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情熱の伝わる保証はない

今日もノンフィクションでお届けします。

検温の習慣がある私は、今朝目が覚めて枕元の体温計を手の感覚で見つけた。
起きてまもなくの力の入りづらい手でスイッチを押し、左の脇にはさみ、目を閉じると、また私は眠りに落ちていってしまった。

そこでこんな夢を見た。

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時は遡って自身の中学生時代。
教室に座って先生の話を聞いていた。

その先生というのは、中学生当時、同学年(別クラス)の担任をしていた女性の先生だ。大した思い出があるわけではないが、あまり好きでなかった記憶の方が残っている。

その先生がなんの時間か、教室中を周回していた。

私はその時、机に自分がノートに書いた物語を広げて眺めていた。構想でも練っていたのか、ぼーっとしていたのかは分からない。

先生がそれに興味を示し、「みうさん」と声をかけた。
それまで先生が近くに来ていたことに気がつかなかった私は、驚いて先生の顔を見上げつつ、ノートを手で隠した。

「何書いてるの?随分字がびっしり書いてあったけど」
「いや、ちょっと」
そう言って離れてくれればこんな夢は早く終わったのに、先生はその場を離れない。
「…趣味で、書き物をしていて」
「え、すごい!どんな?内容とかきっかけとか」

私は閉口した。それに対する答えは、自分の分身を主人公にして、多少のフィクションを交えつつもベースは自分の人生とした物語だったからだ。

実際私自身、現実に、中学生の頃にそんな物語を書いていたものである。
noteでの活動名、みうの由来になった『蝸牛』という作品だ。

その先生は再び私がたじろぐのをなんとも思わない様子で、優しい笑みを浮かべながら私を見つめ続けた。

かくかくしかじか、とやむを得ず説明したら、反応は予想通りで、また「すごーい!」とか「かっこいいじゃん!」とか、そんなものだった。

薄っぺらい拍手だなあと思いながら、その内容を口にしたことを後悔した。

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詳しい運びは忘れたが、強制的に(=自分のしたいような方向ではなく)その物語の一節を全校生徒の前で朗読することとなった。経過を忘れてしまったのでとんでもないぶっ飛び展開のように見えるが。

当然朗読などしたことがなかった。音読だって好きではなかった。習い事のピアノも、発表会が本当に嫌いだった。

そんな私の内心を知ってか知らずか、私の朗読スタイルは「幕の下りた薄暗い体育館の舞台上で、一人で読む」になった。

この展開、まさに夢っぽいですね。笑

それで朗読が始まったわけだが、当然幕は下りているから観客は見えなくて、一人で読みたいように読んだ。
朗読というよりも自分で書いたものを、自分が読みたいように読むだけだった。
自分の表現をするためなら、別に立たなくてもなんでもいいと先生方は言った。だから私は鬱屈さを表現するために横になりながらマイクを介してぼそぼそと読んだ。

幕の向こうに観客がいるということを忘れて私は舞台上で自分の文字を読み続けた。

その時読もうと決めていた節の前半が終わると、幕が上がった。
生徒はいたが、その内容と私の読み方に若干引いた様子。

なぜか後半は他の生徒が私と同じ壇上に上がっており、幕の開いた状態で進められた。私は舞台の真ん中の机(朝礼で校長先生が使うようなアレ)に横たわりながら読み進めた。
前半とは比べ物にならないくらい現実的で悲観的な描写がされていたのも気にせず、私は淡々と、かつ感情を込めて読み続けた。

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謎の朗読会が終わり、生徒はちりぢりに教室へ帰っていった。

退場していく他の生徒の様子を幕の上がった壇上からしばらく眺めていたけれど、特に何事もなかったように戻っていくのが遠目でも分かった。

終わった後体育館の隅っこで残っていた女子3人組もいて、そこはたいそう盛り上がっていたようだが、おそらく私の話を受けてのことではないだろう、ということだけは悟った。

このような会を催した先生は舞台袖にいたはずだったが、いつの間にかいなくなっていた。
こんな規模にのし上げたであろう他の先生の姿もなかった。

私は広い体育館の舞台上に、孤独と共に残された。

なんのために自分の人生を晒したのか分からなかった。

気がつけば嫌々引き受けたものも100%、いやそれ以上で表現していた。
その情熱に興味を示したものは誰一人としていなかった。

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そこで目が覚めた。
変な夢だな、と思った。

実際そんな事態に発展したことはなかったけれど、似たようなことはあった。
自分の作ったものや活動が他者によって大きく膨らまされ、いざそれをしようとなったら誰も振り向かないようなあの孤独は、今日の夢が初めてではなかった。

夢のなかから脱した現在では、引き受けなければよかったのにとか、他人の人生に興味なんてもつわけない(しかも同年代・中学生なのだから)とか、色々考えられる。

でも目が覚めた瞬間、私はその切なさからか、確かに一粒の涙を流したのだ。
自分の情熱が届かなかった。そのことがたいそう悲しく感じられて、舞台上で味わった孤独と同種の痛みを、布団の中で味わった。

情熱の届かないこと。
表立っての空っぽの言葉で褒めるくらいなら何もいらないのに、それでばかり飾る人の言葉に踊らされ、ありもしなかった期待ばかりが裏切られて。それを味わうのはいつでも、他でもなく、孤独感に苛まれた自分だった。

無視されること、埋没させられること。
この夢が届けてくれたのは当時の寂しさだったのだと悟った。


そういえばと体を仰向けにすると、体温計は挟まったままだった。画面も消えていたのでもう一度スイッチを入れて履歴を確認した。

36.4度、いたって平熱だった。