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谷崎潤一郎『痴人の愛』

一体何を見せられて(読まされて)いるのかと思いながら、見て(読んで)しまった


冒頭の、ややコミカルとも言える自己紹介的な読者へ向ける導入部分がなかったらかなり印象が違っていたと思う

そして度々そのように読み手に語りかけられる部分があることで『わかっちゃいるけどやめられない』な、人間みなそうでしょ?本当はあなたもそうしたいでしょ?見たいんでしょ?と距離を詰められたような感覚になり、2人の濃密な“お菓子の家”での浮世離れした生活を、『ヒャッ』『ゲゲ』『何じゃそら』とか思いつつ”覗き見“するように読み進めてしまう

衝撃のシーン
服装や髪型、男女の違いを表すとあまりに生々しい

衝撃を受けたシーンを描いてみる

上 譲治に馬乗りになるナオミ『これから何でも云うことを聴くか』『うん、聴く』

下 ”大きなベビーさん“を部屋に持ち込んだバスタブで”パパさん“が洗ってあげる

28歳の真面目な男(譲治)が馴染のお店で一目惚れした年若い少女(ナオミ)に物質的な洋服や着物、食事だけでなく習い事など教養も存分に与え、自分好みの女に育てる

2人だけの気ままで贅沢な夢のような暮らしも時には海への旅行やダンスへと外にも向く

その時、譲治の見せびらかしたいほどのナオミという最高傑作であるはずの女も外に出ると思っている姿とは違ってきてしまうこともあるのに、それでもまた、さらに自分だけの宝物としてどんどんどんどん溺れていく

そしてナオミもまた譲治への要求や欲望が増大するばかりではなく美はとまらず飼われているわがままなペットというような表向きの顔を見せておいて、獣のように猛々しく自由になっていく

少女でありながら西洋的な顔の派手さとムチムチの若い肉体は徒然草にも書かれているように─世の人の心(女の色香の威力)にもあるようにきめ細かい肌にむっちりと脂ののった女の色香に仙人が惑わされ神通力を失い空中から落下する─堪らない魅力は彼女の奔放さを増大させるポイントなのだろう

さらにこちらも徒然草─妻といふものこそ(独身礼賛論)では男女ともに結婚によって魅力がなくなるというようなめちゃくちゃにも思えることが書かれているが譲治は既婚男の典型的駄目男になってしまうのに対し、ナオミは求められ大事にされ請われた女でもあり縛られない自由な女(独身女)でもある

この女なしでは生きられないという男と、それを甘んじて受け入れつつ心身ともに半分は自由なまま思い通りに生きる女

ギブ・アンド・テイクという事か

譲治もようやく、人様に出すにはまだまだだな、どころではなく知らない間にその奔放ぶりに世間から笑い者にされていることや裏切られている事を知ってもなお、その遊び相手に助けを求めてまでナオミを取り戻そうとする

もはや依存症である

危険だ、危ない、やめられない、そう思えば思うほどに虜になっていく

それに終わりはない

作者にとっての“忘れがたない貴い記録”であり読者諸君にとって“きっと何かの参考資料となる”とはじまり
甘く濃い、妖しく艶めかしい、少し目を覆いたくなるような濃厚な愛憎の物語を読み切ったところで”馬鹿馬鹿しいと思う人は笑ってください“、”教訓になると思う人は良い見せしめにしてください“と再び語りかける

そして”私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません“

と8年経った自分の気持ちをそう締めくくる

『じゃ、いーんじゃないですか』

の一言に尽きるが、やはり私はこの谷崎潤一郎という人の書く頭の先からつま先まで、何ならその内臓や血さえも女を愛するというふうな濃くて重たい熱量の文章に『怖いもの見たさ』みたいに惹かれてしまう

面白いものを見せて(読ませて)もらった

耽美な色や妖艶さはないものの抑えた表現に色気を感じる夏目漱石『草枕』と、文章こそ堅いイメージだけれど世の中を斜めから見てずっとふざけているかのような飄々とした内田百閒『百鬼園随筆』を今読んでいるところなので、殊の外この色情の濃さや熱量の高さが際立ってしまったのかもしれない

何となくリタイヤしてしまったものもあるが小説なら『細雪』上・中・下、『猫と庄造と二人のおんな』が特に好きで、あとは『陰翳礼讃』が好きという私は、谷崎ファンからしたら邪道な読み方なのかもしれない

そんな私の『痴人の愛』の感想文でした





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