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書評 屋上で会いましょう  チョン・セラン   一石二鳥とは、この作品のことだ。エンタメと韓国女流文学が一気に楽しめる。

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表題作 屋上であいましょう が読みたくて読みました。
すごかった。とにかく凄い。その1語に尽きる。
本書は9つの短編からなる。チョン・セランの初短編集です。
著者は、純文学からSFっぽいものまで書ける器用な韓国の女流作家さんです。

韓国社会は日本と比べると「男尊女卑」の思想が強く
家庭内や社会における女性の地位が著しく低い国です。
セクハラ、パワハラは当たり前。
彼女たちは声もあげられない。
何故なら、女性の再就職の難しさが根底にあるからです。

最近、韓国の女流文学が注目されている。
これはもはや活動と言ってもいいだろう。
社会の不平等さとの闘いを彼女たちはやっている。
それが韓国の女流文学の最近の流れだと思います。

本書もその流れを受け継ぐものであり・・・・
吸血鬼が出てきたり、耳が生えてきたり、大食の国と小食の国が戦う寓話があったりとエンタメ的要素が強いのですが・・・。つまり、1冊でエンタメと韓国女流文学的なものを同時に楽しめるというお得な本になっています。

まず、注目したいのは ウェディングドレス44 です。
これはある不人気なドレスを着た44人の人たちのつぶやきを集めた作品です。
その異質な文体に「何これ?」と驚きました。
あとがきにもあります。
こんなのは小説ではないと酷評をいただいたと。

何より私には、書き手が小説だと思って書いたものであれば、それは小説だという確信がある。

この言葉からわかるように、このTwitterの投稿みたいな文字軍には、著者の信念があるということです。
44人の花嫁たちの本音。
これは痛烈だ。
これを読むと女性は結婚なんかしたくなくなると思う。

うなじにタトゥを入れている女性に、結婚式の前に男性は叱ります。
みっともないというのです。
それに対して切り返す女性の一言がいい。

「自分の身体でいちばん好きなところなの。あんたよりも好き」


夫となる男性は、そのタトゥも含めて彼女を愛したはずなのに
会社の上司の目を気にして非難します。
彼女は彼とは結婚したが、彼の会社に帰属したつもりはない。


結婚生活はどうですか?
と聞かれて彼女は・・・

「・・・私の決定は誰も尊重してくれない・・・、自分の人生の所有権が別の誰かにゆだねられてしまっている」

習い事をしたいという彼女に対して

「習うなら料理からだろ」
・・この男とんだ勘違いをしている。共働きをしながらごはんを作っているのは、こっちがサービス精神を発揮しているだけなのに。淡々と反論できればよかったけど、女性には嫌なことが積もりすぎていた。


他にも法事の日、自分は有給を1日使ったのに、夫は早引き。彼女は9時間も準備させられた上、その逢ったこともない夫の祖父の法事の席に参加させてももらえない。

こういう理不尽な男女の関係性をつぶやき方式で羅列しているのですが
これは小説にするよりもパンチ力があり、胃の腑の裏側にまで染みわたってくるのです。


永遠にLサイズ という吸血鬼にされてしまう女性の話しも好きです。
好きだった男性に、やっとのことでアプローチできて
その夜のお相手に選ばれた。
でも、死んでますからできません。
男は命令します。口でやれと。
そこでとった彼女の行動が凄い。男性器を吸血鬼の牙で噛み血を吸いとる。殺す。
このラストは驚きました。「えっ、あんなに好きだったのに、どうして?」
つまり、彼が彼女を女性としてでなく「もの」として
性欲の解決道具として扱ったので、100年の恋も冷めたのでした。
この作品も印象に残った。

そして表題作 屋上で逢いましょう。
これは傑作です。読むしかない作品です。

一流会社に入社した女性だが、そこではパワハラを受けていた。
上司から、3Pしようと言われたりします。
日本やアメリカでは、即アウトです。
彼女は屋上で飛び降りたいと思うまで絶望する。

彼女は髪を男のように短く切った。

・・・大声で叫びたいのに叫べないから、髪を切ったんだと思う。・・・、ほら、あんたらとちっとも変わらないんだから、まともに相手してくれよ。と全力で訴えたの。


でも、事態は何も変わらない。

彼女にも友達が3人いた。会社の女の先輩たち。その三人が次々に結婚して辞めていく。
何で私だけ卑怯だよと思う。
そこで先輩たちが教えてくれるのです。
ある本を見つけて、そこに書かれてある呪文で理想の夫を召喚したと。
彼女は早速やってみる。
その場所が屋上。
だが、出てきたのはバケモン。
家に連れて帰る。それは 絶望を食う化け物だった。

この女性は韓国社会。この世界に絶望していたのです。
その絶望を食べ物にしてバケモノは暮らしていく。
彼女は色んな絶望した人を夫のところに連れて行く。
絶望を吸われた人たちはすっきりする。

でも、こんな バケモノ は現実にはいないので、彼女たちは、その絶望と日々、戦って生きていかなくてはならない。
つまり、この作品って 裏返しで見ると、バケモノを欲するくらいヤバい社会状況に韓国の女性をとりまく環境はなっているという警鐘だと思うのです。

韓国女流文学のパワーが結集している、この作品群は読み応えありでした。

2020 7/28



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