見出し画像

【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(12)

前話まだの方はこちら↓


〈12〉じっと両手を見つめて、途中から数え直して

午後の授業は瞬きをしたらすぐ終わった。
というよりも、殆ど手に付かず、私は帰路に着いた。
何となく、沙友理や平岡の話に相槌を打ちながら校門の前で別れた。
病院に向かうため、大通りでタクシーを止める。

「ほんと、奇遇ですね」

「あ、この前の……」

また同じ女性ドライバーのタクシーに拾われてしまった。

「病院かな?」

「はいそうです」

暫く、車内は無言だった。
乗り心地の良い新しいモデルのタクシーの車内で、液晶に浮かぶよくわからない広告を眺めていた。
歩き慣れた道も、歩くよりはるかに早い速度で駆け抜ける。
病院に着くと、帰りのことを訊ねられたが、帰りは歩くというと、タクシーはまた客を求めて走り出した。

「お母さん」

「……毎日はいいって言ったのに」

「うん。でもなんか会いたくて。それに……」

私は危うくあのことを伝えるところだった。
元父が来たことを伝えると、母はどんな反応をするのか。
正直、怖くてたまらない。
まずい、先に先生に相談するべきだったか?
弁護士の先生? それとも医者?

「何かあったの?」

「いや……あの……」

「もしかして、あの人?」

「え?」

私の様子を見て、母は勘づいたようだった。

「だって、陽菜がそんなに言いづらそうにするんだったら……ね」

「うん。お父さんが来た。お金の準備できたって」

「そう……」

「それから、すまなかったって。私にもお母さんにも。宮原さんも……」

「そう……」

「お、お母さん?」

怖い。以前なら間違えなく、ヒステリーを起こし暴力を振るうくらいのことを言っている。
だが、母は澄ましたような様子で、本を読んでいた。

「まあ、これからはお互いに違う人生を歩むだけよ。だから、陽菜も、私やあの人に縛られない自由な人生を歩みなさい」

「うん。わかった」

私はそう言うとパイプ椅子に腰掛けた。

「あとね、ちょっと考え事するのに、綺麗な空気吸いたいなって思って星見村まで行ってきたの」

「ちょっと待って。昨日? あの後に?」

「うん。なんかお父さん達と会ってむしゃくしゃしたから……」

「そう……で、何かあったの?」

「たまたま撮影で優衣ちゃんがいたの」

「へぇ、映画とかかな。星見村って景色いいって聞いたことあるし」

「うん。三宅監督とも久しぶりに会った」

そこから、私が何にどうして悩んでいるのかを母に告げた。

「……お母さんじゃ力になれないかもだけど、陽菜の好きにするしかないと思うの。芸能界に戻りたいならそうだし、学生生活を続けたいならそう。両立しても、一つに絞ってもいい。ただ、そこにそれを背負えるだけの覚悟が必要よ。これからは大人として芸能界にいなくちゃいけなくなる。一般社会でもそう。その覚悟が、必要よ」

「そうだよね……」

「まあ……お母さんの本音は戻ってほしくないかな」

「やっぱりあの件があったから?」

「それは関係ないかな……どっちかというと普通の高校生の娘との時間を共有したい……かな?」

小学校高学年から芸能界入りして中学3年まで、同級生との遊びも、時には学校行事も参加せずに活動を優先した。
高校に入って友達ができたし、毎日学校へ行けている。
それでだけで、私にとって新鮮なことで、尊いものだ。

「そうだよね。私も9割そうだった。1割はミュジークで復帰することだったけど」

「え、ミュジークに誘われたの?」

「うん。マーメイドが業務提携で実質ミュジークの子会社みたいになったんだって。それで、優衣のマネージャーさんが掛け合ってもしよかったらって」

「そうなの……勿体無い話だけど」

「一応、社交辞令かもしれないけど、待ってくれるって言ってたから……」

そして気づけば夕食の時間になったから私は帰ることにした。

「そういえば、昨日何も食べてなかったや」

そう思って帰りはスーパーに寄ることにした。

「あら? 陽菜ちゃんじゃない」

「あ、玖美子さん。こんにちは」

「それ、夕飯?」

「ええ……」

カゴに入った茶色に染まった惣菜とのり弁当を心配そうにしていた。

「うち来る?」

「いいんですか?」

「ええ、お父さん急遽会合に呼ばれちゃって一人分多く作っちゃったし」

「今買い出しじゃないんですか?」

「ああ、美夜子がアイス食べたいって言うからね」

「自分で買いに行かせた方がいいですよ……」

「まあいいじゃない」

私は惣菜とのり弁を棚に戻すと、玖美子さんについて回った。

「私の分は自分で出しますよ」

「いいの。大人に頼れる時は頼りなさい」

開いた財布を閉じられてしまった。
買い物を終えて駐車場に停めてある玖美子さんの車に乗り込んだ。
5分ほどで立山邸へ到着し、普通に家に入って行った。

「あ、お母さんおかえり……って」

「あはは……どうもー」

「本物の咲洲ひなじゃん!」

「えっと……」

握手を求めてきたわたしと同じくらいの身長をした男の子。
目を輝かせて握った手を離さない。

「弟さん?」

「……兄よ」

どこかで見たような気がしていた。
美夜子に似ているからだろうか、そのせいだけではない気がするが……。

「どうも、美夜子の兄の清隆でーす。一応、同じ高校に通ってるんだけど……」

「え?」

「いやー、流石に学校では声掛けれないからさ、美夜子が仲良くなったって話を聞いて、どうにかお近づきになれないか相談してたんだよ」

「もしかして……お昼とかに?」

「そうだよ。美夜子、いつも図書室にいるからさ、奥の方なら司書の先生にもバレないから……」

「見てたの?」

「見えたんだよ。中庭から……なんだ、彼氏とかじゃないのかぁ……」

私はつい本音が出てしまった。
美夜子を見ると、首を傾げて私を見ていた。

「いや、楽しそうに喋ってるなぁって思ってて、もしかしてーって思っただけだからね」

「兄は私より小さいから、たまに弟みたいに思えるの。それに、たまにだけだけど、面白いこと言うし」

「たまにじゃないだろ!」

「でもお泊まりした時、お兄さんいませんでしたよね?」

「親父について行ってて、昼前にこっちに戻って学校行ったんだ」

少し威張っている姿が、小学生が踏ん反り返っている様子と酷似していた。

「なるほどね」

「陽菜ちゃんったら、美夜子が取られたとでも思ったの?」

「ち、違いませんけど……って何言わすんですか!」

玖美子さん言葉を私は全力で否定した。

「それより、陽菜ちゃんも早く座って」

「あ、はい……」

美夜子の向かいの席が空いていたためそこに座ると、美夜子はジッとこちらを見てくる。

「ん? 美夜子どうしたの?」

「なんでもない……」

清隆の問いに素っ気なく答える美夜子。
私は兄弟がいないからそこら辺の機微はわからないが、兄弟ならではの温度感なんだろうか?

「いやー、咲洲ひなと食事できるって、これもしかして運命の赤い糸きてるのかなぁ」

「いや、そんなわけないでしょ」

「えー、美夜子だってあんなに同じクラスになって隣の席だって喜んでたじゃん」

「それはそれよ。それにそろそろ席替えがあるから、離れちゃうかもしれないし」

そうだ。そろそろ日直も2周するから、席替えがある。
美夜子と健斗に挟まれた奇跡的な席順も終わるのか……。

「私は次も美夜子が隣がいいかなぁ」

「……なんで?」

「なんでって……なんでだろ?」

私は肝心なことが言えない。
明確に答えがあるのに、伝えられない。

「もっと白川さんとか平岡さんの方がいいと思うけど」

「それでいうなら健斗君かなぁ。なんだかんだ一番付き合い長いし」

「鯖江君? そんなに普段仲良くしてないように見えるけど」

「何を仰る。鯖江健斗とは恋人役で映画出てたんだぞ。き、キスだってしてたし」

私は少し威張ったようにそう言った。
美夜子は少しむすっとした表情を浮かべてそっぽを向いた。

「え、鯖江健斗も居るの? すごいクラスだな。うちなんて、悪名高い三島くらいしかいないよ」

「三島……あの人のおかげで美夜子とお近づきになれたから、ある意味キューピット見たいな人なんですけど……」

「三島がキューピットって、めちゃくちゃ面白い」

清隆は大笑いをして涙を流していた。
そして玖美子さんは食卓に料理を並べ始めた。

「あ、手伝います」

「いいわよ。お客さんはもてなされるために来てるんだから。どっちかというと美夜子か清隆が手伝いなさい」

そう言われて二人は立ち上がり、何品もある皿を運ぶ。
美夜子はその所作も無駄なく綺麗で、まるで舞踊を見ているみたいだった。
一方、清隆はなんとなくガサついた動きで、音を立てながら料理を運んでいた。

「兄妹でこうも違うか……」

私はそう呟いて、目の前に置かれたカツオのたたきサラダに涎を垂らしていた。


続き↓↓↓

よろしければサポートいただければやる気出ます。 もちろん戴いたサポートは活動などに使わせていただきます。 プレモル飲んだり……(嘘です)