が質の良いワインだと知っている。
一方でどういうタンニンが粗いタンニンで、なぜ粗いタンニンは種子から抽出されるのか、重合したらなぜ渋みが減るのかなんてことは知らなかった。
これはずっと疑問に思っていたことでもあった。
おそらく皆さんも一度は疑問に思ったことがあると思う。
ということでここからその謎の正体に迫っていきたいと思います。
渋みの量と質
渋みの量と質というものを理解するには、mDPという重合度を表す指標やタンニンと呼ばれるものの構造、またその含量について考えなければなりません。
mDPというのはMean Degree of Polymerizationの略であり、平均重合度という訳になります。
重合度というのは単純に縮合型タンニンを形成するカテキンやエピカテキンなどのフラボノイド類が何個重合(結合すること)して1つの分子を形成しているかという個数を表します。
そしてそれの平均ですから、平均して何個の単量体のフラボノイドが結合しているのかという指標になります。
そしてある研究でこのmDPが高い方がワインとして渋みをより感じるということがわかってきています。
それに関して、相関係数は比較的低いですし、上に凸の数式が組まれていますが、下のような実験結果があります。
ただ一方で皆さんもよくご存じの通り、重合して分子サイズが大きくなっていた場合にはボトルに滓として沈殿します。
つまりある程度までは重合度は上がっていき、渋みの感じ方も増加するのですが、あるサイズ以上に重合してしまうとワインから析出し、渋みの成分としては機能しなくなるのです。
このmDPに関してもう少し見ていきます。
これは検出されたタンニンの重合度の分布です。
そしてその平均値はこちらです。
より渋みが感じられるのは平均重合度の高いものですから、この表から考えるに、果皮(Skins)と果汁(Pulps)部分のタンニンが渋いことになります。
ここまではいいでしょうか。
まさか先の文言を信じてないですよね?
果汁と果皮のタンニンが種や梗のタンニンより渋いわけないじゃないですか。
けど今までの話だけだと上のような結論に達するよねというだけです。
そこで量に関して考える必要があるわけです。
これが果皮に含まれるタンニンを時間経過で分けて分析した表なのですが、この時間経過の画分の部分は無視して最後の行のトータルの部分を見ます。
果皮から抽出されるタンニンは多くても5mg/g程度だということがわかります。
一方で種子から抽出されるタンニンはどうでしょうか。
一番少ないトゥーリガナショナルでも34mg/g あることがわかります。
ただこのグラムあたりの含量は果皮重量、種子重量あたりなので、全体の量としてどちらが多いのかという議論ではブドウに含まれているそれらの重量を考慮する必要があります。
この重量比で見ると果皮の方が2~4倍ほど重量があるのではないかと考えられます。
しかし仮に果皮のタンニン含量を4倍にして換算してもせいぜい20mg/4g程度なので、ブドウ果汁内のタンニンはあくまでも種子が一番有しているということになります。
特にカベルネソーヴィニヨンの種子のタンニンは90mg/gにも達しするので果皮の1.1mg/gとは到底比べられない量ですよね。
またこの2つの画像でもmDPを比較でき、先に紹介したデータと同様に圧倒的に果皮のmDPが種子より高くなっています。
ここまででは
mDPは果皮>種子
量は種子>果皮
ということになります。
ただ先のことを思い出してください。
高mDPは析出して沈殿するんですよね?
だとすれば果皮から抽出されたタンニンは沈殿しやすいと言えるのではないでしょうか。
であるならばワイン中に残っているタンニンは種子>>果皮になるのでしょうか。
しかし事態は常にそんな単純ではないのです。
・まずそもそも熟成したら重合が進むのになぜまろやかになるのかが全く説明できていない。
・どれぐらい重合したら沈殿するのかがわかっていない。
・さらに抽出ができるかどうかというのは実は量や重合度とは独立している。
こういった疑問が残っています。
このあたりを解説していきましょう。
よくタンニンは重合してという話があります。それは真です。
酸化、アセトアルデヒドの稿でもタンニンの重合については見てきました。
しかしそれでmDPが上昇すると考えてしまうのは早計です。
次のデータを見てみましょう。
このデータはムートンロートシルトの1978年から2005年のヴィンテージまでを同時に分析したものです。
そして左側の軸がmDPです。綺麗に相関がみられますよね。
つまり熟成を経ることでmDPは下がるのです。
しかし、もし仮に重合で大きくなったものは沈殿したとしてもそれでmDPがそんなに大きく下がる理由になるとは思えません。
その原因は未だ完全には明らかになっていないですが、酸による分解や開裂があると言われています。
抽出段階で重合していたものが分解されて細かくなるんです。
もちろん沈殿してタンニンの総量自体が減少していることを裏付けるデータも同じ論文が出しています。
それらによって熟成期間を通して、全体としてタンニン量もmDPも下がり味わいがまろやかになるのです。
またもう1つこの上の表から推察されることはそこまで大きいmDPの値のタンニンはワイン中に存在しないだろうということです。
この表の一番大きいmDPでも2002年の7.62です。
であればそれに比べて最初に紹介した果皮と種子のmDPはいずれもかなり大きい値になっています(種子:8-16 果皮:27-54)。
そのためこれらのmDPの大小というよりは単純に果皮や種子から抽出されたタンニンの中で、比較的重合度が小さいものだけが残るというイメージでいいのではないのでしょうか。
この差に関してはそこまで重要じゃないのではないかという気がします。
ここまでのまとめとしては
mDPは果皮>種子⇒そこまでワインにしたときには重要ではない?
量は種子>果皮
熟成でmDP↓
となります。
そして最後に抽出ができるかどうかというところにも少し触れておきます。
これは未だ謎の多いトピックなのですが、品種によって量とは無関係に抽出のしやすさという着眼点が存在します。
ある品種は過熟で抽出しやすいのに、違う品種では過熟になると抽出しにくいといった違いが出てきます。
このポイントはまだまだこれからの部分だと思いますが、そういったところも関わってタンニンの量と渋みというのは規定されているのです。
そして最後にタンニンの質というものに関して見ていきましょう。
粗いタンニンとは
ここまででタンニンの量とmDP、重合沈殿と分解によるmDPの減少などを解説してきました。
ここまででも既に種子と果皮のmDPの大小はあまり大勢に影響を与えないのではないかという話でしたし、量自体は種子の方が多いということで、渋みにはかなり種子が寄与しているということがわかっていただけたかと思います。
しかし種子には「粗さ」という観点でも渋みを押し上げるポイントがあるのです。
読者の方でタンニンの質というものを常に気にしている人もいらっしゃると思います。
この質はタンニンの舌が締め付けられる強さのようなものです。
例えば量というのは口の中の広がりとしてどれぐらいの範囲で収斂が起こるかということを表すとすれば質はどれぐらいの強さで収斂が起こるかといったイメージです。
この質が悪い、より収斂が強いのが種子によるタンニンなのです。
下の図を見てみましょう。
このGallic Acidというのは没食子酸と言われ、以下のような構造をしています。
この没食子酸が構造上に含まれているフラボノールはカテキンガレートやエピガロカテキンガレートなど「ガレート」と名前に付く物質で、これらの物質の割合を示したのが先の%になります。
この%は先のmDPと逆で種子と梗で高くなっています。
ちなみにタンニンの量を比較したときに用いた画像にもしっかりとこの%は記載されており、同様に果皮より種子の方が高くなっています。
この構造が粗さを生む元凶のようです。
梗のタンニンも一般に粗いと言われるので、このことには合点がいきます。
これは構造上の問題なので、量に関係なく「粗さ」という側面をはっきりと映し出すのだと思います。
そのため粗いタンニンは量が少なくてもかなりしっかりと渋みを感じさせます。
しかしこの粗さというのも結局は同様の「渋み」で、重合度の大きさと同じベクトルの渋さの増加だと言えます。
というのもこの研究を行った研究者が結論として、種子由来のガロイル基(先の没食子酸の構造)を多くもつタンニンの方が、重合度が同じでガロイル基が少ないタンニンより渋さの強度が強いと結論付けているからです。
つまり我々が粗いと言っているタンニンは重合度が高い、もしくは種子由来のガロイル基を多く有しているタンニンということになるのです。
それとは別のベクトルの渋さが量という側面で、この側面でも渋みの全体の強度は上がりますが、締め付けられる感覚の強さというのは量とはまた別なのです。
そしてこのガロイル基の割合に関しても先のムートンロートシルトの研究では熟成後のワインで減少しています。
つまり熟成はタンニンの構造上の粗さというのも滑らかにするのです。
まとめ
もっとライトな記事にしようと思っていたのですが、思ったより長くなってしまいました。
今日見てきたことを再度まとめると、
・mDPは平均重合度で、これが高くなると渋みの強度(粗さ)が増す。
・熟成でmDPはタンニンの沈殿、分解、開裂で減少する。
・熟成でガロイル基の割合も減少し、タンニンが柔らかくなる。
・mDP自体は果皮の方が高く、タンニン総量は種子の方が多い。
・タンニン量の増加は渋みを向上させるが、強度とは少しベクトルが違う。
・種子由来のタンニンはガロイル基が多く、渋みの強度(粗さ)が高い。
・抽出可能なタンニン量は、総量とは別でmDPとも独立して品種毎に違う。
ということで重合してタンニンが減るのと渋みの粗さが取れるのは別の話なんだなぁという発見でした。
この情報をどう活かせるのかと問われれば特に行き場のない知識ですが、自分はもやもやしていた部分が少し晴れて感動しましたとさ。
参考文献:
http://www.wineanorak.com/tannins.htm
Cabernet Sauvignon red wine astringency quality control by tannin characterization and polymerization during storage
Oenological perspective of red wine astringency
Grape and Wine Composition(授業資料: Jorge M Ricardo-da-Silva)
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