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【毎日更新】初恋の相手が義妹になった件。第4話

 何故そんな状態なのか、僕は首を傾げながら教室に戻ろうと声を掛けた。

「何かあった?」

「……別に」

 やけに大人しくなっている百花に少し疑念を抱いたが、まあ、特別気にすることじゃないかと、僕は歩き出した。
 教室ではエレナとの声優談義に花を咲かせた。
 そして午後の授業が終わると帰りに何処かに寄ろうかとも考えたが、二人でまっすぐ家に帰った。
 結局、昼休み以降ずっと、百花の様子はどこかよそよそしい。
 別にそれで何か訝しむことはないが、僕に何か原因があるであれば伝えて欲しいと言っても、そういうのじゃないと返されてしまう。

「ただいま……ってそっか、誰も居ないのは変わりないか」

「お母さんは大体18時くらいに帰ってくると思う」

 僕らは各々の部屋に入ると、着替えを済ませて何故か自然にリビングへ集まった。
 二人きりの空間に少し気まずさを感じる。まだそれに慣れていないからか、僕は勝手に緊張していた。

「そういえば、本当なんなんだ? 昼から様子変だけど……」

「……胡桃に言われたのよ。私が悠人のこと、好きなんじゃないって」

「それで変に意識してか……でも、昨日結構な意思表示された気がするけどな」

「それは……そうだけど」

 再認識した結果、照れが勝ってしまっているということか。

「あれは、中学の時に気になってたって話。昔の、初恋の話だから……今とは別」

 そう言うと百花はクッションで顔を隠した。
 僕はお茶を一口飲むと、スマホを見た。中学の同級生から何個か高校はどうだと言うメッセージが届いていた。

「変に兄妹って意識はしない方がいいのかもしれない」

「どういうこと?」

 百花は僕の言葉に問いかける。
 僕としては、歪な関係にはなりたくない。義理の兄妹であれど、一つ屋根の下で、文字通り戸籍上も家族である義妹と恋仲になるのが健全であるかを僕も少なからず考えていた。

「今まで通り、同級生の男女であれば、例えばそこに恋が芽生えても健全な形じゃないか?」

「当たり前でしょ……でも、こうして一緒に暮らしていると変な感覚になる。恋人同士って物理的距離があるじゃない。それって、その時期の特権だと思うの。相手が今何してるか気になったりすることが」

「お互いの部屋に篭ってたら同じじゃないか?」

「朝みたいに洗面台の前で並んで歯磨きしたり、同じ玄関から一緒に登校したり、異性であり家族であることになんかよく分からなくなってきて……」

「それが家族で兄妹ってことじゃないのか?」

 僕は百花の目をジッとみる。
 百花は若干目を潤ませながら僕を見つめていた。
 僕は考えた。これはキスをする雰囲気なのではないか? 二人きり、親も誰もいないこの空間で、二人だけの秘密の関係。まあ、親には昨日のことを見られているので、知られてはいるが……。

「……っちょ、ちょっと待って!」

「……ごめん」

「謝らないで……その、心の準備ができてなかったの、私だから、私が悪い。まさかこんなに早くって思ってなかったから」

「いや、ごめん。僕もなんでかがっつき過ぎた。さっき健全とかそんな話してたのに、性欲のはけ口にだけはしちゃいけないのに……」

 僕はすぐに二階へ上がり、自室のベッドに顔を埋めた。
 何をしてるんだ。僕は最低じゃないか。色欲に溺れた醜い人間だ。
 でも、夢にまで見た初恋相手とのキスをしそこねたという邪念が僕の中で燃え盛る炎のように渦を巻いて火柱状になっていた。バクバク音を立てる心臓。
 なるほど、これが好きと言う気持ちなんだろう。
 いやただ単純に、欲情しているだけか?

「とにかく……しばらく顔見れないな」

 僕はとりあえず気持ちを鎮めるために小説を読むことにしたが、その小説に書かれているベッドシーンを読んでしまい、ひたすら悶々としながら過ごした。


「……これが思春期の男子ってやつなのか」

 そう言い僕はこの感情をどうすればいいか、インターネット検索をした。
 もちろん、上手な解決策などない。
 さっき百花が言っていたことを思い出す。
 百花は何をしてるのだろうか。部屋で僕と同じく悶々としていたりしたら……それとも誰か他の人に相談していたら……。
 これで悩むであれば、一生叶うことのない恋にして欲しかったな。
 僕はベッドを抜け出して、仏間へと行った。

「母さん……僕はどうすればいい?」

 亡き母の遺影に相談する僕。
 額に入った母は、こちらを見て優しく微笑んでる。
 そして隣にいる百花の父。確か直志ただしさんだ。

「直志さん……娘さんのことが分からなくなってきました」

 そう呟くと同時に襖が開き、百花が姿を見せた。

「同じこと、考えてたか」

「なんと相思相愛なんだろうね。僕らは」

「何相談してたの?」

「君のこと」

 僕はそういうと、仏壇の前を空けた。

「悠人のお母さん、清花さやかさんだっけ?」

「うん。清恵さんの清いって字と、君の花の字で清花だ」

「なんかそう言われると、不思議な気分になる。まるで、何か縁で結ばれたような……」

 二人の名前の一文字ずつが含まれているのは単なる偶然だが、偶然だからこそ何かしらのスピリチュアルな部分を感じ取ってしまう。

「清花さん。悠人君の初恋相手を教えてください。え、私?」

「不謹慎だぞ、そんな冗談」

「神様は残酷よね。最愛の人を奪っておきながら、こんなシチュエーションを与えるって」

「……まあそうだな」

 仏間で神を語るのは少し変かもしれないが、僕は隣に座る百花を見つめてそう言った。

「……ねえ、どう思う?」

「主語を言えよ、何を問われてるのかわからない」

「例えば、私たちが付き合ったとして、お母さん達喜ぶと思う?」

「反対はしないだろうけど、もし別れてしまったらってことを考えないのか?」

「それはそうだけど……別れたら本当に兄妹に戻るだけだし」

「付き合って喧嘩して、大嫌いになったりしたらって僕は考えてしまう。そうすると悲しむのは両親だ。だから、僕は慎重になろうと思ったんだけど……」

 愛は恐ろしいものだ。その魔力に触れただけで幸せな夢しか見なくなる。
 僕はもしかしたら、異性とその愛に触れることが怖いのかもしれない。
 その魔力に魅了されて、ずっとそれを追い求めてしまうことで、自我を喪失してしまうのではないかと、怯えている。
 でも、その魔力でしか満たせないものもある。ただ、それは異性間での愛だけじゃく、家族間の愛でも代用できるはずだ。

「例えばの話ばかりで申し訳ないけど、もしわたしに彼氏ができたらどう思う?」

 どうだろうか、僕はすこし想像した。が、あの時の光景が目に浮かぶ。実際、若作りした父だったが、好きな人がああして自分以外の異性と一緒にいることが、僕は耐えられず、その恋心を奥の方にしまった。
 そう考えれば、僕はそれは嫌だと言う結論になる。

「正直、嫌かもしれない。それは僕の感想として。でも君がそれで心の底から幸せだと言うなら、僕は家族として祝福をするんじゃないかな。まあ三日くらいは拗ねてるだろうけどね」

 僕の返答を聞いた百花は、口を開けて驚いていた。

「予想の斜め上の答えね……どうでもいいとか言われると思ってた。私の想像以上に私のこと好きなのね」

「初恋なめんなよ」

「じゃあ私の初恋もなめないでもらいたいわね」

 僕にそのつもりはないけど……まさかではあるがエレナとずっとお喋りしていたことに、嫉妬でもしているのだろうか。

「まだ今日一日だけだけど、エレナに聞いてみたの。あなたを好きかどうか。そしたらね、私が好きなのわかってるから、それは絶対に邪魔しないだって」

「図星を突かれてああなってたのか」

「そんなに態度に出てたかって思って……」

 仏間に響く笑い声。笑顔の両親も一緒に笑ってるみたいだった。
 僕らはさっきまでが茶番だったかのように、唇を重ねた。

「これでクリスマスぼっちは回避ね」

「正式に付き合うってことでいいのか?」

「……いいんじゃない? ただし、家にいる間はなるべく家族として、兄妹として振る舞いましょう。じゃないと、爛れた関係になりそうで怖い」

「家にいる間ってのは理解できるが、爛れた関係って何を想像してるんだ? 僕が常に発情期だとでも思ってるのか?」

「一線越えると歯止めが効かなくなるでしょ? だから、ちゃんと線を引いておかないと」

 僕らは家では兄妹、外では彼氏彼女の関係になる取り決めをした。つまり、キスをするのもアレをするのも外でしなければならない。まあ、アレをするのは正直まだ早い気がするが……。

「じゃあ、家の中ではお兄ちゃんって呼んでくれ」

「は? それは嫌。妹をわざわざ妹って呼ばないでしょ?」

「……まあそうだな」

 お互いの呼称はこれまで通りとなった。
 僕らは今一度、仏壇に手を合わせた。清恵さんは自分達を恋のキューピットだと言っていたが、この二人だってそうだ。
 不幸中の幸いとも言うが、ある意味その言葉が適しているんじゃあないかと僕は勝手に思っていた。
 だって、本当だったら叶うことのない恋だったかもしれない。
 学校が同じになると言うことはあったかもしれないが、家族であるという括りに入らなければそういう踏み込んだ話をしなかっただろう。

「あ、帰ってきた」

 玄関の開く音に百花は反応した。

「おかえりー」

「あら、二人で出迎えてくれるなんて嬉しいわね」

 清恵さんは買い物袋を両手に持ち、靴を脱いでいた。
 僕はサッとその荷物を持ち台所へと運んだ。

「悠人君って本当、気が利くわよね。結構モテるんじゃない?」

「モテてたらもっと女の子連れ込んでますよ」

「やだ、毎日取っ替え引っ替え?」

「馬鹿なこと言ってないで、冷蔵庫に食材入れましょ」

 僕と清恵さんの間に割って入る百花。
 そして僕は鋭いナイフのような目で百花に睨まれた。

「てか、多いな……お母さんどんだけ買ったのよ」

「だって4人分の食事でしょ? 今までの倍買えばいいかなーって」

「……まあ、余れば別日に使えばいいし、いいと思いますよ」

「やだ、気配りまでできるなんて……」

「もう、お母さんには利行さんがいるでしょ!ベタベタくっつかないで!」

 百花は、僕と清恵さんを引き剥がして膨れていた。

「はいはい……もう、取らないから怒らないでよ」

「ほら、行くよ!」

 百花は僕の手を引き台所から離れ、何故か百花の部屋に引き摺り込まれた。

「あの人……魔性だから」

「は?」

「何というかあざといって言うか、天然でああ言うことするのよ」

 それに対して、僕はどの口が言うと言いかけたが、やめた。

「てか……さっき胸当たってたけど」

「え? ああ……別に気にしてなかったや。しまったなしっかり味わえばよかった」

「……馬鹿じゃないの? それ、浮気だから」

「浮気って……家族のやり取りがそう言われたら、じゃあ僕は父さんと君が仲良くしていたら咎めなければいけなくなるぞ」

 そう言うと百花は僕の傍に寄ってくると腕を掴んだ。

「どう……かな」

 服越しに下着のラインが感じられる。そしてその隙間から柔らかい感触が、上腕に触れている。

「柔らかいな」

「ふーん、素直ね。ま、そっちの方がいいと思う。変に誤魔化すとかはしないでね」

 何故かいっそ押しつけてくる百花にデコピンを食らわせる。

「ぐえっ……」

「イタズラが過ぎるぞ。この!」

 僕は百花の脇腹を擽る。すると、百花は悲鳴を上げてのたうち回る。

「どうしたの!」

 駆け上がってきた清恵さんは僕らを見て固まっていた。

「あー、ええっと……うん。避妊はちゃんとするのよ?」

「ちょ、ちょっと!」

 百花は清恵さんを引き止めた。

「違うから!そんなのじゃないから!」

「お、お母さんはいいと思うわよ。だって、別に法律で禁止されてるわけじゃないし……」

 清恵さんはそのまま一階へ降りて行った。

「どうしよう……」

「なんかごめん……僕が擽ったりしなければ」

 僕は自分の非を認めて謝罪したが、百花は特に反応を見せなかった。

「……兄妹でああやって戯れあうこともあるじゃない? だから別に悠人が悪いわけじゃないよ。勘違いした母さんが悪い」

 百花は座っている僕に手を差し伸べた。僕はそれに握ると百花は手を引き、立ち上がると自然に握手をしている状態になった。

「私から言い出したのにね。家族であろうって。なのに、家族の行為に嫉妬なんかして……本当、意思が弱いっていうか」

「だから君だけのせいじゃない。僕も……何でだろう、何で擽ったりしたんだろうか」

 何となくわかる。恐らく僕は百花が好きだからだ。恋人同士の戯れあい。擽ったりするのはそれではないかと考えたが、僕にはその知識がなかった。

「まあでも、押し倒されててシャツを弄るような状態を見られたら、そう勘違いするか」

「……確かに、分からなくはない。僕が慌てて見にきたりしたらそう勘違いすると思う」

「うん……お母さんが利行さんに擽られてて大きな声出してたら、そっちの想像しちゃうかも……って、なんか私が常にそんなこと考えてるみたいじゃない!」

「自分で掘った墓穴じゃないか。自分で埋めろよ」

 僕は呆れて自室に戻り、窓を開けて外の空気を吸った。
 これからの距離の取り方について、今にも落ちて見えなくなりそうな夕日に相談してた。

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