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[小説] eternal charm ~特殊な魔憑き~


「ごめんなさい、トワ様!」

ミアは目に涙をためて腰を直角に折って謝った。トワを守ると言ったにも関わらず守れなかったことにミアは自責の念を感じていた。

「どうして?」

ふいにトワが俯き加減で呟いた。見るとミアとセレンがぎょっとするほど顔は青ざめ、手は震えていた。トワは前と同じように呪いの気配を全く感じなかったこと、魔憑きが呪いをかけたことにひどく混乱し、恐怖を感じていた。

「やはり、何の気配も感じなかったのか?」

セレンはトワの思いを察して聞いた。トワは声を発することなく力なく首を縦に動かしただけだった。セレンは"元魔憑き"の方に向かって歩き出し、"元魔憑き"の前で止まった。

「この羽にかすかに呪いの気配が残っている。これを分析すれば何か分かるかもしれない。」

三人は”元魔憑き”の前に整列し簡素な"弔いの儀"を行い、セレンが"元魔憑き"の羽を保存袋に入れ、三人はその場を後にした。




セレンは連日王族領内の研究室にこもっていた。持ち帰った"元魔憑き"の羽を様々な方法で何度も分析していた。セレンの周りには何十冊もの書物が積み重なっていた。

「セレン。」

心配そうな顔をしたトワがお菓子と飲み物を乗せたトレーを持って立っていた。

「何か分かった?」

トワは持ってきた飲み物をカップに注ぎながらセレンに聞いた。セレンは顔を歪めて肩をすくめた。

「セレンがこれだけ調べても何もわからないなんて。」

トワは先ほどとは違う種類の不安を浮かべていた。セレンはよほど疲れていたのか、せっせと食べ物を口に運び、飲み物を飲み干した。

「これは?」

トワは一番上に積んであった書物に手を伸ばし、ページをめくり始めた。しばらくパラパラめくっていたが、半分くらいめくったところで突然その音が止んだ。

「魔憑きを操る魔物…。」

本来魔物は動物を魔憑きにすることはできても、生み出した魔憑きを操ることはできない。生み出された瞬間、魔憑きは魔物の手を離れる。あくまでも魔憑きは主体的な存在だ。

トワの頭の中でいくつかの言葉が渦巻いた。

呪い、魔憑き、魔憑きを操る魔物。

セレンは不思議そうにトワを見つめていた。

「分かった。」

トワはその書物の言葉からある一つの考えに行き着いた。それは魔憑きを操れる魔物が魔憑きを通して呪いをかけたというものだ。つまり、魔憑きが呪いをかけたのではなく、魔物が魔憑きを介して呪いをかけたということだ。

「それだ!」

セレンの顔が花が咲いたようにぱぁと明るくなった。

「さすがトワ。頼りになる。」

セレンは嬉しさのあまりトワの肩をゆすっていた。トワもセレンの役に立てたことに誇らしさと喜びを感じていた。

「セレンはすぐ根をつめすぎるんだから。」

トワが珍しくいたずらっぽい表情を見せセレンの肩を突いた。

「トワには敵わないな。」

セレンは今まで張り詰めていた緊張の糸が切れたようで思い切り笑った。トワもセレンにつられて控えめに笑っていた。先ほどまで静寂に包まれていた研究室に二人の笑い声が響き渡った。




「…という結論に至った。」

トワとセレンは翌日、さっそくミアにトワの推測を伝えた。ミアは終始二人の話を興味深そうに聞き入り、トワが直感的に先の結論に辿り着いたことを知ると「さすがトワ様!」と言わんばかりに目を輝かせてトワを見つめた。

「それで、セレン。羽の分析結果は?」

トワは話の続きを促した。セレンは"元魔憑き"の羽が入った保存袋を取り出し、袋を開けた。セレンがトワに合図をするとトワはその羽に向かって魔力砲を放った。

「よ、避けた?!」

ミアが目を丸くして驚きの表情を見せた。トワはミアの方をちらっと見てミアの表情を確認し、再び羽に視線を戻した。今度はペンダントが光り、羽に向かって雷のようなものが放たれた。すると、"元魔憑き"の羽が放たれた魔法をガードするように丸まった。それを見たミアは身体を硬直させ、呆気にとられた顔をしていた。

魔物本体であれば魔法を避けることは普通だが、魔憑きが魔法を避けることはない。魔憑きは簡単な攻撃魔法を放つだけで、放たれた魔法を避けたり、まして魔法を防御したりするなどは考えられない。

「どうやら呪い以外も普通じゃないらしい。」

セレンは何か考えているような様子で言った。

「特殊な魔憑きということですか?」

ミアはセレンの気持ちを代弁するように言った。ミアの言葉にトワとセレンは静かに頷いた。しかし、学院に現れた魔憑きが特殊であることは分かっても、なぜ特殊なのかは全くわからなかった。

「魔憑きが特殊ということは、魔憑きを創り出した魔物も特殊だと思う。」

トワは凛とした様子でセレンとミアに向かって言葉を放った。トワの突然の言葉に二人は驚いていた。

「何か心当たりがあるのか?」

セレンは不思議そうな顔で率直に疑問を口にした。トワは首を横に振って口を開いた。

「確かなことは何もない。けれど、黒幕がいる気がする。」

セレンはトワの確信のようなものを感じ、納得したように頷いた。

「トワがそう言うのなら、そうなのだろう。」

トワとセレンはお互い深い信頼を宿した目で見つめ合った。側でその様子を見ていたミアには二人がこの上なく信頼し合っていることが手に取るように分かり、胸が熱くなるのを感じた。

「そろそろ行こうか。」

空を見るともうすぐ授業が始まるようだった。三人は先ほどの衝撃をクールダウンするかのようにぼーっと空を見上げた。

カーンカーンカーン。

授業開始の鐘の音が鳴り響いた。三人ははっとして顔を見合わせた。今いる場所から走っても鐘が鳴り終わる前に教室に着くのは不可能だ。ミアが授業に遅れることを危惧し、あたふたし始めた。

「とにかく走って行こう。」

セレンが慌てた様子で校舎の方に身体の向きを変え走り出した。ミアもあわあわしたままセレンにつられて走り出したが、トワは動かなかった。

「トワ様、急がないと。」

しかし、トワは急ぐそぶりを見せず余裕そうな笑みを見せた。

「これを使えばいい。」

そう言ってトワは首からさげている鍵の形のペンダントを指した。

「そうか、飛行魔法を使えばいいのか。」

セレンは「その手があったか」と言うように少し悔しがるように言った。セレンとミアはそれぞれ急いで飛行魔法を使う体勢に入った。トワもペンダントに意識を集中させた。ペンダントが光り出し、飛行魔法が発動した瞬間、稲妻のようなものがトワ目がけて飛んできた。幸い、トワは避けたが、嫌な予感を感じていた。

(また呪いをかける魔憑き?!)

トワがセレンとミアの方を見ると、やはり前のように苦しそうにしていた。

「待ってて。私が倒す。」

トワは魔憑きの方に向き直りペンダントに意識を集中させた。前と同じように魔力砲では倒せないと感じ、最初から高等魔法を使うことにした。しかし、魔憑きの動きは素早く、トワでさえ魔法を当てることに苦心した。何発目かでようやく魔憑きを倒すと、すぐさまセレンとミアに"恵の水"を与えた。しかし、二人は苦しみから解放されなかった。

(どうして?魔憑きは倒したし、"恵の水"も与えたのに。)

トワが不安を募らせていると、木々の向こうから大きな影が歩いてくるのが見えた。トワはその影からとてつもない邪気を感じていた。トワは影が大きくなりはっきり見えた途端、硬直した。セレンとミアはより一層苦しそうだった。

「魔物。」

三人は背筋が凍てつくのを感じた

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