歴史・人物伝~松陰先生編⑯江戸に送られ、刑場の露と消える
歴史・人物伝~松陰先生編の第16回です。
吉田松陰は、松下村塾で多くの人物を教えてきましたが、尊王攘夷の志士であることも忘れてはいません。幕府が開国へと進んでいく現状が、どうにも我慢できなくなるのです。
幕府を変えるために松陰が選んだ方法は、時の老中・間部詮勝に攘夷を直接訴えかけ、聞き入れなければ殺害するという過激な計画でした。しかも、その計画を長州藩として実行しようと考えたのです。
松陰は、長州藩に武器弾薬の調達を願い出ましたが、藩主はもちろん、藩の重臣たちは驚き、彼を野山獄に収監します。獄中でも計画実行を企てる松陰に、久坂玄瑞や高杉晋作ら弟子たちも離れていってしまいます。
やがて、過激な思想の松陰の存在が幕府に知られ、藩に身柄を江戸に送るよう命じられます。井伊直弼大老が、後に「安政の大獄」と呼ばれる徹底的な弾圧行っており、松陰も覚悟の上で江戸に向かったと思われます。
取り調べで松陰は、計画の全てを明らかにしました。このことが罪状を重くし、死罪となるのです。1859年10月、吉田松陰は30歳という若さで刑場の露と消えてしまいました。
辞世「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」
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