美しい妄想【ショートショート】

 何と呼ぶのかは分からないが、公園と商業施設が混在したような施設に、私と家族は買い物に来た。
 私はただ暇で、両親に誘われたからただついてきただけ。元々こういう場所はあまり得意でもないので、すぐに疲れ果てて外にあるベンチに座った。
 空は青かった。人工芝の広場は、朝方降っていた雨のせいで濡れており、遊ぶ子供はひとりもいない。こういう場所でフリスビーやバトミントンをして遊ぶのは、きっと楽しいだろうな、と思った。
 もちろん、遊んでくれる相手なんて、私にはいない。そう思うと、少し切なくなった。

 子供の大きな笑い声が響いて、私はそちらの方を見た。優しそうな母親と、三歳くらいの娘だ。手を繋いで何やら楽しそうにおしゃべりしている。
 反対方向には、腕を組んで楽し気に歩くカップルがいて、お兄さんの方が正面にいる小さな女の子に手を振って「こんにちは!」と大きな声であいさつした。女の子の方は負けじと小さな手を大きくぶんぶん降って「こんにちは!」と黄色い声で叫んだ。
 私は思わず頬が緩んでしまった。この世界は、幸せで満ちていると、そう思った。
 何事もなく二組はすれ違っていった。私は、その日常の景色を見れただけで、深く感動し、少し涙ぐみ、空を眺めた。青い空に雲が浮かんでいる。

 もし子供が出来たら、あの芝生の上で、その子の両脇を抱えて空に掲げたい。そしたらその子は、笑うんだ。きゃっきゃって、幸せそうに笑って、私もつられて笑うんだ。
 そうしていると「あぁ、この瞬間のために、私はずっと生きてきたんだな」と思うのだ。「全ての苦労は、我慢は、この子のためにあったんだ」と思うのだ。「残りの人生の全てをこの子に捧げよう」と思うのだ。
 涙がこぼれてくる。
「お母さん? どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
「悲しいの?」
 どう答えればいいのか分からなかった。自分の今までの、苦しみ、悲しみ、怒り、色んな感情が全て、色を変えて、幸せに変わっていくようで、何と表現すればいいのか分からなかった。
「大丈夫?」
「うん。ごめんね。ありがとう。産まれてきてくれて、ありがとう。大好き」
 そう言って、無理やり抱きしめる。

 目を開ける。私はひとりだ。ハンカチを取り出して、涙を拭く。私には何もない。何もなくていい。私は十分幸せだ。世界は明るい。
 ふふ、と少し笑いがこぼれる。単なる妄想で泣けるんだから、私も変な女だ。

 でもこの美しい幸せが、たとえ幻であったとしても、それを私が望めたという事実だけで、十分なのではないか? 頭の中で思い描けたというだけで、私はもう十二分に幸せなのではないか?
 心はまだ震えている。涙が止まらない。ハンカチで何度も拭い、そのたびにおかしくて笑う。

「○○」
 お父さんが後ろから声をかけてくる。私は落ち着いて立ち上がり「もう帰るの?」と涙声で尋ねた。
「あぁ」
 私はしょっちゅう理由もなく泣くから、心配の言葉をかけられることもなくなった。それでいい。
 人生は、楽しい。生きることは素晴らしい。世界は綺麗だ。私は、この世界を心の底から愛している。

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