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書評 星に帰れよ 新胡桃 疾走感のある文章の中に、高校生独特の空気が凝縮してて、すごく切なかった。

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作者は高校二年生らしい。
すごい才能だと思う。
この作品を選んだ文藝の選考委員はお目が高いと思う。

この人の武器は、野武士のように切りつけてくる文章と思考と感情である。
まるで津波のようにいきなりやってきて、絡めとっていく。
気がつくとむさぼりつくように夢中になっていた。

モルヒネというあだ名の少女と、主人公の男の子が夜の公園で出会うシーンがいい
好きな相手に対して告白の練習をしていたら、このモルヒネが生ハム片手に現れて
誕生日だといきなり言うのだった。
かと思ったら、いきなり泣くし・・・意味不明だ。
何で生ハムなのかという理由も楽しい。

「そっちの方が楽しいからだよ。・・・食欲よりも面白さの美徳が勝っちゃったわけだ・・・」


このシーンの大切なところは、価値観だ。
自意識の問題を俎上に上げているのである。


その主人公の男子の好きな早見って女の子が、いきなり彼に告白してくるのだが
名前とか部活とか基本情報が間違ってる。
それで不安になる。
彼女の携帯にGPSのアプリを隠れてインストールして、位置情報をわかるようにした。
すると、毎日のように町に出ているのがわかった。
何をしてんだろうと気になりモルヒネを誘って二人で尾行すると
きもい親父と彼女が合流して、ようするに「パパ活」してたの。
そこで彼はあたふたする。
そんな彼にモルヒネが言った言葉がこれだ。

「あんなに好きだったくせに、許せないとか信じられないとか、ないの」
「ねぇよ、価値観が違うだけだろ」


別れる理由も価値観の違い。
これは無意識の自意識への防衛機能でもある。

最近、浮気の話しをよく耳にするのだが、普通、そんなことを目撃したり聞いたりすると激怒するのだけど、スルーするケースが増えているらしい。それでしばらくしたら、「気持ちが冷めた」とか言って別れるんだ。ようするに自分が傷つきたくない。そういう人が増えている。
だから、メールやLINEで別れ話しになるのである。

彼もそういう思考なんだろうな。
でも、モルヒネからすると夜の公園で必死に告白の練習までしていた好きな女の子なんだから
ここはキレる場面だろうとか思うのだけど、彼はそのまま浮気を見たことも隠して彼女とは別れてしまうんだ。

そして、パパ活してた彼女の方もふられてもあっさりしている。
テストで点数がどうたらと呑気だ。
そんな彼女にモルヒネが吐いた言葉の中に青春期独特の鬱屈した感情が凝縮されていた。

「そんな点数が高くなったとか痩せたとか、ちっちゃい事で、自己満足するような、健やかで馬鹿な人間じゃ、ないんだよ。そもそも産まれた星が違うの。私は、もっと別のものに重きを置いてんの。わかる?」

この中二病的な苛立ちが好きだ。
もしかしたら、モルヒネはあの彼が好きだったのかもしれない。
あの彼と友達の恋を応援していたのかもしれない。
なのに、なのに、なのに・・・・、お前たち二人とも・・・・。
何なんだ、この茶番。

ここから透けて見えてくる「愛って何?」
その別れた理由である「価値観の違いって何?」
この二つの問いかけが、この作品から読者に向かって突き付けられるのだった。
それを突き詰めていくと自意識の問題が出てくる。
自意識の殻の中で生きるか、外に出ていってリアルと戦うのか?
とても面白かった。
別に、優秀賞でなくて受賞作品でも良かった気がする。


2020 10/16
令和2年196冊目の読書
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