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音楽は「生」こそ全て?ー大フィルの無観客上演を鑑賞して

大阪フィルハーモニー交響楽団が3月19日、20日に行うはずであった、第536回定期演奏会。
新型コロナウイルスの影響で無観客上演になったものの、ライブ配信が行われた。

残念ながら私はリアルタイムで聴くことはできなかったけれど、嬉しいことに3月27日にアーカイブ映像が公開されたので、喜んで鑑賞した。


これを機にライブ配信をするオーケストラも増えてきて、同時に「生じゃないからこそ」のメリットについて語られる機会も多くなった。

・さまざまな理由で劇場に実際に足を運べない人が公演に触れられる。
・好きな格好で、好きなことをしながら気楽に鑑賞できる。
・ツイッターなどのSNSを通じて、情報や感想を共有しながら鑑賞できる。


生演奏は、その場にいることで他者と共有できる振動や喜び、みたいな楽しみがあると思う。でも音楽を聴くのに「生しかダメ」なんてことはないし、映像配信にしかない新たな良さがこれから見出されていくんじゃないかな、と。
それくらい映像配信を楽しんだので、自分なりのエンジョイポイントを感想がてら書き留めておく。


舞台にいる「遠い人」の素顔
このライブ配信の良さは、指揮者・井上道義さんのキャラクターが前面的に出ている点だと思う。それは音楽的に、だけではなく、プレトークや休憩時間に挟まれる彼のトークによるもの。
作品の魅力を語ることはもちろん、舞台の裏側や楽屋で撮影されて「フェスティバルホールマル秘話」的なものが明かされていたことは興味深かった。(関係者しか入れない舞台の裏側には、フェスティバルホールの舞台になったマエストロの写真がズラーーーっと飾られているそう)
作品が変わるときの転換のときにも、「次の曲はこんな規模で、演奏者は何人で…」と話されていた。
まるで井上道義リポーターの取材による、演奏会ドキュメンタリーのようだった。

普段は舞台上にいる「遠いスター」が、こんなふうにワーッと話してくれると、聴いている者に新鮮な印象を与える。
「この人、こんなふうに喋るのか!」とか、「こんな裏側まで喋っちゃうんだ」みたいなお得感。

これは生で聴きに行ったとしても、得られない楽しみだ。
他の公演で、別の指揮者や演奏者のバージョンのものも見てみたい。
こういうトークや取材によって得られる先入観は、作品を聴く上で新たな楽しみとして付加されると思う。


演奏者の「顔」が見えた
コンサートホールは、舞台と客席が遠い。もちろん演奏者の小さな顔は見えない。
席の場所にもよるが、オーケストラ全体のシルエットしか認識できない、という場合も多い。音による芸術とはいえ、欲張りならやっぱり視覚的な情報もほしいところ。

だけど映像配信だと、カメラが近距離で演奏者の顔を映してくれている。
楽器を弾いて(吹いて)いる人の顔は、絶対必要な情報ではないかもしれないけれど、「こんな真剣な顔して楽器弾いてるんだ!」「この人、楽そうに吹くんだな(楽なはずはない)」という意外な発見ができるのは、長い演奏を退屈に感じる人へのオマケ感にもなり、とても楽しい。
ちなみに吹奏楽やオーケストラを学んでいる学生にとっては、プロの演奏家の演奏する姿勢、弾き方、吹き方を映像で観察することで、学習になるだろう。


聴き手の目線に合ったカメラワーク
休憩時に井上マエストロが、「カメラ割りが上手くないけど、その辺は温かくみてあげてください。全くやったことない、初めての人たちです」と話していた。が、私はそれでも十分だと感じた。
テレビ番組並みの素晴らしいプロフェッショナルな編集やカメラワークは、言うまでもなく素晴らしいだろう。でも、普段見れないコンサートの裏側、指揮者の素顔、演奏会の様子。それらを親しみやすく鑑賞するのに、ぴったりな目線の高さだった。テレビ番組みたいだと、本当に「遠い世界」のように感じられていたかもしれない。


ちなみに

井上さんによるいわゆる「裏側レポート」は、メトロポリタン歌劇場による「METライブビューイング」に似ていると思った。

実際に上演された演目が、映画館で映像として上映されるため、日本でもMETのオペラを楽しむことができるもの。

この映像の司会者の立ち位置の女性が、オペラの幕間に出演している歌手、演出家、スタッフなどへのインタビューをしている。
マエストロの様子を見ながら、思わずこのライブビューイングを思い出した。
もっとこんな形式の映像配信、増えたらおもしろそう。

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生演奏で得られる感動こそ、音楽の醍醐味。
だけど映像にしかできない付加価値さえあれば、新しい演奏会の形と楽しみ方が生み出されるのだろうと、改めて実感した。

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