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感想 とんこつQ&A  今村夏子  話しの進行とともに怖くなっていく。間違いなく傑作です。

ダウンロード - 2022-08-02T133634.768

不思議な感覚の短編集でした。
表題作は、間違いなく今村作品の中でも秀逸な作品だと思います。

「嘘の道」は、与田正という天邪鬼な子供がいて
あまりに酷い嘘つきなので、大人まで批判しだし
嘘がなくなっても虐められ続けるという
そのことを虐める側にいる普通の生徒の姉弟の目線で語ります

ある老婆に公民館までの近道を姉弟は教えたが、老婆は迷ってしまい怪我をする。
それが与田君のせいになり、わざと押した。お金を奪ったなどと尾ひれがつく。


「そんなことするの、一人しかいないよね」


この先入観の恐ろしさ。
その与田君はその後に転校してしまう。

そこで残された姉と弟が、退院してきたおばあさんに会わぬようにと
引きこもるようになり、本物の引きこもりになる

それが嘘をついた報いなのか。

お父さんが与田君について、こう言っていたのが印象的だ。

そういう奴は、いつの間にか消えているんだよね。


20年後の同窓会。連絡があり、幹事が当時の姉の親友だったので弟は連絡した。すると、その人の記憶の中から姉の存在が消えていたという話し。

ちよっとゾッととするホラー的なオチでした。

「良夫婦」のという作品。
これは虐められている風の子供にお菓子を与える優しいおばさん。家にサクランボができるので、勝手に庭に入り取ってもいいよと親切心を見せる。
しかし、少年が木から落ち怪我をすると、許可したことを認めず、勝手に子供が盗んだことにする。それを夫が隠蔽に協力するという似たもの夫婦。この女性、過去にも職場で同じようなことをして上司だった夫に助けられている。
善人かと思っていたら、とんでもない偽善者だった。そして、それについて罪の意識もさほどないという恐ろしさ。

「冷たい大根の煮物」は、ある金に汚いと噂さのパートのおばさんと知り合ったバイトの若い女の子。いいスーパーを教えてあげたら、ときどき、彼女の家にやってきて手料理を作ってくれるようになった。最後のシーンで一回だけ料金を払わされる。それで騙されたとなるのか、料理に興味を持てたことは、おばさんのおかげと取るのかで作品の味は変わってきます。僕は、おばさんは彼女のことを娘のように思っていたと思うのですが、最後の最後で本性が出てしまったのかなって・・・。


「とんこつQ&A」は傑作です。とんこつラーメンのない、とんこつという名の店にバイトで採用される今川さん。
彼女は「いらっしゃいませ」も言えない人見知り。
しかし、メモに書いたものを読むことで、どうにか対処する。
彼女はマニュアル。つまり、Q&Aを作ります。それを読むことで対処します。
それは本みたいに分厚いもの。それが完成すると、もう、見なくても自然にセリフが出るようになる。

かなり不思議。
まず、そんな人いないし。
無理設定です。

そんな今川さんを、店の店主と息子は優しく見守り続ける。
死んだ母親の代役みたいになり、彼女はとても幸せ。

そこに第三者。
あたらしいバイトのおばさんが出現する。
大阪弁をしゃべる、その人は無能力者。
す゛っと立っているだけ。指示されないと動けない。
今川さんは店主親子に懇願され、その人用の大阪バージョンのQ&Aを作成
すると、スムーズに仕事ができるようになる。

そのうち、息子がおばさんを母親のように慕いはじめ
店主まで・・・

そこで今川さん
孤立感を覚え嫉妬する。

この微かな歪みがこの作品の魅力。
それが次第に狂気へと発達していき、今川さんは苛つきはじめ彼女をイジメはじめる。

その先に到達したのは、おばさんを店主親子みたいに「おかみさん」とすることだった。
そのため、とんこつQ&Aの家族バージョンを作成し、おばさんに、その通りにさせるのだった。

おばさんも、おばさんで、そのまま受け入れてしまう。
これを擬似家族というのか、何なのか。
今川さんも、スーパーサブとして、その店になくてはならぬ存在になり
とても満足しているみたいなのである。

最初は、挨拶もできないのでメモを読んでいた
それで接客をしていた
そういうちょっとした兆しが
マニュアルを作り、それを他人にも強制するという歪みに成長していき
さらに、おばさんを家族の欠員である母親の役にはめ込んでしまうという
狂気的な状態に。

いや、すごい作品です。構成が素晴らしい。

2022 8 21



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