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[小説] eternal charm ~二人の成長~


トワ、セレン、ミアの三人は緊迫した様子で飛行魔法を使っていた。目的地は王国の奥深くに存在する森。トワが夢で魔物と魔憑きを見た森だ。魔力を取り戻したトワはペンダントを奪還すべく森に向かっている。

「トワ、魔力の消耗は大丈夫か?」

横にいたセレンがトワを心配して声をかけた。

「ええ。」

トワはペンダントを奪われ一時魔力をほとんど失ったが、訓練により高等魔法を継続的に使えるほどまでには魔力が回復した。以前のように飛行魔法を使うことは造作もなかった。

「ミア、頼りにしている。」

トワはミアの緊張をほぐそうと優しく微笑みかけた。ミアはそんなトワの気遣いを感じ取り、それに応えるように少しぎこちなかったが笑顔を見せた。

「もうすぐ森に入る。二人とも気をつけて。」

セレンは不安を押し殺し、鋭い声で言った。いよいよ森に入る。いつ魔憑きと魔物に遭遇してもおかしくない。三人は深呼吸し心を落ち着かせ、辺りの気配を感じ逃さないよう意識を集中させた。




森の中は不気味なほど静かで闇に覆われていた。森と草原の間に物理的な扉はないが、まるで違う世界だった。草原のような軽やかさは一切なく、すべてが停止したような静寂だった。

「はっ。」

トワは生き物の気配を感じ振り返った。黒い生き物が不気味な鳴き声をあげて飛び去っていった。まだ呪いの気配は感じないが、身体が強張り自由に身体を動かせなくなるような奇奇怪怪とした雰囲気が漂っていた。

「トワ様。」

ミアがトワに目線を送った。トワはそれを受け止まった。ミアはずっと森で暮らしているから森の中で気配を感じる能力が極めて高い。だから魔物や魔憑きの気配を僅かでも感じたら合図をしてほしいとトワにお願いされていた。ミアが気配を感じたらその周辺で拠点をつくることにしていた。この作戦は森を知り尽くしたミアなしでは成り立たない。

「近くに泉があります。そこに行きましょう。」

ミアが先頭に立ってトワとセレンを導いた。少し進むと視界が開けてきてその先に泉が見えた。二人は改めてミアの能力の高さを感じ感心していた。

三人は今までの緊張をおろすようにどかっと地面に座った。が、本番はこれからだ。ミアは鞄から紙を取り出し地面に広げた。紙の上に手を置き、辺りに気配を集中させた。すると次々に紙に図と文字が刻まれ始めた。紙の隅々まで図と文字で埋め尽くされた頃にはミアの息は少し上がっていた。

「地図ができました。」

ミアはトワとセレンに先ほどまでまっさらだった紙を差し出した。見るとあちこちに図と文字が刻まれていて確かに地図のようだった。

二人は呆気にとられていた。この広い森の隅々までどこに何があるのかを把握し、あまつさえそれらの情報を紙に刻み込み地図を完成させたのだ。尋常でなく高度な魔法だ。いくらミアの魔力の源である水が側にあっても並大抵のことではない。

「ミア、いったい…」

トワは目を丸くし驚きに震える声で聞いた。ミアはトワとセレンの方に向き直り二人をまっすぐに見据えた。

「トワ様に教えていただきましたが、私は透視魔法は使えませんでした。それで私にできることを探しました。それが、これです。」

ミアは地図に目を落とした。つられて二人も地図に目をやった。

「私は森の中なら気配を感じる力が強まります。この力は今回の作戦に役立つと思いました。そして私の知り得た情報をどうにかお二人に伝える方法を考え、刻印魔法に辿り着いたのです。」

刻印魔法と聞いて二人は息をのんだ。刻印魔法はまぎれもなく超高等魔法だ。"メガロフィイア"の者でもかなりの修練を重ねてもいつ成功させられるかわからない。それをミアはこの短期間で成し遂げたというのだ。二人は完全に腰を抜かししばらく動けなかった。

「ミア!」

先に硬直から解放されたトワは思わずミアを抱きしめていた。

「ミア、ありがとう。」

涙声だったがとても温かい声だった。ミアは胸が熱くなるのを感じ涙が込み上げてくるのを感じた。セレンは二人の様子を大切なものを見るような温かな眼差しで見守っていた。

「月が、出る。」

セレンは空を見上げ鋭い目つきで月が出るのを待っていた。月が出る時。それは魔物と魔憑きとの対戦の開始を意味していた。

月を魔力の源とするセレンは月が出ている時魔力が高まる。しかし魔物と魔憑きの力が強まる闇の時間帯と月が出ている時間帯はほぼ重なる。だからなるべく時差を広げるため今日のように月の出が早い日に作戦を決行することにした。

ミアとセレンの魔力が高まればそれだけ作戦の成功率は高くなる。

「魔物たちは森の奥にいるはず。」

トワは森の奥を見据えて言った。

「私がナビゲートします。行きましょう。」

ミアは地図を手に二人の先を進んだ。強気に見えるがミアの表情は強張り、地図を持っている手は少し震えていた。しばらく進むと地図に黒い点が現れた。その点は闇が渦巻いているようだった。

「魔物の反応がありました。やはり魔物は森の奥にいるようです。」

地図上の魔物の反応が強くなるにつれて三人の表情は鋭くなっていった。さらに魔物に近くなると明確に魔物の邪気を感じるようになった。三人はいつ魔物や魔憑きに攻撃されても反撃できるように常に辺りの気配に細心の注意を払っていた。

「魔憑き。」

トワが叫んだとほぼ同時にセレンとミアも魔憑きの気配に気づいた。トワは魔憑きの攻撃に備え咄嗟に防御魔法を使った。案の定、魔憑きは三人に向かって攻撃魔法を放ってきた。はやり攻撃魔法を使える特殊な魔憑きのようだ。

トワが魔憑きの攻撃を食い止めている間にセレンは幻影魔法で魔憑きを取り囲んだ。長い間一緒にいただけあってトワとセレンは息ぴったりだった。トワは浄化魔法を求めミアに合図を送った。

「待って。」

セレンがトワがミアに送った合図に気づきミアを制した。ミアがセレンの声に反応し動きを止めるとセレンは魔憑きに向き直り、一点に魔力を集中させていった。セレンが目を開けた次の瞬間、魔憑きは白く強い光に包まれ、身体から闇が剥がれ落ち、鳴き声をあげながら落下していった。

「セレン…」

トワは呆気にとられた顔でセレンを見ていた。ミアは何が起きたのか理解できず、ただただセレンを見ていた。

「セレン…今…浄化魔法…」

トワは驚いた顔のまま一歩一歩セレンに向かって歩いていった。動揺を隠せないトワとは裏腹にセレンは誇らしさを湛えた凛々しい顔でトワを見ていた。

「月のおかげで浄化魔法を使えた。作戦は順調に進んでいる。」

セレンは月を見上げながら言った。その様子はまるで月に感謝しているようだった。セレンの顔が月明かりに照らされ、神々しく光っていた。

「ミアは森の様子を隅々まで捉え、地図をつくった。その上浄化魔法を使ったら負担が大きすぎる。だから我が使えるようにした。無論、まだ月が出ている時だけだが。」

セレンはとても優しい目でトワとミアを見ていた。トワは驚嘆するとともに大きな喜びを感じていた。トワにとってかけがえのない存在であるセレンが新しい魔法を使えるようになるということは自分ことのように嬉しかった。

一方でそれと同時に自分が魔力と魔法の記憶を失っている間にミアとセレンが大きく成長していたことに焦りと後ろめたさを感じていた。自分は成長するどころか、後退している。今後自分は役に立たず、二人に大きな負担を強いてしまうのではないか。トワは大きな不安が渦巻くのを感じた。

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