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「音楽療法で食べていけるのか」という疑問と不安

執筆者:細江弥生     2022年3月執筆
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2つの曖昧な言葉に注意

「音楽療法だけで食べていけるのか?」「音楽療法で食べていけるか不安」といったコメントやご質問が度々上がります。その多くが「不安」と紐づけられているようで、そこに私も共感すると同時に、このような質問に回答することに難しさと違和感を抱くことがあります。その原因は、これらの発言に含まれる「音楽療法」「食べていく」という2つの曖昧な言葉の存在ゆえと考えています。

音楽療法の範囲は?

まず、音楽療法の範囲は大変広く、対象者、働く現場、雇用形態は様々です。例えば、治療的な事のみを音楽療法と呼ぶ人もいれば、レクリエーションや音楽活動全てを音楽療法と呼ぶ人もいます。また、私の場合は、臨床だけを音楽療法士の仕事と捉えず、臨床以外の講義、研究、啓蒙、商品開発、地域活動、教育、人材育成も「音楽療法士としての仕事」と捉えています。このように「音楽療法」をどのような範囲で仕事として考えているかで、「食べていけるツールとしての音楽療法」の定義は人によって全く異なるものになります。

「食べていく」とは?

次に「食べていく」という言葉です。この表現は「食い扶持(ぶち)」からきており、江戸時代に主君から家臣へ給与としてお米を与えられた制度に由来しているそうです。つまり、生活を営むお金を稼ぐ事が「食べていく」事とほとんどの人が捉えていると思いますが、この「生活を営む」という表現にも大きな個人差があります。

例えば、実家暮らしで親のサポートがある新卒の人が「食べていけるか」という不安と、一家の大黒柱として働く人が「家族全員を食べさせていけるか」という不安は意味合いが違っていると考えられます。

ライフスタイルや働き方は多様化しているので、「安定した生活は自分で作る」という人もいれば、「常勤の正規職員になることが安定した人生への道」と考える人もいるでしょう。また、「安定は求めていない」という人もいるかもしれません。ですので、「音楽療法で食べていけますか?」という質問をされた時に、一言では答えられないのです。

音楽療法を仕事としてやっていくために必要な心構え

私自身のことだけ捉えて言えば、「はい、食べていけますよ」と言えるのですが、「食べていける」=「音楽療法の臨床で毎日スケジュールが埋まっている」わけではありません。また、「常勤・正規職員という名称・立場で音楽療法の臨床家として働く事が、安定して食べていけるということ」と考えている人であれば、私が「フリーランス音楽療法士として食べていけますよ」と話しても、納得されない場合もあると思います。


細江の働き方については、以下の記事が日本音楽療法学会誌に掲載されています。「音楽療法をライフワークに〜理念確率の大切さ〜」
日本音楽療法学会誌 Vol.20 No.1 2020 

https://www.jmta.jp/cms/wp-content/uploads/2020/08/c6cef2d7080928c2604d93b5f3a04b40.pdf


不安の原因や度合いには大変大きな個人差があり、どんな職業についていても、不安が完全になくなることはないと考えています。しかし、音楽療法を仕事としてやっていきたいのであれば、自身の不安の原因や度合いを探り、自分なりの対処方法を持って付き合っていくしかないと考えています。

対処方法には色々あると思いますが、私が行なったものをいくつかご紹介しますと、

  • 音楽療法士としてどのように働きたいかを具体化し実行する

  • 自分がどのような暮らしや人生設計をしていきたいかを具体化する

  • 家計管理とリスク管理能力をつける

  • 不安要素について掘り下げ、コントロールできる・できないものに分け、コントロールできる事柄には対処方法を考え実行する

などが挙げられます。

このような作業をしたからといって、私自身の不安が完全になくなったわけではありません。しかし、不安が私の心のバランスを崩すような悪影響は今のところ見当たりません。

安易なものに飛びつかず、事実を確かめる癖づけを

ポジティブなイメージを連想させる特定の言葉は、商品を売る時などのマーケティング戦略としてよく使われます。その商品を買っただけで、キーワードとして使われている言葉の状態に自分がなれると錯覚を起こさせるのです。その反対も有り得るわけで、特定の言葉が持つ悪いイメージにより不安を増長させる事もあります。

例えば、「音楽療法士の給料は安く、ボランティアの部分が大きい」と、誰かに言われたとします。この時、事実を調べず不安感だけを先走らせて「音楽療法士=食べていけない職業」と結論づけてしまえば、その思い込みゆえに満足いく給料を得る可能性を模索することなく、チャンスを逃してしまうことにつながるかもしれません。

「音楽療法で食べていけるか」という表現だけでなく、例えば、他者から発信される「〇〇が音楽療法での常識だ」と、一見明確に見えるような言葉にも、実は曖昧な表現がゆえに私達の心をネガティブな方向に向かせているものがあるかもしれません。「音楽療法では〇〇よ」という断定的な意見にもし疑問や不安感を抱いたら、漠然と不安を募らせるのではなく、「事実」をしっかり調べる作業が大切であると痛感しています。

*確かな情報を集め、その情報を正しく読み取るスキルについては、こちらの記事「情報リテラシーとクリティカル・シンキングの基礎〜良質の情報に巡り合う方法〜」(有料)がお勧めですです。

音楽療法かけはしの会
執筆者:細江弥生
編集校正:小沼愛子

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