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ワインを醸すマイクロカプセル化酵母

今回はワイン製造に関する技術の話です。

カプセル化酵母とするか、固定化酵母とするか、個人的にはコーティング酵母なんていうのも悪くない名前だと思ったり。

日本語訳があまり定まっていないような印象を受けるこの技術。

英語だと"encapsulated yeasts"というそうです。

日本語で色々と調べるとLALLEMEND社の情報ページがありました。

特にワインに特化して書かれているというわけでもなく、単にトレンドの1つとしてというイメージでしょうか(以下引用:2019年3月)。

ラレマンド社はマイクロカプセル化酵母の製造能力を年内に2倍に引き上げ、高まる市場の需要に応えます

また相変わらずきた産業さんの資料にも小さく書かれています。
ほんとに毎度毎度この会社には敵わない。

シャンパーニュー醸造設備と醸設備製造工程の実際

しかも2009年ですからね。

さらに研究としてもこんなものもありました。

固定化酵母を用いたワイン醸造

この実験では赤ワインに関するもので、カラギナンを用いたカプセル化酵母で醸した場合、市販のワインと香りと味わいに有意差は認められなかったとしています(官能評価の方法が二点比較法とあり、パネリストも飲酒経験者なのでどこまでの信ぴょう性があるかはわからない)。


とはいえ、いきなりカプセル化酵母の話をしてもさっぱりだと思うので軽くスパークリングワインの製法の話をしてから、その話に移っていきたいと思います。


スパークリングワインの製造法


そもそもスパークリングワインをどのように造っているか知っているだろうか。

大まかにいえば、少しぶどうを早めに収穫し、酸度を高く糖度を控えめにしたものを用いる。

それを発酵させベースワインを造る。そのときの発酵によって発生する二酸化炭素はワインの中に溶け込まないので、二次発酵という工程でワインにガスを溶け込ませる。

そのときの工程には色々は方式があり、

トラディショナル方式:シャンパンで用いられる。瓶内二次発酵が代表的。
シャルマ方式:瓶内二次発酵の代わりにタンクで二次発酵を行う。

が主である。

そのほかにもトランスファー方式や連続式と呼ばれる方式もある。

よく言われるこのトラディショナル方式、いわゆるシャンパンに用いられる手法は手間が多いが、その分上質なワインを生むと言われている。

実際に上質なワインを生んでいるのかどうかというところや、その質の向上がその手法に限定されたものなのかといったことは定かではないのだが、ブランディングも功を奏し、シャンパンは一大高級ワインの産地となっている。

そして、この質に関しての議論は特に滓熟成の点でよく見られるものである。

シャンパンの製造過程では、二次発酵後に長い滓熟成の過程を経る。

動瓶(ルミュアージュ)や特殊な澱を取り除く抜栓技術(デゴルジュマン)を伴う滓熟成の過程がワインの味わいに複雑さと、厚みをもたらしているという話である。



そして議論というのは、
滓熟成さえ経れば瓶内二次発酵でなくとも同じような味わいが得ることができるのでは?
というところが焦点となっている。


であるならば、瓶内二次発酵も必要ないし、瓶であること、滓熟成をすることによって発生する動瓶などのプロセスももっと省力化できるのではないかということである。

とはいえまず動瓶という工程を知らない方はこの図を見てほしい。

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このプロセスでは、日々少しずつ回転させながら澱を一か所、瓶の口の方に集め、それを最終的にデゴルジュマンという工程で取り除くのである。

デゴルジュマンでは瓶先を瞬時に冷凍することで澱を固めてしまい、抜栓と同時に取り除くというものである。もちろんその時に幾分かのワインは失われてしまうので、その後に補填する作業などもある。

最も、この2つのうち動瓶の方の作業は、現在では機械が行うことも多く、大手メゾンでは下の写真のように機械化されている。

この機械が少しずつ角度を変えながら瓶先に滓を集めるのである。

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実際には、これら以外にもスパークリングワイン特有の製造フローというのは色々とあるのだが、ここまででこの先の説明をするには十分足る情報量だと思うので、他のスパークリングワインの製造工程はまたいずれ話すこととする。

一般的なワインブロガーならここまでのスパークリングワインの工程の話で終わるだろうが、私の場合はここまでは当て馬である。


ここからが本題だ。


コーティング酵母(スパークリング)

私が今から紹介する技術は瓶内二次発酵を行いつつも、シャンパンを製造する手法を効率化するというものだと思っていただければと思う。

次の写真を見てほしい。これは二次発酵も終え熟成段階に入っているスパークリングワインの写真である。

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これは間違ってもシャンパンではない。なにせ南仏のワインなのだから。

それはそうとこれがなにかわかるだろうか。

そう、白い粒である。

しかしこれは単なる白い粒ではない。

この1粒ずつに大量の孔が開いており、その中には酵母が入っているのだ。

つまりこの白い粒を瓶内二次発酵用に添加し、そのまま発酵後も共に熟成させることで、滓から溶出する成分が孔から浸出してくることになる。

これこそが「カプセル化酵母」である。

余談になるが、私は学部時代に土壌研で被覆肥料というものの研究をしており、その被覆肥料の原理と全く同じだと思い、少し悔しかった。なぜ今まで考えたこともなかったのか。


別にそれなら普通の滓熟成と成分的に変わらないし、普通にすればいいじゃないかと思うかもしれない。

しかし滓熟成に於いて手間のかかる動瓶を必要とするのは、急激に動かすと澱が舞ってしまい、取り除けなくなるからである。

そのためゆっくりと澱を瓶先に寄せなければならないのである。
それが先に説明した動瓶の工程である。

それがこの粒だとどうだろうか。

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写真でも簡単に伝わるであろう速度感で移動するのである。

この写真は先の写真の状態から縦にしたものであり、瓶先から下に向かって粒が沈んでいる。

この逆も然りで、沈んでいるものを瓶先に集めるまでにかかる時間は2秒から3秒ほどである。

動瓶に数週間かかる、一日に少しずつ作業をしなければならないということから解放され、抜栓前にひっくり返して、瓶先に集め取り除く。

この労力を削減するために機械を導入するほどであると考えると、いかにこの技術が効率化に役立つかは分かっていただけるかと思う。

そしてこの技術は先のきた産業さんのレポートによると、シャンパーニュ地方でも認められているらしい(2009年時なので現在はわかりません)。


また、この手の製品はProenolというスペインの会社のものが有名なようで、これは2002年時点で800万本のワインがこの技術によって作られたそうだ。

この情報の参照元にもわかりやすい写真があったので、わかりやすかった製品の情報ページと共に引用しておく。

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しかし日本だけでなく、私のヨーロッパ滞在中にもこの話を聞いたのは後にも先にも今いるワイナリーでだけなので、意外と浸透しているようでしていないのかもしれない。

それかあるいはカヴァの生産現場ではかなり重宝されているのか。
あるいは実際には生産者側にはあまりよく思われていないのかなど、今後注視していきたいポイントの1つである。

コーティング酵母(酸の低減)

しかしどうやらこのようなコーティングされた酵母はスパークリング用だけではないらしい。

調べていると、ヴィーニョヴェルデというポルトガルのワインではしばしば、この技術を用いて酸の低減を計っているようだ。

この場合は、ボールの中に入っているのはSchizosaccharomyces pombeという種類の酵母である。

この酵母は一般的には発酵の初期段階で繁殖を避けるべきとされているものであるが、この酵母のリンゴ酸をアルコールにする代謝するという性質を逆手にとったもののようである。

リンゴ酸がアルコールに代謝されれば、MLFでリンゴ酸が乳酸になるよりもさらに酸の量としては減ることになるだろう(MLFの記事も今月中には出します)。


この手法では、この酵母を48時間ほどで取り除くと酸は低減するが、他の醸造的欠陥は現れないということだそうだ。

再び同論文からのグラフを拝借すると、左図では赤がサッカロマイセスとS.pombeを使ったもの、右図ではそれが青のパラメータに表されている。

正直色を揃えてほしかったというのは置いといて、右図真ん中のAciditeが赤と青で差があり、他のパラメータも各々多少の差はあるものの、酸が一番顕著である。

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これが酸を低減させるという利用法である。

さらには発酵の停滞や甘口ワインの生産などへの応用もあるようで、今後さらなる研究と現場検証が行われていくのだろうと思う。


最後に

私自身こんな技術があるとは全く知らなかった。

日本の生産者の方でもし知っていらっしゃる方がいれば、かなりの勉強家だと思う。

実際に英語やフランス語で調べても出てくるかどうかぐらいの情報量だった。

しかし、ヨーロッパ圏ではこういった技術が存在しているということは、ワインの「栽培」と「醸造」の展示会に行ったりすれば発見できるのだろう。

一方で、日本では未だにそういった展示会自体稀なのではないかと思う。

それに加えて、こういった技術に対するアンテナがなければ、展示会に行ったとしてもかなり見つけ出すのは困難である。

そういう意味でも世界から、少しずつでも日本のワインの生産側のポテンシャルというものに着目していただければ、こういった情報の入りもよくなるだろうと思うし、それが生産者の選択肢を広げていくのではないかと思う。

この記事もその一助となれば幸いである。

参考:
LES LEVURES IMMOBILISEES:UTILISATIONS oeNOLOGIQUES ACTUELLES

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