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パノラマの町

その日も暑い日だった。もうそろそろ決めたいとやってきた内見の家。
玄関を開けて入った瞬間、いいなと感じて、部屋へ進むと開放感のあるベランダからの景色に決心した。

「私、ここがいい。」

そう彼にメールしてその日に決めた。

夏の暑い日に2人で引っ越しをした。

南側のベランダからは遠くに富士山が見えた。向かい側には一駅先のまばゆいタワーマンションがそびえ立つ。見下ろす住宅街はどこか平和的だった。

北側の玄関を出れば目のためには土手沿い。多摩川が流れる。

私が育った町に似ていた。近くに川が流れ、土手も近くにありお散歩コース。山こそ見えないけれど、心が落ち着く環境だった。

2人が初めて一緒に暮らす家。同棲して結婚して、夫婦としても暮らした最初の町。駅まではは数十分、いつもたくさんの子供たちが行きかう。電動自転車に乗ったママたちも忙しそうに行きかう。

休日には土手の向こうからたくさんの声が聞こえる。少年野球やサッカー、走る人、散歩している人、様々な人が多摩川沿いには集まる。

引っ越ししたばかりの夏は夕方によく散歩した。橋には電車や車が行き交い、日々の忙しさを垣間見る。毎晩遅い帰宅の夫を待ちながら、遠くのタワーマンションの光を何度も見ていた。色んな人たちが住むように、町の灯もまた様々だと感じた。

目の前の土手を少し歩けば桜並木があった。それを見つけて春が待ち遠しかった。絶対にこの桜並木を歩きたいなと思った。

年が明けてから夫はすぐに単身赴任になりめっきり1人の時間が増えた。ますますこの街を一人で楽しみ、日当たりの良いリビングで仕事をして過ごした。楽しみだった桜も2月~3月にかけてつぼみを見ながらその時を待った。そして月に数回帰ってくる夫とも一緒に見えた。遠くまで一緒にお散歩もできた。

夫婦になったばかりの私たちには2人の時間はあまりに少なかったけれど、土手沿いを歩いたり車で通りながら、短くも思い出を刻んだ。

恋人として夫婦として一緒に住んだこの街。結婚前のことも、つらかったことも、楽しかったことも、幸せだったことも。どんな2人もここから家族としてはじまったんだよね。

ベランダから見える街並み。土手から見る街並み。どれも私には優しく見えた多摩川の町。1人で歩きながら揺れていた町の灯りや、何本も通る電車の音はどれも私を少しだけ切なくした。流れる川と四季を彩る木々や草花に囲まれて、何度も深呼吸した。

1年も経たないうちにこの街を去ることは、とてもとても名残惜しい。

だけどこの歌を聴きながら駅から歩いて帰る度に、この街で夫婦になれたことを幸せに思う。

ありがとう。
たくさんの日々の景色たち。
愛すべきこのパノラマの町は私たちの始まりの場所だよ。

そう、そしていつだって帰る場所はお互いがいるところなんだ。


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