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書評 夜の淵をひと廻り 真藤 順丈  純文学のような重厚な文体でミステリーを描いているので、とても腹に響いてくる。

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あの「宝島」で直木賞を受賞した真藤さんの描いたミステリー短編集。
キャラ設定が良すぎる。人を描かせると最強です。
今回は少しホラー系のミステリーです。

主人公のシド巡査は、街の住民全体をストーカーしている男。
仕事熱心というのか、変人というのか。


「ある時期から、度のすぎた詮索狂になってきてなあ。あいつはこの山王子で自分の知らないことがあるのが我慢ならないんだよ」
「ああ、シドか? あれは変態だよ変態。職務質問と巡回連絡が三度の飯より大好きで、地区ごとの世帯数から各戸の家族構成、職歴、趣味、交友関係、嗜好、持病、夕食の献立まで全住民ぶんを知ってなきゃ気がすまないんだ」
 

まるで変態か何かのように評される主人公。
 しかし、そんなシドが難事件を解決していきます。

以下、ネタバレ注意。


無差別殺人事件をシドが解決。
全員が・・・だったことに、シドは気づく。


「保険金は自殺では下りないが」クラマは言葉をつぎ足した。「ゆきずりの殺人鬼に殺されたとなれば下りるというわけか。目撃者や証言者には事欠かないしな」
「通り魔役の渡久地はというと、二人以上を殺せば確実に死刑になります。法の名のもとにきっちりと殺してもらえる」 「それもまた、変則的な・・・か……」

犯人は誰とか、アリバイ崩し・・・、そういう話しではなく
この被害者たちの共通性に注目したのは
シドが街の住民を熟知していたから
このどんでん返しは面白い。

短編の中でも秀作だった「悪の家」。
警察から見て、家とは・・・

私たちにとって個人宅の戸は、その実寸ほどに薄くはない。場合によっては、戦後占領下の境界壁なみに越えがたい障害物にもなる。ときとしてその向こうにあるのは、地球の裏側よりも条理の通じない別世界なのだ。


児童虐待などが発見されないのは、こういう事情がある。
もし、それが1つのマンション全てなら・・・というのが、この話し。


ネタばれ注意

この短編集の中で一番の優れた作品は「新生」
旅の恥はかき捨て とか言いますが・・・

「たぶんこういうことだと思います。・・・・・のはかりしれない殺人衝動は、子供のように無垢で残酷な〝好奇心〟や〝人体への興味〟に裏打ちされている。人間を滅多刺しにしたらどうなるのか、首を絞める感触はどんなものか、実際にバラバラに切断できるのか、人間の心臓はどんな色や模様をしているのか? ある種の人間にとって知識欲を満たすのは最高の快楽ですから。実際に自分でやってみなくては得られない快楽の虜となって、ラモンは日本に来るたびに犯行を重ねてきた。海外でぞんぶんに羽を伸ばして、身も心もリフレッシュして故郷に帰るため、新しい自分に〝新生〟するためにです」

本作はエンタメミステリーですが、純文学のような文体を使用しています。
重厚でのしかかってくるような力強さ。
これが本作の魅力。
見事なキャラ造成と、この重厚な文体でもって
この不可思議なシドの作り出す世界観は作られているのです。

例えば、作中に出てくる不思議な老人について

この老人の囁く言葉は、難破船のように聞く者の深部に沈みこみ、局所麻酔でもほどこしたように良識や理性を麻痺させて、雷鳴のようにとどろきわたる刹那の強度で、数えきれない人生を破滅にいたらしめた。

いい感じでしょ。
とにかく、面白い。
おすすめの作品です。
個人的には、直木賞受賞作品の「宝島」より面白かった。


2022 1 16



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