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めいそう日記Ver2~Day334:袴に宿る記憶(前編)


1. 瞑想小咄~袴に宿る記憶(前編)

たまに人から「なんで合気道を始めたんですか?」と聞かれることがある。合気道ではなくとも、趣味を始めたきっかけを聞かれた経験がある人は結構いらっしゃることと思う。

私は大学時代に合気道部に入ったことがきっかけで、合気道を趣味として長く続けることになった。大学卒業後はあまり稽古ができない日々が続いたものの、新卒で入社した会社をやめてアイルランドに行ったときは、地元の合気道クラブに入って、アイルランド人と一緒に稽古をしたものだ。

台湾ではあまり稽古をする環境に恵まれず、日本に帰国してからも仕事が忙しく稽古をすることができなかった。しかし、伊勢に来たことがきっかけで、再び合気道が趣味として復活し、週に1回程度のペースで稽古を続けている。

合気道を始めたきっかけというのは、端的に言えば強くなりたかったからだ。物理的に強くなりたかったというのもあるけれど、精神的に強くなりたかったというのが、無意識的な願いだったのではないかと思う。

高校時代は私の人生の中で最も黒歴史と言えるものだった。多分思春期だからだったのだろうけれども、自分の心の葛藤みたいなものがあって、ものすごく日々ネガティブだったことを覚えている。ただ、その当時の自分も心のどこかで「これではいけない」と思ったのではないだろうか。だから、強くなろうと決めたのだと思う。

大学に入って、いくつか武道系の部活を見てみることにした。とはいえ、すでに経験者が多い武道はなるべく避けたいと思っていたので、空手か合気道にしようと思い、それぞれの部活を見学しにいくことにした。

最初に行ったのが空手。そこでは、男女関係なしにみんなが拳立てをしていた。その光景を見て、「あ、これは無理だな」と直感した。そして、その後で合気道部を見に行って、これならできるかもと思い始めることになったのだ。

合気道で私の心をつかんだもう一つのポイントは、袴をはいていることだった。袴はなぜか昔から私にとって憧れだった。高校時代、袴に憧れて弓道部に入ったものの、途中で音を上げてやめてしまったことがある。しかし、いつか袴をはきたいという願いが心のどこかにあったので、合気道と巡り合えたのは本当に幸運だったと言えるだろう。いろいろな服を着る機会はあるが、個人的に一番自分がかっこいいと思うのは、合気道の合気道の道着を着ている時だと自負している。

合気道と袴は切っても切り離せないものなのだが、長年使っていると当然ながら傷んでしまう。特に、膝はよく破ける。受け身をするときに何度も膝をついたり擦ったりするので、突然びりっと膝が破けることがある。

大学時代に初めて袴を買って、それを愛用していたのだが、学生時代のうちに少なくとも1回は買い換えているはずだ。膝が破れて使い物にならなくなってしまったから。すでに手元にはないけれど、汗と涙と青春がぎゅっと詰まった袴だった。

後編へ続く。

2. 今日の瞑想~2024.7.11 Thu 6:15~(15min)

殺人的な暑さが鳴りを潜めて、昨晩は久しぶりにクーラーなしで寝ることができた。さて、瞑想しよう。

今日の瞑想音後はこれ。

初めのうちは雑念ばかり。しかし、終盤になると雑念が減って、心のうちは穏やかになっていった。穏やかになると、心と体が解放されたような心地だった。


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