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第319回/モノラル専用フォノイコで、さらなるモノラルの深みにはまってしまった1月[田中伊佐資]

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●1月×日/YouTube「やっぱオーディオ無茶おもろい」の収録で横浜の「オーロラサウンド」を訪問。

 唐木シノブ代表とは、ばったりどこかで出会ったりすると、オーディオよりも「最近聴いたものはあれがよかった」みたいなレコード話で盛り上がる。お互い好き者であるのは間違いない。

 テキサス・インスツルメンツ出身のバリバリのエリート・エンジニアなのに、ブルースバーで看板までチビチビやってるギター好きのオッサンっぽい風情が唐木さんにはあり、話をしていても何かにつけて気楽でいい。

 オーロラサウンドの製品は、パーツの精度や回路にはむちゃくちゃこだわるけれど、最終的には音楽を聴いた瞬間に「これやっ」と突き刺さってくるような勢いやインパクトを大事にしているようだ。このあたりは僕の聴き方と通じる部分がある。

オーロラサウンド試聴室の機材。最上段はモノラル専用フォノイコEQ-100、
中段がプリアンプのPREDA-III Classic、下段が最上位フォノイコライザーVIDA Supreme

 だいたいこの動画収録で、視聴者に最も注目される1曲目にT-ボーン・ウォーカーの68年作『ストーミー・マンデイ・ブルース』をぶちかましてくるところがいい。

 多くのオーディオ・ファンに受けるようにと、たとえばダイアナ・クラールの優秀録音盤をフワッとかけて気を引こうといった打算めいたことがまったくない。

 そういう音楽中心の唐木さんなので、ここ数年でモノラルのレコードやSP盤に向かって行くのは当然の成り行きだった。プロのブルースギタリスト目線で、50年代以前のブルースを「宝の山ですよ」と掘っている。

 そんなことで自分が聴くためといったモチベーションも大いにあるだろうけど、このほどモノラル専用フォノイコライザーEQ-100を作った。

 僕はオーディオフェアかなにかで出展してある写真をネットで見て、いい風貌だなあと思って気になっていたところだった。試聴室に置いてある現物も期待通りのいい面構えだ。

 イコライジング・カーブを自在に変えられることが最大の売りで、その数値を表示するデザインがいい。極端にヨイショするなら、ヴィンテージのクロノグラフっぽい感じもある。

 試聴室での再生音は、近くYouTube公開されるだろうからここであれこれ説明するのはよしておくが、取りも直さずEQ-100を自宅で聴いてみたいと思った。

 僕は3年前にモノラルシステムを作って50~60年代のジャズやブルースを聴いているのだが、プリアンプとして使っているAmpex350にはカーブの調節機能がない。

筆者宅でAmpex350の真空管に興味をよせるオーロラサウンド代表の唐木シノブさん

 これはオープンリール・テープテープ録音機のアンプ部にフォノイコライザーを組み込んだいわば改造品なので、そこまでは追い込んでいないわけだ。

 Ampexは高音、低音(バス)と高音(トレブル)のコントロールができて、それは好みの再生音にするのにはこの上なく役立っているが、カーブの変更とはまたニュアンスがだいぶ違う。

 そんなことでYouTubeの収録が終わり、EQ-100を貸してもらえませんかとお願いしようと思っていた矢先、僕の舌舐めずりの音が聞こえたかのように唐木さんがブツを持って遊びに来てくれた。

EQ-100をヴォリューム付きのパワーアンプに直結

 さっそく繋いでみようかと思ったところ、僕の初歩的な認識不足が発覚。フォノイコの出力がRCAケーブルに対して、プリアンプのAUX入力はXLRのみ。RCA端子もあるのだが、これはフォノ端子しかない。AUXはこれまで一度も使ったことがなく、なんとなくいけるような気分になっていた。

 さすがに唐木さんはその対応が早かった。

「パワーアンプ(RCA社model MI-12180)にヴォリュームが付いていますよね。だったらフォノイコをダイレクトに入れてみましょう」

 普通だったら、蚊の鳴くような音しか出ないはずだが、僕の使っているピカリングのモノカートリッジは出力が30mVとかなり高く(GEバリレラの倍以上)普通にいい感じで音が出た。

 最初にかけたのはアート・ペッパーの『The Return of Art Pepper』のJazz West初回盤。ジャケが裂けていてテープで補修してあり、7、8年前に8000円くらいだった。こんなボロジャケでもいまは随分と高くなっているようだ。というか、物がそもそもない感じがする。レコードの復権も善し悪しではある。

1956年にキャピトル・スタジオで録音された『The Return of Art Pepper』

 買った当初、この音が実に薄っぺら浅く、オリジナル盤でこれかよとがっかりした。

 RIAAカーブで聴くと、AmpexプリアンプとEQ-100ダイレクトの違いはあるにせよ、やっぱり腰の据わった中低域がこっちに来ない。

 さっそくEQ-100のターンオーバー(低域)を調節するとベースがズンズンと出てきた。少々やり過ぎてしてヌケが悪くなったところでロールオフ(高域)を動かしてキレを出していく。

 ちょいちょい動かしていくと、おおこれだこれだと頷けるツヤツヤしたサックスやトランペットが出てきた。

 僕の興味としてはJazz Westのイコライジング・カーブがRIAAではないとしたら、果たしてそれはNABなのかAESなのか、正しいカーブを究明しそれに合わせて聴きたいといったことではない。

 極端にいえば、聴いて気持ちよければなんだっていい。音の好みと再生装置の関連性のなかで、そこにうまくハマるカーブが欲しいのだ。

 それからの時間はジャズやブルースのモノ盤を唐木さんと聴き、楽しい時間を過ごした。帰り際に「よろしかったらもう少しお貸しできますよ」と言われ、そのご厚意に甘えることにした。やはりプリアンプを通した音を聴きたいのだ。

 RCA→XLRの変換ケーブルを作るのは面倒くさいなあと思っていたら、なんてことはない、変換プラグをかますという手があった。介在物はよろしくないけど、音の感じをつかむだけなら問題ない。

 アトランティックの10インチ盤、シルヴィア・シムズの『Songs By Sylvia Syms』も、シルヴィアの声がスカスカでいまいち音は納得していない盤だ。

1952年の『Songs By Sylvia Syms』は情感あふれるバラードナンバーが聴きどころ。
カバー・アートはバート・ゴールドブラット

 まずこれをかけてみると、プリアンプが入ると俄然押し出しがよくなり、密度も高くなることを確認。プリのバスは4時くらいの強めにかけ、トレブルは12時くらいに定める。

 さらに身体全体で歌っているようなボディ感が出るように、これまたカーブをいじっていく。高域はRIAAだが、低音を少し強めたあたりが落としどころのように思えた。買ったときに聴いた印象とまるっきり違うふくよかで生々しい声が堪能できた。

 こうなると楽しくなって、ターンテーブルに載せるモノ盤は、次から次へ取っ替え引っ替え状態になってくる。

 カーブの話ばかりしていたけど、そもそものフォノイコライザーの実力が高い。モノラル初期プレス盤特有の厚いミッドレンジがとてもおいしい。60年以上前の録音だろうと極めて明晰だし、リスナーに向かって飛び出してくる立体的な音のカタマリはひどく心に響く。まあ、モノラル・レコードの偉大な音を実直に引き出しているともいうことではあるのだが。

 さらに一皮剥けたモノ盤の音を堪能していると、もはや元に戻れない気持ちになった。これはもうこのフォノイコを買うしかない。そう腹をくくった。


(2022年2月21日更新)   第318回に戻る 

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田中伊佐資(たなか いさし)

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東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。

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