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第345回/カートリッジの使い分け術・補遺[炭山アキラ]

 音元出版「アナログ」誌の今出ている号、Vol.78で「カートリッジの使い分け術」という特集が組まれている。石田善之氏、石原俊氏、市川二朗氏、小原由夫氏、角田郁雄氏というそうそうたる面々に加えて、私も執筆陣に参加させてもらった。各氏それぞれに5本のカートリッジへの愛着と使い分けのコツなどを開陳されているのが、実に楽しいページだと感じる。

 そんな中で私も5本のカートリッジそれぞれのキャラクターと似つかわしい音楽などについて述べたが、あの原稿、実は何度か書き直しを編集子に命ぜられた末の産物である。それがなぜかというと、単に私が企画の意図を正しく理解していなかったというに過ぎないのだが、それでも書き直し前の原稿は個人的にはアナログファン、なかんずく入門者に有用な内容を含めていたと考えている。それで今回は、前回に続きアナログネタで申し訳ないが、ボツ原稿の中身を大幅増量してお届けしようと考えた次第だ。

 ところで、なぜ私の原稿が編集子のお眼鏡にかなわなかったのかというと、先方としては「カートリッジを交換して音のバリエーションを味わうアナログの楽しみ」について特集したのが、私の原稿には明らかな異物が紛れ込み、本来の意図と離れてしまったからである。

 私の挙げた5本のカートリッジは、本文の冒頭にもほんの僅かに触れているが、本来はプレーヤーやアーム、フォノイコをテストするための道具という要素が大きいものだ。本当にアナログのテストでは日常的に持ち歩いている5本なのである。

 しかしまぁ、他の先生方に対してわがリファレンス5本の廉価なることよ。10万円を超えているのはSPU1本だけだし、これとて最初は針交換済みの中古品を4万円で買い、針交換しながら使い続けているというに過ぎない。私は「業界安い方担当」を自任しているし、私個人はこれで十分アナログが楽しめているから問題ないのだが、よく雑誌が取り上げてくれたと、これは本当に感謝している。

 5本の音質や音楽的な相性は誌面をご覧いただくとして、それぞれのカートリッジがどんなテストに使われているか、それを解説していくこととしよう。

 まずはオーディオテクニカAT33PTG/IIだが、これはわが絶対レファレンスだけに、プレーヤーであろうがアームであろうがフォノイコであろうが、まず最初に聴くのがこのカートリッジだ。今時税込みで8万円もしない製品だから、少なくともオーディオ・ジャーナリズムに属する人間としては最も廉価な"基準"であろう。「お前はそれでいいのか」と問われれば、「ええ」と答えるしかない。

何度かこのコラムにも登場したわが絶対リファレンス、オーディオテクニカAT33PTG/II。
もう10年以上の付き合いとなるが音質は一切衰えず、針交換もまだ必要ない。
マイクロリニア針は本当に長寿命だなと改めて感心する。

 以前も当欄で書いたろうか。私とAT33シリーズとの付き合いはもう35年を超えた。最初に買ったテクニカのMCはAT27Eという廉価品で、秋葉原の第一家電で1万円もしなかったように記憶している。大学へ入ったばかりの頃だ。貧乏学生だったがそれでも長岡派の読者がほとんど持っていたAT33Eに憧れ憧れつつ27Eを使い続け、金が貯まって買いに行ったのは確か2年も過ぎた頃だった。

私が初めて購入したMCカートリッジが、思えばこのAT27Eだった。
33に比べればショボくれたものだが、
それでもそれまでメインで使っていた安物MM型とは比較にならない情報量と音場の広さ、
音像の実体感があって感激したものだ。

 やや多めのバイト代を握りしめていたこともあり、ちょうど新製品が出たばかりだったということもあって、結局買ったのは後継機種のAT33MLだが、個人的にはこれでよかったと思う。AT33Eよりも明らかに音の骨格がしっかりした感じで、当時3万円少々だったこと思えば大した解像度と品位を持っていたように思う。いや、今聴いても実際そう悪くないのだ。

わが33の原点はこちらAT33MLである。
発売当初に買ったものだから巻き線はLC-OFCで、
確か購入の翌年か翌々年にはPCOCC線へ変更されたのではなかったか。
一度両者を聴き比べてみたいものだ。

 AT33MLから同PTGにリファレンスを交代させたのは、確か1999年頃だったと記憶する。当時私はまだ一介の雑誌編集者だったが、そろそろライターとしての仕事も細々と始めており、カートリッジの聴き比べページで当時の最新機種AT33PTGの骨太さとパワー、解像度と音場の広さに感銘を受け、今後ライターとして進むに当たり最適のリファレンスとなり得る逸品だと狙いを定め、導入した次第だ。

私がライターとして基礎を固めるための基準となってくれたのがAT33PTGだった。
今でもこの骨太でパワフルなサウンドは、たまに引っ張り出すと感激するものがある。
マークIIとかなり表現の方向性が違うのだ。

 AT33PTG/IIとの出合いは2010年。下っ端ながらライターとしてはそこそこ仕事ももらえるようになり、オーディオテクニカの広報担当者とも知己を得ており、登場してすぐに聴かせてもらっていたし、そのままリファレンス交代という自然な流れとなった。

 といった次第でわが人生と33とは一体不可分となっており、まずこれですべてのアナログ機器を聴くというのが最も自然な営為となっている次第だ。皆さんにもこのような"生涯の友"というべき機材がおありだろうか。

デノンDL-103との付き合いも随分長くなった。
スタイラスのみの交換でもう34年も使っているのだから、ご長寿なものである。
音は一層コクを増し、パワフルかつ実直に活躍してくれている。

 MC型にはあと2本のリファレンス・カートリッジがある。デノンDL-103とオルトフォンSPUクラシックGIIだ。この2本をどう使っているかというと、DL-103は内部抵抗40Ωのハイインピーダンス型、SPUは2Ωのローインピーダンス・タイプであるところがポイントだ。即ち、フォノイコのMC High/Lowモードの切り替え時に音がどう変化するかしないかを、この2製品で確かめるということとなる。

写真は市販のSPUそのものだが、
ご存じの通り私はGシェルを脱ぎ去った"ネイキッド"スタイルにしている。
ちなみに、日本ではSPUロイヤルのみだが、
海外ではクラシックIIもネイキッド・タイプが市販されている。
オルトフォン・ジャパンも発売してくれないものか。

 こういう場合、カートリッジを交換したことで音が変わったのか、機材側のポジション変更で音が変わったのかを、しっかりと判別せねばならない。この2本は33に次ぐ長さで人生をともにしてきた製品だから、その点では心配ない。この2本についての思い出話と使いこなしに関しては第252回で詳述しているので、よろしかったらお時間がある時にでもご参照いただけると幸いだ。

わが手元に一番最近加わったリファレンスがこのVM740MLだ。
とはいっても試聴や実験で何度も用いているから、気心は知れている。
それでもエージングは進めねばならないし、もっと奥まで知っておかなければならないので、
ただいまわが家のプレーヤーに常駐しているのは本機である。

 一方MMのリファレンスは2本あって、オーディオテクニカVM740MLとシュアV15タイプIIIである。この2本をどういう風に使い分けているかというと、フォノイコの容量調整機構を試すためだ。最近は装備されている製品が少なくなってしまったが、本来MMカートリッジは負荷容量を調整してやらないと本領を発揮させることが難しい。テクニカの負荷容量は100~200pF、シュアは400~500pFと違いが大きく、前者を低容量、後者を高容量の代表として用いている、というわけだ。

シュアV15タイプIIIはローマス・ハイコンと高容量のリファレンスであるとともに、
やっぱりポップスが無類に楽しいカートリッジという位置づけだ。
国内でも膨大な数が売れただけに、中古価格が安定しているのが本当にありがたい。
交換針が入手しやすいのもこうやって道具として使う場合に大切なことだ。

 なお、この両者は手元にきてまだ日が浅く、といってもV15IIIはもうずいぶん使ってほぼ自家薬籠中の物となっているが、VM740MLはまだまだこれからという印象が強い。これにも理由があって、今次特集で手持ちの5本を晒す段になり、それまで長く使ったAT150Saがもうとうに生産完了なので、テクニカに無理をいってVM740MLを1本都合してもらったという次第だ。V15だけは他をもって代え難いので大昔の製品を使っているが、本来はできるだけ現行品を使っていたいのである。33をアップデートし続けるのも、それが理由だ。

 というわけで、VM740MLはただいまガンガン使って身に馴染ませているところである。まぁそれまでもいろいろなテストで使っていたから素性はほぼ分かっているが、やはり使い続けているといろいろな発見があって面白いものだ。交換針のみの交換でいろいろキャラ変ができるカートリッジでもあり、そのうち無垢楕円針のVMN30ENも手配してみようかと考えている。

テクニカVMシリーズの交換針VMN30EN。
無垢楕円針を持つ個体である。商品としては発売されていないが、
700シリーズの金属ハウジングにこの無垢楕円針を取り付けた時のバランスの良さ、
聴きやすさは一流だと思う。

 ちなみにアナログ誌の私のページで表示されているVM740MLは、交換針が正しく装着されていない。音元出版ほどの社としては珍しい事故ではあるが、まぁ次からしっかり確認してほしいものである。

 以上、フォノイコのMCとMMの調整機構に関してわがリファレンス・カートリッジの使い方を述べたが、テスト項目はまだある。アームをテストする際のカートリッジだ。V15IIIは典型的なローマス/ハイコンプライアンス型で、1gの軽針圧で楽々トレースする。一方SPUはこちらも典型的なハイマス/ローコン型といってよく、4gという針圧をかけねばならない。わが手持ちの2本がその対照的な典型となるわけだ。

 それにしても、世の中からローマス/ハイコンはものの見事に消滅したな、という感慨が拭えない。私がオーディオへ深入りし始めた1980年代初頭はまさにローマス/ハイコンの全盛期で、振動系の実効質量をどれほど軽くするかに各社血道を挙げていた。その結果がどうだったかというと、大半の社では音はきれいだが骨格が定まらず、ハイスピードに散乱する音像や残響に実体感が伴わない、そんな音になってしまったように感じている。

 そんな中でシュアやピカリング、エンパイアなどの米国メーカー、そしてオルトフォンのVMSシリーズなどが比較的しっかりとした骨格を提示してくれたように感じていたが、それらも歴史の彼方へ去ってしまった。個人的に最後まで使っていたのはテクニカAT150MLX(適正針圧:1.25g)だったが、本機が生産完了になった時、現行品で代替できるものがなくなってしまい天を仰いだ。V15IIIを慌ててヤフオクで落として使い始めたのはそれからである。

オルトフォンがアナログ全盛期に発売していた
VMS(バリアブル・マグネティック・シャント)発電方式のカートリッジで、
私が使ったことがあるのはこのVMS20E MKIIだ。
ローマス/ハイコンなのに結構艶やかに伸びる音だったように記憶している。
程度のいい中古品があったら、もう一度使ってみたいカートリッジだ。

 まぁ以上のようなことをごくごく簡略化して書いたのだが、「もっと音の違いでどう楽しめるかという方向で書いて下さい」と注文がつき、幾度かのリテイクが重なったという次第である。いやなに、書き直しを求めた編集子に遺恨があるわけではない。意図を汲み取れなかった筆者側の問題というに尽きる。

 しかし、それにしても私はオーディオオタクというよりオーディオ"実験"オタクなのだな、という気がひしひしとする。まぁこれもオーディオ道楽の一つと、笑ってお見逃しいただけると幸いである。

(2023年2月10日更新) 第342回に戻る


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。


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