さようなら、「自分探し」
平野啓一「分人主義」
何通りも存在する自分
取引先のお客様と話すときは、丁寧に話そうとする。一方、会社で同僚と話すときは、フランクに話す。家族と話すときは、もっと違う話し方をする。友達と話すときは、また全然違う。
これはどういうことなのでしょうか?
「本当の自分」というものがあって、その自分がそれぞれのキャラクターを使い分けているのでしょうか?
そうではないのです。「演じている」わけではなく、「自然とそういうふうになってしまう」のです。
「本当の自分」とは?
人間というのは、「本当の自分」というものが真ん中にあっていろんなことをコントロールしているのではなく、すべて他人との人間関係の中に自分があって、「相手によって引き出されている」のです。多くの人が、「自分探しの旅」に出たりしますが、そもそも「本当の自分」がなければ、その旅の意味はありません。実際は環境によって、自分というものが分かれてしまうのです。
自分というのは、他人によって引き出される存在。だから、「本当の自分」は存在しない。「友達と接しているときの自分」も「かしこまっている時の自分」も、すべてが「自分」という考え方。それが、分人主義です。
結論
自分はこういう人間だと決めつけがちであり、その決めつけによってストレスが生まれる。様々な人間関係の中で、いくつもの自分がいるということを知っていると、「こんな自分もいるのか」と受け入れることができる。それによって、自分探しという罠から抜け出し、自らストレスを生み出すこともなくなります。つまり、分人主義で考えると人間関係もスムーズになり、より柔軟に人生を歩むことができるのです。
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