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[小説] eternal charm ~トワの記憶~


「セレン、毎日ありがとう。」

部屋の扉が開く音でトワは身体を起こし、学院の制服を着たままの姿でティーカップとティーポットをのせたトレーを持っているセレンに言った。

「調子はどうだ?」

セレンはトレーを机に置き、カップにハーブティーを淹れながら聞いた。

「だいぶいい。」

確かにトワの顔色はよくなり、声や目にも生命力が戻ってきていた。しかし、魔力や魔法に関する記憶は戻ってきてはいなかった。

「わぁ、きれい。」

セレンが魔法で月の幻影を見せると、トワは無邪気にはしゃいだ。以前のトワなら「魔法の発動速度が速くなった」とか「幻影のクオリティに磨きがかかった」などの魔法技術に関する言葉を発していたが、今は単純に感想を述べるだけだった。セレンはその様子に悲しみの色を目に浮かべたが、もう慣れていた。

「ミアのこと…」

「ミアは王立魔法学院のセレンの友達。」

トワは笑顔で答えたが、セレンは俯き加減で力なく頷いた。セレンはミアのことを話したら何か思い出すかもしれないと考えたが、トワは何も思い出さなかった。セレンには出口の見えない闇の中を彷徨っているように感じられた。

「セレン様、トワ様は…」

トワの部屋に続く廊下で待っていたミアがセレンに聞いた。セレンは暗い顔で首を横に振ることしかできなかった。

ミアはトワの部屋に入る勇気はなかったが、心配で毎日王宮に足を運んでいた。トワのいない学院生活はミアにとって空虚なものだった。ミアは"メガロファイア"に入ってからずっとトワと時間をともにしていた。そのトワがいないことでミアの心にはぽっかり穴が空いているようだった。




ミアは王宮を出て都の外れへ歩を進めた。都には王族や貴族が住んでいて、それ以外の者の多くは都の外れに住む。都の周りにはいくつかの村があり、平民はそこにまとまって住んでいる。

しかし、ミアが向かったのは村がある方向ではなかった。ミアは木々が生い茂る森に向かっていた。木々が深くなり、光が遮られ薄暗くなっても歩みを止めることなく進んでいった。

やがて水の香がして、ひらけた場所に着いた。ミアは立ち止まり、深く息を吸い、ゆっくりはいた。トワのことで塞がれていたミアの心が少し軽くなった気がした。ミアは泉の側に寝転がり、自然に身を任せた。泉から注がれるエネルギーが一日の疲れを癒してくれる。

どれくらい時間が経ったのだろうか。空はすでに闇を帯び始めていた。ミアは泉の側にある小さな家の階段を上っていった。これがミアの家だ。部屋は狭いが整えられていて、木の温かみを感じる。ミアは都の外れの森に一人で暮らしている。幼いながらもしっかりしているのはこれが理由だった。

ミアは鞄を床に置くなりベッドに倒れ込んだ。自然のエネルギーを受けたとはいえ、トワに忘れられている状況はこたえているようだ。魔法を見せても王立魔法学院と聞いてもミアと聞いても、トワは魔法のことを思い出さない。どうすればもとのトワに戻るのだろう。ミアの頭の中を様々な考えがぐるぐると渦巻いたが、ミアにはトワのペンダントが鍵を握っているように思えてならなかった。




闇の刻。空は深い闇に包まれ、動物たちは寝静まりしんとしていた。ミアは決意を固めた様子で泉の前に立っていた。水面に映った月が風に揺れている。目を閉じて風を感じてみる。いつものような透き通った風だった。ミアは頭の一点に意識を集中させ魔力を集める。

(難しい。)

ミアはいつの日かトワに教わった透視魔法を使おうとしていた。王立魔法学院で実力がトップクラスの"メガロフィイア"のミアでさえ魔力の源が近くにあっても透視魔法は容易ではなかった。

(トワ様に何が起こっているのか教えて!)

ミアは必死だった。何としてでもトワに魔法の記憶が、魔力が戻ってほしいと思っていた。しかし、ミアの魔力では足りなかった。ミアはありったけの魔力を込めたが透視魔法を発動させることはできなかった。持てるほとんどの魔力を使い果たしたため、呼吸が荒くなり思わずその場に倒れ込んだ。額からは汗が噴き出していた。

(トワ様…)

そう口にして力尽き、ミアは深い眠りに落ちていった。




(あれは…魔物?)

少女は森の中に一人佇んでいた。辺りに人の気配はなく、静寂に支配されていた。少女の視線の先には闇に包まれた大きなものが存在している。少女の頭は混乱していたが、その大きなものは魔物と呼ばれるものだったような気がした。

(どうして魔物なんて知っているんだろう。)

少女は不思議に思った。王国の都の王族領に住んでいるのだから、魔物など見たことがないはずなのに。王族のことを思い出した瞬間、セレンの顔が脳裏に浮かんだ。セレンは少女に笑いかけ、少女と同じ服を着て歩いていた。

(王立魔法学院?)

少女は驚いた。王立魔法学院と言えば王国中のエリートが集まる魔法使いのための教育機関。ということは少女は魔法使いだということだ。しかし、少女には自分が魔法を使った記憶がなかった。

少女が戸惑っていると、脳裏に浮かんだ映像が移り変わった。泉の前に少女とセレンともう一人幼げな少女が立っていた。

(ミア?)

口が勝手に動いた。ミアと発した自分の声を聞いた途端、少女は自分が魔法使いであることを思い出した。確かこの場面は少女がミアに魔法を教えようとしていた過去の記憶だ。

鍵の形をしたペンダントをぶら下げた自分が立っている。映像の中の少女はミアに見せるようにペンダントに魔力を集中させている。

(魔憑き。)

少女はこの時の記憶を取り戻したのか映像に魔憑きが現れる前に魔憑きと口にしていた。映像では少女が魔法を発動しかけた瞬間、魔憑きが少女目がけて飛んできた。

(魔憑きは私の魔法に反応した?)

少女はふとこの考えが頭をよぎった。徐々に思い出してきた記憶を辿ると、最近魔憑きが学院に現れたのは少女が魔法を使おうとした時だということが分かった。

(でも、どうして。)

少女が不安そうに考えを巡らせていると再び森の映像が蘇った。魔物のもとに大きな魔憑きが近づいていった。

(ペンダント!)

魔物に近づいていく大きな魔憑きは少女の鍵の形をしたペンダントを持っていた。あれは少女が物心ついた時から肌身離さず身につけていたものだ。

(?!)

少女の頭にある映像が鮮明に思い出された。学院に巨大な魔憑きが襲ってきたあの時、少女は魔憑きに捉えられ最後の抵抗を試みたものの虚しくかき消された。その後のことは意識が朦朧としていてあまり覚えていないが、今は鮮明に見えた。

魔法が効かず意識を失いかけ、魔憑きにペンダントを奪われた。その時魂が抜けていくような気がした。そして魔力と魔法に関する記憶が抜け落ちた。




はっとしてトワは目を覚ました。一瞬何が起きたのかわからなかったが、だんだんと意識が現実に戻っていくのを感じた。ぼーっとしていた頭が正気を取り戻していく。

視線を感じ横を見ると、そこにはよく見慣れた二つの顔があった。

「セレン、ミア。」

その声は二人を心から信頼していることが感じられ、目は太陽の光のように皆を包み込むような優しさに満ちていた。魔憑きに襲われた後の生命の宿っていない氷のような気配は微塵も感じられなかった。

セレンは呆気にとられていたが、その表情はすぐに笑顔に変わった。ミアはトワが自分のことを思い出したことを悟り、嬉しさのあまり目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

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