見出し画像

第317回/「芸能人格付けチェック!」の弦楽六重奏の楽器[鈴木 裕]

今年の元旦の夜はテレビ番組の「芸能人格付けチェック! 2022お正月スペシャル」を見ていた。日本酒を飲みながら、お節をつつきながらで細部の記憶は正確ではないが、その中で、高額なストラディヴァリウスとそれほどでもない楽器を演奏して、どちらがストラディヴァリウスによる演奏なのかを当てる問題が面白かった。

公式のウェブサイトから引用させてもらうと、

「番組史上最高額、総額65億円の世界的名器による六重奏を聴き分ける。

今回聴くのは、ヴァイオリン4本とヴィオラ、チェロによる六重奏。これまでの一流楽器の番組史上最高額は、昨年の49億円だったが、今年はそれを大きく上回る65億円。まさに奇跡の音色だ。ヴァイオリン4本は全てストラディバリウス。世界で600本もないと言われる名器のストラディバリウスが4本も揃って演奏するのは、世界的にも大変珍しいという。それと聴き比べるのは、趣味で楽しむレベルの楽器で総額500万円。ともに世界で活躍する一流の演奏者がその音色を奏でる。」
というものだ。

どちらがAでどちらがBかも忘れてしまったが、音に関してはだいたい覚えている。趣味で楽しむレベルの現代の楽器で総額500万円の方が、あきらかにヴィオラやチェロの鳴りが良く、中低域の充実したアンサンブルだった。テレビの音声で聴く限り、全体的な音圧感も”趣味で楽しむレベルの楽器”の方が高めに感じられた。良く鳴っているという意味では、安い楽器の方が良かったのだ。じゃあ、総額65億円のストラディヴァリウスたちは音楽を奏でる道具としては適していないのか。単に希少性での高い値段なのか。

ミュージックバードの番組の中には、
ストラディヴァリウスの楽器を使ったコンサートを特集している番組もあるほどだ。

まず言えるのは、そもそも総額500万円の六重奏の楽器はそれほど安モノじゃないという点だ。それらが新品なのか、20世紀中盤の楽器なのかはまったく紹介されていないが、きちんと作られている楽器であることが想像される。現代の楽器の値段は、木材の質や作業工程によってその違いが出てくるわけだが、総額500万円はそんなに安くない。(これについては、たとえばこの動画の17分17秒あたりから、6万円から150万円までの4梃の楽器を弾き比べているので参考になるかもしれない)。

あるいは、そうした楽器が良い状態にメンテナンスされているかどうかも大きいだろう。具体的に言えば、たとえば魂柱(こんちゅう。楽器の表板と裏板の間に立っていて、弦→駒→表板→裏板という流れで響きを伝える木製の柱)の位置やテンションのかけ方とか、駒の位置や角度、その高さと指板の角度の適切さとか各部がちゃんと接着されているかとか。また、新品そのものではなく、ある程度弾きこまれて音がほぐれている要素も大きい。

『修復家だけが知るストラディヴァリウスの真価』中澤 宗幸【著】。こんな本もある。

それに対してストラディヴァリウスは基本的に古い楽器だ。作られてから300年くらい経っている。とうぜん個々にコンディションの問題がある。たとえば博物館のような場所でガラスケースの中に長年展示されていたような楽器は鳴りが悪い。目覚めるまでに1年以上の時間がかかる場合もある。実際、そうした鳴らされていなかった楽器を手に入れて、なかなかほぐれた音にならないヴァイオリニストの音を聴いたこともある。逆に、中には楽器が酷使され過ぎて木がスカスカになっているというか、楽器としての最盛期を過ぎてしまったように感じられる場合もあった。いい弦楽器の職人だと、そうしたものをいったん分解して、いろいろと調整した上で状態を上げることも出来るそうだが、そういうメンテナンスを「やってある/やってない」というのも大きいはずだ。また、鳴らすのに特有のクセを持っている楽器もあるかもしれない。実際、ミュージックバードの番組でゲストに来た方の中でも、O.A.されない部分でストラディヴァリウスを使った録音について「実はそのまま弾くと音が硬いので、曲にあった音色を出すのは難しかった」と語ってくれた奏者もいた。

そもそもストラディヴァリウスの魅力は何かと言えば、特有の音色感と答える方は多いだろう。ただし、演奏者の側からするとコンサートホールにおいて遠くまで音が飛ぶ、浸透力の高い音を出せる、というある種の「機能性」を大事とする考え方もある。オーケストラの1stヴァイオリンのトップ(つまり、コンサートマスターやサンサートミストレス)がいい楽器を使っている場合、たしかに技術的なこともあるのだろうが、20mくらい離れた席から聴いていてそのトップの人の音が抜けて聞こえてくるような場合もある。楽器と奏者の能力だと思う。

以前見たNHKの番組(ストラディヴァリウス~魔性の楽器 300年の物語~)ではその要素として、音が飛ぶ方向性が絞られている、という実験結果を伝えていた。無響室の中で42個のマイクを設置、どの方向にどれくらいの音圧が出ているかを測定するようなテストだった。表板と裏板の面から音が出て、それが360度に広がるのではなく、ストラディヴァリウスでは指向性を持って音が飛んでいく度合いが高いことを確認。そのおかげで音が遠くまで伝わっていく、という内容だった。

ナタン・ミルシテイン(ソロvn)、オイゲン・ヨッフム指揮ウィーンフィルハーモニーによる
「ブラームス:ヴァイオリン協奏曲」のレコード。
ジャケットの中央に写っているのはミルシテインの使っていたストラディヴァリウス。

まとめるならば、ストラディヴァリウスはたしかに魅力的な音色を持った楽器で、音の浸透力も高いが、それなりのメンテナンスやチューニングが必要。また、弾き手にもその高いポテンシャルをコントロールできる力量が要求される。しかも、近くで聴くとその本来の魅力が出にくい、つまり近くのマイクで収録するとその音の魅力が捕捉しにくい。上記の「芸能人格付けチェック!」の中ではその本来の魅力を感じにくいさまざまな要素があったように思った。


さて、ここまで長々と楽器について書いてきたが、実はこれ、かなりオーディオ機器に該当する話だ。特にスピーカーに当てはまる。高級で大型のスピーカーであればイージーにいい音を出せるわけじゃない。むしろ難しい面が多い。

ミルシテインは生涯に4つのストラディヴァリウスを使っていた。そのひとつの説明。
文京楽器のウェブサイトだが、1974年に江藤俊哉氏に売却したという。

まずはそのスピーカーをきちんと駆動できるパワーアンプと組み合わせられるかどうか。能率とかインピーダンスのこともあるし、音色的な整合性や反応の速さの問題もある。表現力のポテンシャルが高いので、電源関係とかプレーヤーのアラを聴かせてしまう度合いも高い。

また大型スピーカーの場合、低域のレンジが広いはずだが、低音は部屋のレゾナンスの影響を多大に受ける。どこに置くかという問題もあるし、イコサイザーの使用や部屋のチューニングの必要性も出てくる。

あるいは、スピーカーと聴き手との距離の問題もある。ウーファーが2発あって、ミッドとツイーターと4つのドライバーユニットを使っていて、その一番下のドライバーから上のドライバーまで1mくらいの距離があるスピーカーも少なくない。それらのドライバーユニットの音がまとまって聞こえてくるかどうか。スピーカー自体の出来もあるし、アンプの帯域ごとの反応スピードもある。天井や床からの反射の問題も出てくる。いわゆるリニアフェイズというか、聴く耳の位置の、前後だけでなく上下の要素も大きいのだ。


その他のことも膨大な要素があり、スピーカーの鳴らし方やセッティングについては実際雑誌でも30回くらいの連載もしたくらいだが、オーディオの経験がない人がいきなり大型で高級なスピーカーを手に入れてもまともな音を出すのは難しい。しかもそれが20年や30年以上以前に製造されたものであれば、まずもっていい状態にメンテナンスする必要もあるはず。

そういったことを把握して、メンテナンスに出したり、アンプの組み合わせをアドバイスしたり、納品して良い状態にセッティングするのがオーディオ専門店の仕事ということになるのだが。

アヴァロン・アクースティクスのTesseract(テッサラクト)
高さは2m21cm。幅は74cm、奥行き82cm。1本375kgという大型スピーカー。


「芸能人格付けチェック!」を見ながら、ストラディヴァリウスが誤解されなければいいなと思った。今の日本って、即効で結果が出るものを良しとする風潮を感じるからだ。あと、さいごはやっぱり人間だ。たしかに道具や機材が音を出しているが、どんな音にするかは人間次第。人間が出したい音をヴァイオリンという道具やオーディオという機材を使って出している。突き詰めていくほどにその人の音になっていく。

(2022年1月31日更新)    第316回に戻る 



過去のコラムをご覧になりたい方はこちら


鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?