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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(14)

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〈14〉君がここにいることで、僕はこの旅の先を知るだろう

立山邸へ向かう車内。
来た道を戻るだけの単調さ。
だが、美夜子は隣で私にべったりくっついてる。
ルームミラー越しに玖美子さんがこちらを見ているが、美夜子は気にする素振りを見せない。

「あなた達、そんなに仲が良かったのね」

駐車場で車から降りた玖美子さんが言うと、美夜子はしがみついてた私の腕から離れた。

「こ、これくらいするでしょ」

少し照れている美夜子が可愛くて堪らなかった。

「じゃあ、美夜子の部屋に泊まってもらおうかな」

「え?」

「一応、練習生が泊まる部屋は用意してるのよ。でも、その様子だと美夜子の部屋の方が良さそうね」

「わかりました」

美夜子を見ると、どこか嬉しそうな雰囲気が伝わる。

「それじゃ、一緒にお風呂入ってきなさい」

「え、一緒に?」

「あれ、陽菜ちゃん前に来た時お風呂入らなかった?」

「入りましたけど……」

「だったら知ってるでしょ? うちのお風呂の広さ。二人くらい余裕で一緒に入れるから」

「わ、わかりました」

私は美夜子の部屋にリュックサックを置き、着替えを取り出しお風呂に向かう。
前とは違いやたら照れている美夜子に違和感を覚えた。

「ね、なんか今日変じゃない?」

「え?」

「なんか、前より距離があるって言うか……」

「そんなことない!」

「というか、性格変わったような感じ」

「それは……前は陽菜がずぶ濡れの捨て猫みたいだったから……」

私はペットかと言いそうになったが、確かに前のやり取りを思い出すと、飼い主とペットの関係だった気がする。

「母性本能かぁ」

「そうかもね」

お風呂場に到着し、服を脱ぐ二人。
入り口の外で清隆の声がしたように思ったが、それと同時に玖美子さんの声もしたので、大丈夫であろう。

「相変わらず、肌綺麗」

「陽菜もじゃない」

「いや、ここら辺とか大きさ違うし」

「大きさ?」

美夜子の濡れた肌を触りながら私はそう言った。

「前は嫌がられたから」

「恥ずかしいし……」

「大丈夫、恥はかかせないから」

「どう言う意味よ!」

私の手を剥がすと、美夜子は以前と同じような雰囲気になった。

「やっぱり、陽菜に対してはSじゃないとダメね」

「わ、私、SとかMとか知らないんですけどー」

「早く座って、全身隈なく洗ってあげる」

「え……怖い」

「いいから!早くしなさい!」

私は以前と同じように言われるがまま、バスチェアに座ると、あっという間に泡が全身を包み込む。

「大丈夫、安心して。恥はかかせないから」

「なにそれ、仕返し?」

「そうね」

「さっきまでの美夜子はどこに行ったの?」

「お母さんの前だったし……」

「お母さんの前だったら大人しくなるの?」

「なんと言うか、こういうノリを見せるの恥ずかしいじゃない」

美夜子にも人の感情があるんだと安心した。

「ねえ、さっきからずっと胸ばっかり洗ってるけど」

「大っきくなるおまじないかけてるのよ」

「吸い取られてる気がするんですけど」

私は背中に当たる2つの柔らかい球体を睨みつけるように言った。

「これ以上はいらないわよ。重いだけだし、動きにくいし」

「お、重いだと!」

美夜子は意地悪く、その2つの球体で背中を撫でる。

「ちょっと美夜子さん、それはエッチ過ぎるんですけど!」

「お子様には早かった?」

「だ、誰がお子様だ!」

抵抗するも体格も力も強い美夜子には太刀打ちできない。
体の泡がシャワーで流されて行くと、今度は美夜子の番だ。

「洗ってあげるから、早く座って」

「自分でやる。あなたは湯船に入ってなさい」

「いや、触らせろ」

「前と同じこと言ってるわよ」

と、言いつつも体を委ねる美夜子。
私は美夜子の綺麗な髪を濡らして、シャンプーを手にとる。

「……あんまり人に髪を触れるの慣れないの」

美夜子は時折、色気を含んだ息を吐く。
私はそれを聞くたびに、どこかゾワっとした感覚に襲われる。

「あんまり変な声出さないでよ」

「しかた……ないじゃない……慣れてないんだからぁ」

「だから前は頑なに嫌がったのか……でも、組み手の時とかは大丈夫なの?」

「それはそれ、これはこれよ……あぅ」

毎回そんな吐息をされたら、私までなんだかおかしくなりそうだ。
お風呂場の熱気も相まって少し火照りを感じる。

「んっ!」

「……?」

「首、だめ……」

「へー、首筋弱いんだ」

「人にされるのは……苦手なだけ」

首筋にシャワーを当てると、美夜子は体をビクビクさせた。

「なんか面白い。Sの人の気持ちがわかってきた」

「もう!」

美夜子は私の手からシャワーヘッドを奪い取ると、私を睨んだ。

「いいから、あなたは湯船に入ってなさい。あと、前みたいにはしないでね」

「前? ああ、大丈夫だよ」

そう言って私は湯船に入る。
丁度良い湯加減だ。私はふうと大きく息を吐いた。

「正直、あなたと付き合ってるって実感がないわ」

「え、私達って付き合ってるの?」

「ちゃんと告白したでしょ?」

「わかってるって。冗談」

「あなた冗談が多いのよ」

「だって、本当の私なんて誰も受け入れてくれないでしょ?」

私は両足を引き寄せて体育座りの姿勢をとる。
膝に顔を乗せて美夜子を見る。

「本当のあなたって……」

「家で見たでしょ? あれが誰にも見せない咲洲陽菜。あれも一部だけど、もっとたくさん、誰にも見せてない咲洲陽菜があるのよ。それを受け入れてくれる?」

「もちろん。当たり前じゃない。こ、恋人なんだから……」

「それを見たら嫌いになるかもしれないけど?」

「それはその時、それを好きになるかもしれないじゃない」

「後悔はしない? 私のものになってくれる?」

美夜子は少し間を置いた。
洗顔をするタイミングだったとはいえ、少し言葉を選んでいる様子だった。

「寧ろ、私のものになってもらうかも」

「美夜子の? それはないと思う。美夜子は沢山持ってるでしょ? 私は何もないからっぽだから。何かで満たさないといけないんだ」

「……」

「なんてね。私は、私。からっぽなわけないんだけどね」

「私は、どれが本当のあなたなのかわからなくなるわ……」

「私も……どれが自分の本当なのかわからない」

人格形成期に、色んな人物を演じていたからか、そんな感覚に陥っている。
あの役か、この役か、これが本当の自分かわからない。
ここしばらくの悩みはそれだった。
ただ、解消法はなんとか見出せた気がしていた。

「でもね、私は私。それも私って思えば楽になった。それが、からっぽの自分でもね。それも自分なんだって受け入れるようにしたの」

シャワーの音が止む。
湯船に美夜子が入ってくると、私は顔を上げた。
美夜子は立ったまま私の顎をクイっと上げる。

「私は、そんなあなたでも好きよ。逆ね、そんなあなただからこそ好きなのかもしれない……」

「どうして?」

「だって、見え透いた人間を好きになっても面白くないじゃない? 人気子役で、イメージ通りの人間だったらつまらないじゃない。そんなの、結末が分かりきってるミステリー小説みたいなものよ」

「そっか……」

美夜子の瞳は相変わらず綺麗だ。
少し長いまつ毛に白い肌。薄紅色の唇。整った眉毛。すっぴんでもメイクをしているような感じだ。ずるい。

「本当、美夜子はずるいなぁ」

私は美夜子の頬に触れて言う。
その湿った肌に、指が掛かることで美夜子の温もりが伝わる。

「お風呂ですると少し恥ずかしいな……」

「私も、これ以上のことはあまりわからないのだけど、お互いのを触ったりするのかしら?」

「私もあんまり知らないけど……でもそうするんだろうね」

ウブな私達はそれ以上することなく普通に入浴を楽しんだ。
昨日の学校での話とか、平岡の話、沙友理の話。食堂での惣菜パン争奪戦とかを話した。
お風呂上がりには前と同じように冷蔵庫でよく冷えた牛乳を飲んだ。

「毎日飲んだら、美夜子くらい大きくなるのかなぁ」

「陽菜ちゃんは丁度良いと思うけど」

玖美子さんは苦笑いしながら、私の胸を見た。

「まるで私が大きすぎるって言ってるみたい……」

「私は身長の話をしたんだけど?」

「それ、胸以外を見て言ってください」

私と美夜子は夕方買ったアイスを手に美夜子の部屋と向かった。

「来月末には期末テストかぁ……」

「うちってそれなりの進学校だから、平均点やっぱり高いのよね」

「学年トップが釣り上げ過ぎ。軒並み90点台って初めて聞いたよ」

「陽菜も中学時代忙しかった割にちゃんとできてるじゃない」

「私の担当のチーフマネージャーが京都大学出身で、学生時代家庭教師のバイトもしてたって人で、教えるのがめちゃくちゃ上手かったんだよ。それで、結構点数は取れた」

チーフマネージャーだった福川香代子。30代後半の女性で、頼れるお姉さんだった。いつも、どこがわからないかわかった上で色々教えてくれる。答えだけではなく、導き出し方から指導してくれた。それになんでも、教え子が東大合格をしたとか。

「その人はどうしてるの?」

「私が辞める時に一緒に辞めた。やりたい事が見つかったって言ってたな……」

「ふーん」

美夜子は、お高いバニラアイスをひと掬い口に入れた。

「てかさ、学校でも普通に話さない?」

「……そうね」

「やった。今度の席替えでも隣になるといいね」

「ええ……」

私は普通のバニラアイスを口に入れる。

「一口食べる?」

「え、いいの?」

「私だけ高いのってなんか……」

「気にしなくて良いのに……あー」

「ふふ……餌付けみたいね」

美夜子の使ったスプーンがそのまま口へ入る。
もう私達の間で間接キスぐらいじゃ驚くことはない。
お返しに私の方も美夜子に一口上げた。

「陽菜って意外と庶民的なんだね」

「そう? 言っても子役ってギャラとかそこまで良くないしなぁ」

「あんなマンションに住んでるのに?」

「あれは将来への投資みたいなものだから」

と、福川さんに言われたことだ。
もし芸能界を辞めても生きていけるようにとアドバイスしてくれた。
もしかしたら、福川さんは何か知っていたのではないかと、ふと思ったが考えるのはやめた。


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