天ぷら つな八から学ぶ「魚介とワイン」論
天ぷら。
天ぷら(てんぷら・天麩羅・天婦羅[1])は、魚介類や野菜等の食材を小麦粉を主体とした衣で包み、油で揚げて調理する日本料理である[2]。「江戸の三味」の一つ[注 1]であり、江戸料理、江戸(東京)の郷土料理となっている[3][4]。現代では、天ぷらは日本国内外に広がっている。
そんな江戸っ子の定番ともいえる「天ぷら」とヨーロッパ諸国から今や世界で愛されている飲料である「ワイン」が出逢う物語である。
なんていう冒頭一度はやってみたいですよねぇ。
というのは置いといて早速本題にGO!
天ぷらとワイン。
天ぷらとワインと聞いてみなさまはどのようなイメージを持たれるでしょうか?
有名なのはスパークリングと天ぷらの組み合わせですよね。
スパークリングの爽やかさが天ぷらの油っぽさをうまく調和させるんだと思います。
でも実は天ぷらには白ワインも赤ワインも合わせられるんですよ。
ということを私は先日はじめて知りました。
そのきっかけをくださったお店。
私が赴いた先は「天ぷらつな八 聖跡桜ケ丘店」。
そもそもあまり天ぷらのお店にいくタイプではないというのもありますが、つな八さんは大阪にいた時代から行ったことはありませんでした。
つな八さんの他の店舗(ちなみに全国30店舗以上あります)がどうかはわかりませんが、この店舗には笑顔が素敵なソムリエさんがおられます。
そのソムリエさんに、「この天ぷらに合うワインはどれですか?」と問うとさらっとペアリングをしてくださいました。
天ぷらのコースとのペアリングです。盛り合わせじゃないので、揚げたての一品とワイン。なんとも贅沢ですね。
ここからは具体的なお料理とワインのお話。
天ぷらとワインのペアリング
まず一杯目。
スペインのアンダルシア地方。シェリーの産地であるサンルカル・デ・パラメダのワイン。
パロミノ種でありながら、シェリーではなくライトなドライワイン。
レモンやグリーンアップルの香り、全体的にシンプルで香りも穏やか。酸はフレッシュだが量は中程度。苦味がほのかに感じられた。少し硬質なテクスチャーに、香りも少し突っ張ったような印象、酸化や硫黄(ミネラリー)な印象もあった。
これに合わせたお料理は以下の2品
「巻海老の天ぷら」
巻海老自身にうま味や甘味があるので、ワインとお互いに要素を補完しているよなペアリング。レモンや柑橘のニュアンスは海老によく合う。海老とオランデーズソースとかの組み合わせもあるけど、そこもレモンの酸味が結構うまく作用してるんじゃないかなぁと。
ちなみにこのお店のグラスがschott zwieselだったのも嬉しいポイントです。
「甘鯛の松笠揚げ」
酸味、塩、苦味、甘み全部がしっかりとバランスが取れていて、食感がなによりザクザクでおいしい。
そこにワインを足すことで苦味がスっと引き立ってより一層複雑さが増した印象。
魚介類の臭みを引き出さないワイン、そして味わいを引き立たせるワインとして選ばれた一杯目だったそうですが、どうやらそこにはサンルカル・デ・パラメダの石灰質土壌が絡んでいるとかいないとか。
ここは後で詳しく見ていきましょう。
こちらは二杯目のグリューナーフェルトリーナー。
グリューナーフェルトリーナーは繊細、酸、ほのかな苦み、白胡椒のニュアンスといったイメージが一般的かと思いますが、まさにそのど真ん中ストレートといったワイン。
先ほどのパロミノよりは少し華やか。柑橘やグリーンアップルだけでなく、少しパイナップルのようなニュアンスも感じられる。
このワインに合わせたのは、
「稚鮎の天ぷら」
琵琶湖で取れた稚鮎だそうです。レモンと塩で頂きましたが、鮎の旨みにグリューナー(ワイン)の酸味とレモンのような果実味。鮎の苦みの部分をサラッと包んで流してくれる。これはまさに甲州といくといいんだろうなぁと再確認。
「みょうがの天ぷら」
季節の一品。みょうがの香りが好きなんですよね。
みょうがの香り自体がかなり強くて個性的だと思うんですよね。
スパイスっぽさもあって、ハーブっぽさもあって。味わいは淡泊なふりをしているけれど、旨味と甘味が天ぷらにしっかりと閉じ込められていて。
そこにワインの爽やかさ、柑橘の香りのマリアージュも堪りません。おそらくグリューナーの白胡椒やハーバルなニュアンスがみょうがに寄り添いつつ、他の要素で相乗効果を生んでいるんでしょうかね。ちょっと塩を多めにつけると、塩味の部分でもバランスが取れました。
「さつまいもの天ぷら」
甘味を引き立てるために、1時間以上揚げたり出したりしていたそう。サツマイモとかカボチャとかの甘い香りって意外と白ワインと合うんですよね。
以前もペアリングをしたときに、カボチャを白ワインに合わせにいったんですが、ワインにはない香りの奥行きを生み出すというか、そういった印象があります。
このさつまいもの天ぷらもそれでした。味わい自体のバランスも酸のある白ワインとしっかり合うのですが、それ以上に香りの広がり方が変わるというところがペアリングの大きなポイントだと思いますね。
自分の中でかぼちゃやさつまいもは今後もワインペアリングの定石にしていきたいところです。
最後の1品は赤ワインとのペアリングです。
かの有名なポール・マスですよ。南仏の。
そこのブランドのメルロー。果実味どっしりな南仏赤ワインとは少し違ってエレガントなスタイル。ジャミーなニュアンスとかはなく、タンニンは中程度で、香りはブラックベリー、カシス。ハーバルなニュアンスまである。全体的に果実味が思ったより控えめな印象だった…はず。
「蛤の姿揚(刻んだキノコを詰めて)」
ハーバルなニュアンス、タイムやディルなどのスパイス香が強かった印象が、ハマグリに合わせるとジューシーな果実味が一気に引き立った。醤油ベースの味わいに、キノコの旨みと貝の旨みがダブルでワインの果実味を引き立てたんだろうなと。
全体的にエレガントな味わいのワインで、ジューシーさがキーワードになってくるペアリングだと思う。
ハマグリとキノコの出汁感もジューシーさにリンクしていると思うので、同系統の要素があるんだろうなと。
それこそピノノワールなんかも合わせてみたい一品。ただ醤油ベースの強さがある分、メルロぐらいのボディ感の方が合うのかもしれないけど。
長くなったけれど、天ぷらとワインのペアリングってこんな感じです。
全体を通して、キーワードになるのは
・エレガントさ、繊細さ、控えめな香り
・苦み
・果実味のジューシーさ、フレッシュさ
とかなんだろうな。
そこに逆に天ぷらの素材が乗っかってきて最終的にどういう形になるかというところなのかなと思います。
さてさてお待ちかねの科学のコーナー。
魚介の臭みと土壌の関係性
まず前提として魚介の臭みをワインが引き出してしまうという現象について。
これはワイン中の鉄イオン、主にFe²⁺によるものだとされています(参照論文)。
ここから土壌の話に行くまえに、この論文の中身を端的にまとめておきます。
・魚介の生臭さを強調するワインの成分は鉄イオン(Fe²⁺)
・鉄イオンによって生じる匂いは6種類のカルボニル化合物
・それらの化合物が鉄臭さや魚臭さを生じさせる
この鉄イオンとカルボニル化合物の生成をまとめた表が先の論文に挙げられています。
そして先のお店のソムリエさん曰く、ペアリングに供したスペインのパロミノ種のドライワインは石灰質土壌(Chalk/アルバリサ)からできたワインで、鉄分が少なく、魚の生臭さを強調したりすることがないんだそうです。
確かにシェリーは先の論文でも、鉄イオン含量が少なく、比較的魚介類に合わせやすいと述べられていましたが、実際のところどうなのでしょうか?
石灰質土壌のブドウの組成
まず結論からいくと、石灰質土壌では確かに鉄の吸収は阻害されます。
ここが秒で繋がる人は、ほんと栽培家になってください。十分知識あると思うので笑
鈍った私の頭では、調べてやっとつながったというレベルでした。笑
要は、石灰質土壌の高pH下では、土壌中の可給態の鉄濃度が低く、植物が吸収しにくい状態にあるということでしょう。
これが理論の話で、それを実際に裏付けるような研究があったので、それを2つほど引っ張っておきます。
かなり古い論文で申し訳ないですが、参考資料となるものがありました(Mengel et al.,1984)。
これはブドウ中のFe含量ではなく、ブドウの木の葉のFeを分析したものですが、Calcareous soil、つまり石灰質土壌で、確かにFe含量が少ないという結果が出ています。このような差がおそらくブドウの実でも見られるのでしょう。
もう1つの参考資料はこちら。
この論文(Slunjski et al., 2012)では3地点のpHの測定とそのエリアでのブドウの葉の鉄含量を測定しています。
一番右の列のFeのmg/kg DM(dry matter:乾燥重量)でpHが7.35のエリアが最も少なくなっています。しかし、2008年の開花時(flowering)のみ鉄含量が多くなっているのはなぜなんでしょうね?
とはいえ、傾向として、pHが高い土壌から鉄含量が少ないブドウが取れそうというのは言えそうです。
あと余談ですが、この実験結果の面白いところの1つに、土壌中の鉄含量があります。
土壌中の鉄含量は実は低pH土壌の方が少ないのです。
なにがいいたいかというと、土壌中に特定の成分が多いからと言って、ブドウにその成分が多く含まれることとは全く違うのですよということです。
ストーリー的に語られがちな土壌中の成分とブドウの組成ですが、短絡的に結び付けることができない、いい例なのではないかと思いますね。
ちなみに、低pHの土壌では鉄がイオンとなり溶け出し、降雨などによって溶脱していることが考えられます。この溶け出しているということこそが、植物にとって可給態であるということでもあります。
またこの可給態の溶出した鉄がリンと結合することで、植物体が吸収しにくい不可給態のリンとなります。これが先の表で高pH土壌のP(リン)含量が高く、低pHの土壌で低い一因となります。
ちょっと土壌の余談が過ぎましたね。
土壌と鉄分、そして魚介の臭み成分に関する結論
はじめに日本の論文を参照して、ワイン中の鉄イオン(Fe²⁺)が魚介類の生臭さを強調してしまうということを述べました。
そのうえで、ソムリエさんの言葉をもとに、どういう条件下のブドウ、ワインだと鉄含量が少なく、魚と合いやすいのかを紐解きました。
結果的に高pH環境下、つまりブドウの栽培で言えば石灰質土壌のような環境で育ったブドウは恐らく鉄の含有量が少ないだろうという結論にいたりました。
しかし、それらのブドウから作られるワインもFe²⁺が含まれていないわけではないでしょう。
それに、そこから醸造段階を経ることで、さらにFe²⁺の微増減を繰り返すでしょう。
もっというと、台木の選択から品種によっても随分と鉄イオンの移動のフローというか、distribution(植物体内の分布)が違ったりもします。
総じて、鉄のような微量な要素はよくも悪くも土壌以外のものに大きく影響されます。
このことについては先の参照した日本語の論文(田村隆幸 2010)にも書いてありますので、興味があるかたは、ぜひ一度こちらの文献を読んでみる価値があると思います。
最後になりますが、まとめると以下のようになります。
1.高pH土壌由来のブドウ、ワインは鉄含量が少ない可能性が高い。
2.鉄含量が少ないワインは、魚介類と合わせても生臭さを強調しにくい。
3.赤ワインより白ワインの方が鉄含量が少ない傾向にある。
4.鉄含量の「少ない」の線引きはわからないし、栽培、醸造のあらゆる過程で鉄含量は影響を受けるので、最終的には1度合わせてみる、分析してみることでしか結論は得られないのかもしれない。
ではまた。
参照文献
・田村隆幸(2010):ワイン中の鉄は,魚介類とワインの組み合わせにおける不快な生臭み発生の一因である
・Slunjski, S., Coga, L., Herak Ćustić, M., Petek, M., & Spoljar, A. (2012). PHOSPHORUS, MANGANESE AND IRON RATIOS IN GRAPEVINE (VITIS VINIFERA L.) LEAVES ON ACID AND CALCAREOUS SOILS. Acta Horticulturae, (938), 299–306. doi:10.17660/actahortic.2012.938.39
・Mengel, K., Breininger, M. T., & Bübl, W. (1984). Bicarbonate, the most important factor inducing iron chlorosis in vine grapes on calcareous soil. Plant and Soil, 81(3), 333–344. doi:10.1007/bf02323048
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