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第318回/いつの間にか堆積した"過剰"を考える[炭山アキラ]

 このところ、少しばかり「身の丈に合ったオーディオ」とは何かについて、考えを致すことが多くなった。

 このところ、業界内でもスピーカーを小型のものへ買い替える諸先輩方が増えてきたな、という印象がある。最も驚いたのは、小林貢氏が巨大なレイオーディオRM-7Vから6.5インチ2ウェイ・ブックシェルフのモニターオーディオPL100へ交換されてしまったことだった。いろいろレストア並びに実験中のオープンデッキを設置するスペースを稼ぐためだということだが、そこまで思い切られるからにはさまざまなご決意もあったことと推察する。

小林貢氏が長年にわたって使用されていたレイオーディオRM-7V。伝説のエンジニア木下正三氏が巨大なスタジオ向けに設計されたラージ・モニターである。これを一般家庭でお使いになっていたのだから小林氏の情熱も凄いが、これを譲り受けた無線と実験誌の桂川さんにも敬服のほかない。

 また、当コラムでおなじみの鈴木裕さんも、米アヴァロンの28cm3ウェイ・フロア型スピーカー・アイドロンから伊ソナス・ファベールの18cm2ウェイ・ブックシェルフ型エレクタ・アマトールIIIへ更新されてしまったのには衝撃が走った。もっとも、当コラムでお書きになっていた通り、あのリファレンス交替は純粋にエレクタ・アマトールIIIへ心臓を撃ち抜かれてしまったからだそうだから、ダウンサイジングを意図されてのことではないようだが。

小林氏が新たに迎え入れられた英モニターオーディオ・プラチナム・シリーズのブックシェルフ型PL100。昨今のブックシェルフ型の中ではかなり大きい方ともいえるが、
それでもRM-7Vの何十分の一だろうか。

 古くは故・長岡鉄男氏も、母屋のオーディオは8畳間に20cm×2発のバックロードホーン(BH)だったのが、1987年に新築された48畳ワンルーム、天井高5mという巨大なシアタールーム「方舟」では、20cm×1発の共鳴管に縮小されてしまった。それで音量は全然問題なかったし、何より「俺、あんまり大きなスピーカーが視界へ入るのが好きじゃないんだよ」とご本人がおっしゃっていたから、これは明らかにダウンサイジングが目的だ。

 翻って小生はというと、20cmフルレンジ×1発がメイン・リファレンスだから方舟と同じではあるのだが、幅300mm、奥行き386mmと至ってスリムな「ネッシーIII」に対し、わが「ハシビロコウ」は幅540mm、奥行き560mm、高さ1.2m超という途方もない大きさのBHを背負い、ホールで300人を相手に絶叫を聴かせることが可能な怪物である。それを17畳のリビングで飼っているのだから、まぁこれほど過剰なスピーカーもそうはないだろう。あ、6畳ほどの防音室でパラゴンを愛用しておられる、温故知新オーディオ歴史館でおなじみの生島昇さんがおられるか。

 知人に十数畳の部屋へ38cmウーファー×4発(片chでだ!)のスピーカーを入れて、四苦八苦されている人がいる。個人的には「回り道するのも趣味」と考えているから、いくら一足飛びの正解が分かっているからといって、それを諫めて「もっと小さなスピーカーになさい」とアドバイスすることはしたくない。実もフタもない言い方をすれば、自動車なんかと違ってオーディオは何をやってもまず人死にが出ることはない、という安心感があることもある。

鈴木裕さんが新たに迎え入れられた伊ソナス・ファベールのエレクタ・アマトールIII。
18cmウーファーのブックシェルフで30Hz以下まで出るというから驚かされる。
「そのうちお邪魔させて下さい」とお願いしてからもうずいぶん経ってしまった。
「そのうち」というのは曲者だなとつくづく思う。

 それでもやっぱり、自らの過剰性については時折反省することがある。わが家へ遊びにきてくれた人なら誰しもお分かりかと思うが、わが家くらいの広さの部屋なら10cm×1発のBH「レス」や「イソシギ」で、少なくとも耐入力はほとんどの音楽に不足ない。ちょっとビックリするくらいの大音量で鳴り渡らせることが可能なのだ。現に狭いアパートで「6畳間オーディオ」を励行していた独身時分は、7~10cmフルレンジのBHやダブルバスレフ(DB)をリファレンスにして、少なくとも音量面では全く不足がなかったものである。

 アンプも同様、同社としては比較的入手しやすいクラスの製品とはいえ、アキュフェーズのセパレートアンプを使用しているが、90W+90Wの出力を持つパワーアンプにして、針式のパワーメーターが10Wの目盛りを超えることはそう多くない。それどころか、第306回で書いた山本音響工芸の真空管アンプA-08Sはたったの2W+2Wでしかないが、ほとんどの音楽を音量的に過不足なく鳴らしてしまい、かてて加えて今度は当方が心臓をわしづかみにされるようなフレッシュで瑞々しい音を聴かせてくれた。

で、わが家のメインスピーカーはこちら。何とも異形のリファレンスである。

 さらに、誤解を恐れずにいうなら、昨今3~5万円も出せば購入できるいわゆるデジタルアンプの一部には、クオリティ的にも結構しっかりしたものがあり、もちろんアキュフェーズと比べちゃいけないが、絶対的には「これで十分試聴仕事になるんじゃないか?」という製品が散見される。念のため、残念ながらすべての製品がそうというわけではない。以前友人がネットで購入したというデジタルアンプを持ってきたが、これがまたザラザラでバリだらけのひどい音だった。やはり「分かったエンジニア」が設計し、試作を繰り返した製品でなければ、ひとかどのクオリティを獲得するのは難しいのであろう。

 しかし、思えばいい時代になったものだと思う。オーディオ全盛期から1980年代くらいまでにかけて、日本のオーディオは本当に玉石混淆だった。日本の家電大手が威信をかけ、採算度外視で開発・製造した製品というのがごく一部にあって、それらの多く(全部というわけではない)は現在でも高値で取引される伝説の作品群となった。その一方で、そのつい隣(概して少し下)の型番を背負った製品は明らかにコストがかかっておらず、あぁメーカーはこっちが売りたいんだなと丸分かりになるような例がいくつもあったものだ。あの時代は少数の"大当たり!"と大半の実用的だがある意味凡庸な製品、そして少数の"大外れ!"が市場を賑わせていた、そんな気がしてならない。

 それに対して現在は、往時とメーカーの数も販売台数も比較にはならないが、それだけにどの製品も「ムダ撃ち」が許されず、かなり高いところでクオリティがそろっているような気がしている。もちろんこれは名の通ったオーディオメーカーに限っての話で、昨今ネット・モールを賑わせている名も知れぬメーカーの製品には、やはり前世紀のオーディオとよく似た傾向が見受けられるような気もする。そんな中にもキラリと光る宝石が少なからず混じっていることを承知の上で、そういうメーカー/ブランドのご利用は、くれぐれも自己責任でとお願いせねばならない。

音楽之友社・清本氏よりご提供いただいた、大阪は共立シリコンハウスでのイベントの模様。
左から「イソシギ」「コサギ」「チュウサギ」となる。コサギは6cmで後の2本は10cm、
すべて私の設計した鳥型BHで、コサギとチュウサギは共立電子からキット発売されている。

 どうも私は、ちょっと気を抜くとすぐ余談の方へ筆が滑っていってしまう。話を本題へ戻すと、ならばわが家は10cmのBHでリファレンスを構築することができるか、と問われれば、無理と申し上げるほかない。確かに、第285回で紹介したムック本「オーディオ超絶音源探検隊」の付録CDに収録されている戦車砲を筆頭とする、ごく僅かの例外的な音源を除けば音量やレンジは10cmBHで十分なのだが、それでは10cmと20cmで奏でる音の質までが共通かというと、残念ながらそうではない。20cmフルレンジにしか出せない音、というものがこの世には厳然と存在するのだ。

 順を追って解説すると、まずウーファーとフルレンジの違いがある。第279回で少し詳細に解説しているが、要は振動板の重いウーファーよりも軽いフルレンジの方が、立ち上がり良くハイスピードな音を出すことが容易いということだ。

 しかし、そうなるとフルレンジの中でも小口径の方が絶対的な振動質量は軽くなるから、よりハイスピードな音は出しやすくなるというものであろう。確かにそういう要素がないではないのだが、小口径のフルレンジは概してボイスコイルの口径が小さく、そうなると振動板をしっかりと支えることが難しくなる。パワフルで立ち上がりの鋭い音を再生するには、振動板があまり不整振動してしまうことは好ましくない。そういう意味で、振動板口径が際立って大きな20cmフルレンジに大きな優位性が認められる、というわけだ。

 ならばなぜ20cmのみボイスコイル径を大きくできるのか。前にも書いたことがあったと思うが、小口径のフルレンジは1発で最高域まで再生させるように設計するのが普通で、そうなると高域限界周波数はボイスコイルの口径である程度の制限がかかってしまう。一方、20cmから上の口径はトゥイーターを組み合わせることをある程度前提として織り込めるので、ボイスコイル径を大きく取ることができる。JBL往年の30cmフルレンジD123や38cmのD130などがパワフルで軽やかな音を聴かせたのは、磁力の強さや振動板の軽さもさることながら、ボイスコイル径が大きかったのも要因の一つだろうと考えている。

サブシステムを組むならアンプはそうだな、このアムレックAL-602Hくらいがいいかな。
4万円もしないが、かなり大きなスピーカーでもBHのような難物でも、
余裕を持って鳴らし切ることができる「小さな大物」である。

 もちろんわが家では20cmですら過剰だというのに、30cmやまして38cmなど導入できようもない。それで必然的に20cmということになるのだが、ならばなぜ一般的な矩形のCW型BHとせず、極端にかさばる鳥型にこだわっているのか。これもまぁ成り行きのような要素、具体的には長岡氏が亡くなられてから製作・発表する者が途絶えていた鳥型を、私が復刻というか新たに設計し始めたものだから、私以外がほとんど発表しないという事情が大きいのだが、それを抜きにしても鳥型であることに大きな理由を見出すとすれば、またしても「鳥型BHにしか出せない音がある」からだ。

 平面バッフルはキャビネットのクセがないのが美点だが、その一方でバッフルの反射により音が濁り、音場感の再現などに不満が残る。ならばバッフル面積の小さな小型ブックシェルフが最高かといえば、今度は内容積が小さくて低域が満足に出せないか、あるいは能率が極端に下がってしまうかということになる。

 低域が出ないのはサブウーファー(SW)を追加すれば何とかなり、往年のボーズ501Xなどでその方式は実現していたが、自作でサテライト(メインの小型ブックシェルフ)とSWの能率とスピード感をそろえるのは大変難しい。能率が低くなるのはもっと深刻で、前述の立ち上がりの良さやスピード感という項目を犠牲にすることとなってしまう。

 ならば超小型のキャビネットへ高能率フルレンジを取り付け、そこから首を生やして下へBHの音道を展開させればよいのではないか、とひらめかれた長岡鉄男氏が1986年に発表したのがD-101「スワン」である。この作例は空前の大ヒットとなり、掲載誌が早々に売り切れた後にも記事のコピーを求める手紙が引きも切らず、という大騒ぎになったそうだ。確かその頃、亡くなられた評論家の高島誠氏が「記事のコピーを編集部へ求めるなら、必ず切手を貼った返信用封筒を送った上で依頼すること」と、読者へ注意意喚起されていたのを思い出す。さすが高島先生、大学教授だなぁ、などと改めて感じたものである。

 また話が枝葉に迷い込んでしまった。わが「ハシビロコウ」は、長岡氏の"発明"となる「スワン」の遠い末裔に当たる。というか、基本となる考え方は初代「スワン」から何も変わっていないのだ。バッフル面積を可能な限り小さく取ることによる音場再生能力の向上、そして高能率フルレンジとBHによる俊敏で大迫力の音、その両者をともに満足させるには、鳥型BH以外の選択肢が存在しないといってよい。それで、大きな冷蔵庫が2本リビングに聳え立っているのと同じくらいの不自由をかこちつつ、この「過剰の塊」を飼い続けている。

このフォステクスAP15mk2なら1万円ちょっとで買えるし、
それでいて「ハシビロコウ」でもそこそこ鳴らしてしまうのだからビックリである。
メインシステムの4ウェイも、ミッドハイとトゥイーターは本機で鳴らしている。

 だが、ちょっと待ってほしい。バッフル面積最小を美徳とするのなら、20cmの「ハシビロコウ」より10cmの「スワン」、もっといえば6cmの「コサギ」の方が優れているのではないか。こう思われた人もおられようかと思うが、それはある一面において正しい。「ハシビロコウ」よりも「スワン」系というか、わが作例でいえば「オシドリ」や「ヒシクイ」の方が絶対的な音場感は優れている。実際、芸能山城組「輪廻交響楽」の冒頭など聴いていると、「ヒシクイ」では明らかに頭の後ろを歌手が通り過ぎていくのに、「ハシビロコウ」ではギリギリ後ろを通るか、下手をすると目の前を通り過ぎていくということになってしまう。2chステレオで後方定位を得るのは大変難しいから、「ハシビロコウ」でもかなり健闘している方ではあるのだが。

 ならばリファレンスを「ヒシクイ」にすればよさそうなものだが、やはり20cmにしか出ない音という問題が立ち塞がる。それら諸条件における私なりの妥協点が、このばかばかしいまでに巨大な鳥なのである。

 その代わりといっては何だが、わが家には10cm口径のマトリックス型コーナー型鳥型BH「イソシギ」がある。これは1本でサラウンド再生が可能になる魔法のスピーカーだから、より本格的な音場再生が必要になったらこちらを起動することとしている。

 やれやれ、「身の丈に合ったオーディオ」について考察しようと思って書き始めたのに、わが身の過剰さをあげつらうこととなってしまった。私はこれからも、この過剰を抱え込んだままオーディオ生活を営んでいくのだろう。

 自宅メインシステムには、この上マルチアンプ4ウェイなどというさらなる過剰も背負っているから、時折息苦しくなることがあり、これはひとつ寝室兼仕事部屋にサブシステムでも組もうかと考え始めている。

 構築するならそうだな、小口径のCW型BH「レス」か前述の「イソシギ」をメイン・スピーカーに据え、アンプはフォステクスかアムレックのデジタルアンプ、ソースはハイレゾのPCオーディオのみにしようか。ギリギリまで削ぎ落としたこんな装置でも、ハイスピードで音場感豊かな「変態ソフト」向きの音質傾向なら、きっと得られることと思う。実行したら、また当欄で報告させていただくこととしよう。



(2022年2月10日更新) 第317回に戻る  



炭山アキラ

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。

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