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[小説] eternal charm ~魔物の襲来~


「ヴゴォォォォ。」

辺りに巨大な魔物の叫び声が轟いた。木々に群がっていた鳥や小動物たちは一目散に逃げ去り、一帯は邪悪な気配で覆われた。生命の伊吹はもはや感じられず、先ほどまで晴れ渡っていた空も今はどす黒かった。

(うぅ。)

魔物はとてつもない邪気を放っていた。トワは魔物の邪悪な気配と叫び声に気圧され思わずその場に倒れ込んだ。セレンとミアはより一層苦しそうで呼吸が荒くなっていた。トワも立っているのがやっとの状態だったが、二人を助けなければと思い、力を振り絞った。ペンダントが光り、その光りはみるみる広がり、三人を包み込んだ。

「助かった、トワ。」

セレンとミアの呼吸が落ち着いてきたのが分かったが、ミアはまだ恐怖で震えていた。トワの放った光魔法によって光が防御壁のような役割を果たし、その中にいる三人は魔物の邪悪な気配から逃れることができた。しかし、問題はこれからだった。光で防御壁をつくることは強力な魔法使いでも魔力の消耗が激しい。いつまでも維持する訳にはいかない。

だが、目の前の魔物は見たことないくらい巨大で、身動きが取れなくなるほど邪気が強い。三人の誰もがこのような魔物に対抗したことがなかった。三人が何もできずにたじろいでいる間にも巨大な魔物は動植物を荒らし回っていた。どんどん邪悪な気配が広がっていく。光の防御壁にも攻撃の火の粉が降りかかり始め、トワは魔法の維持に苦戦していた。

(このままじゃ、壊れる。)

トワがぎゅっと目を瞑った時、ふいに魔物の攻撃が止まった。目を開けるとミアが希望の光を見つけたかのように校舎の方を指していた。

「トワ様、あそこ!」

見ると、校舎の前に大勢の王立魔法学院の院生や教師が集まっていた。どうやら皆が魔物の攻撃を食い止めてくれていたらしい。

「今のうちに安全なところへ。」

三人は飛行魔法を使い、魔物の邪気の影響を受けない皆が集まっている場所まで移動した。しかし、皆の攻撃魔法を受けているにも関わらず、魔物は怯む気配もなく前進していた。学院の広場がどんどん蝕まれていき、だんだんと皆が集まっている場所までも邪気に侵食され始めていた。

何人かの学生が邪気に苦しみ倒れかけ始めていた。トワとセレンが周囲の状況を見て動揺していた時、ミアはこれまでに見たこともない強い視線を魔物に向けた。身体中から強い気概が感じられた。ミアは体勢を整え、手のひらを魔物に向け、強く白い光を放った。

「浄化魔法が効かない?!」

ミアの放った浄化魔法は確かに魔物に命中した。しかし、魔物は一瞬歩みを止めただけで、浄化されるどころか大きなダメージを受けた様子もなかった。ミアの渾身の一発もあの巨大な魔物には歯が立たなかった。皆は魔物への攻撃を続けているが、魔物は一向にとどまる様子がなかった。あちらこちらから魔物の邪気に倒れる気配がする。トワの側でも倒れる気配があった。

(…!)

トワの頭をあの時の夢がよぎった。何人もの悲鳴。王立魔法学院の地獄絵図のような光景。目の前で消えたセレン。トワは頭が何者かに乗っ取られたような気分になった。頭が割れるように痛く、思わず頭を抱えて倒れ込んだ。呼吸はひどく乱れ、狂乱していた。

トワはあの夢を正夢にしてはいけないと思い、なんとか立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かなかった。見上げるとすぐそこに巨大な魔物が立ちはだかっていた。すでにトワも魔物の邪気に侵されているようだった。

「ゴォォォォォ。」

魔物は再び叫び声を上げた。先ほどより距離が近いせいか魔物の声が頭にギンギン響き、耳が砕けそうに痛かった。

「ぁあう。」

トワは今までに聞いたことがないような痛々しい悲鳴を上げた。トワは初めて自分の魂の危機を感じた。このまま強い邪気に侵され続ければ、魂が壊れてしまう。トワだけでなく、セレンもミアも他の皆も。しかし、皆が助かる術があるようには思えなかった。

魔物はもうすぐ近くにおり、その場にいる全員が魔物の邪気に侵され、魔法を使うどころか立つことさえできずにいる。一体どうすればよいというのだろう。トワは気を失いそうな中必死に考えていたが、突然胸が潰されたように感じた。身体が宙に浮き、だんだん地面が離れていっているような気がする。

トワは自分自身に何が起きているのかわからず、ただただ混乱していた。トワの頭の中ではあの夢の映像がぐるぐると渦巻いていた。ふいに身体の上昇が止まった気がした。トワはまだ頭が上手く働かず、何が起きているのか理解できていなかった。しかし自分の身体が邪気に侵され始めているのを感じた。トワは必死に渦巻いている映像を追い払おうとし、正気を取り戻そうとした。

「トワ…。」

「トワ様…。」

トワの頭の中に少しの余白ができた時、セレンとミアの声が微かに聞こえた。二人は気絶しそうになりながらもトワのことを心配していた。

「たす…けなきゃ…。」

トワは失いそうな意識を必死に呼び止め、ペンダントに意識を集中させた。するとペンダントはいつになく強い光を放った。

「ゴォォォォォ。」

しかし、トワの最後の力も巨大な魔物には及ばず、魔物の一声でかき消された。魔物は叫び続け学院の校舎もろとも吹き飛びそうになり、完全に邪気で覆われた。辺り一帯は不気味なほどの静寂に支配され、時が止まったかのようだった。トワは虚ろな目でただただぼんやりと焦点の定まらない様子でいた。それでもセレンとミアへの意識は残っているようで、微かに首を下に向けた。

(…!)

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突然、魔物の邪気が弱くなっていき、魔物は人格が変わったかのようにおとなしくなった。放心状態のようになり、何を思ったのかくるりと踵を返し、王立魔法学院から去っていった。学院を支配していた邪気も引いていき、やがて邪気はなくなった。さすがにすぐには逃げ去った鳥や動物たちは戻ってこなかったが、生命の気配は確かに戻り始めていた。

「魔物は?」

セレン重い頭を上げ、辺りを見回した。先ほどまで学院を乗っ取るかのような邪気と威信を放っていたあの巨大な魔物はどこにも見当たらなかった。まだ身体は動かせなかったが、意識は靄が晴れたようにはっきりしてきていた。静寂が漂っていたが、不気味さはもはや感じられなかった。ふいにセレンは自分の隣で目を覚ます気配を感じた。どうにか首を気配がした方に向けると、ミアが目を開けていた。ミアの目はぼんやりしていたが、意識は取り戻したようだった。

「魔物は…。」

ミアはキョロキョロ目を動かし、魔物の姿がないことを確認すると少し安心したようだった。セレンは周りからも目が覚める気配を感じ、日常が戻ってくるのを感じた。セレンはゆっくり身体を起こし風を感じた。邪悪な気配はすっかりなくなっていたが、どこか物悲しい感じがした。ミアはセレンのその様子をじっと見ていた。セレンはミアの視線に気づきミアに肩を貸した。二人は支え合ってまだおぼつかない足取りで泉に向かった。泉に辿り着いた頃には二人の息は上がっていたが、"恵の水"によって落ち着いた。二人はようやく頭が働き始めたのを感じ、重大なことを思い出した。

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