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【9/25横浜戦◎】優勝の日、球場で見た景色

守備につくときの、みんなの姿が好きだ。ベンチから出てきて、後ろポケットに手を入れ、その手を出してぽんと一つたたき、ファウルラインをまたぐ。

守備から戻るときの、みんなの姿が好きだ。三振をとった投手の、アウトを取った野手の、プレーを讃えるかのようにグラブをたたき、走ってベンチに戻る。

打席に着く時も、マウンドに立つ時も、みんなみんな好きだ。勝つ時も、負ける時も、いつもいつも、みんなが好きだ。

そして今日のみんなのその表情は、いつもよりも締まって見えた。ライアンも、村上くんも、てっぱちも、長岡くんも、石山も、シミノボもマクガフも、もうみんなみんな、いつもよりもさらに集中力が光って見えた。

そして同時にそれは、横浜の選手たちと、ファンたちも同じだった。

バックネット裏二階席につくときは、いつも隣がどちらのファンかな、と少し気にしながら席に向かう。私は周りが相手チームのファンでもそこまで気にならないというか、まあそんなことは今までも多くあったわけで(神宮球場に相手チームのファンの方が多いということなんてザラにあったわけで)、そうなったらそうなったで「そういうものだ」と思うタイプである。まあそうは言っても、一人で行くときは特に、隣が相手チームのファンだとそれなりに気をつかわなきゃな、と、一応考えるのだ。神宮であんまり不快な思いをしてほしくないじゃないですか、こんなにいい場所なわけだし。

と、思いながら行くと、今日は横浜のユニフォームを来た男性がどうやら一人で観戦していた。ちなみにその隣も隣の隣も横浜ファンだった。私は通路側の席だったので、静かに観戦しよう、と、思いながら席につく。

試合は、ほんとうに息の詰まる、エース同士の投手戦だった。ライアンはいつもの数倍、集中して見えた。いつもと何かが違って見えた。今日のライアンすごい…と、私は何度も思った。

同時に、相手の今永もすばらしかった。ここで負けたら目の前で胴上げを許すという日、ちょっとしたことで心が折れたり集中力が切れたりしそうなもなのに、今永のそれはまったく切れる気配がなかった。

隣に座った横浜ファンの男性と私は、何度も同じタイミングでため息をついた。一方は、今永がピンチを抑えて安堵したため息で、一方は、チャンスをものにできなかった悔しいため息だ。もちろん反対に、一方はライアンがピンチを抑えて安堵したため息をつき、一方はチャンスをいかせなかった悔しいため息ということもあった。何度も何度も、同じことが繰り返された。それぞれの好守備に、すばらしい投球に、同じタイミングで反応した。両者とも譲らない、ほんとうに締まった試合だった。

オスナが内野安打で出塁し、ムーチョが打席に立った時、今年の優勝を決めるのは、27番を背負ったムーチョかもしれない…!と、思った。ここで、1本を出して決めるのかもしれない。…と、思っていたらムーチョはバントの構えを見せた。「バントかい!」と、私は心の中で突っ込んだ。

だけどムーチョはそのバントを、ほんとうに、たった一球で決めた。隣の男性と私はまた、同じタイミングで息をのんだ。空気が少し、動いた気がした。

次に打席に立った丸ちゃんは、あの日、悔しくて一塁ベースから立ち上がれなかった日から、なんだかものすごく大きくなったように見えた。たくましく見えた。いや、あとから振り返るからそう思うのかもしれない。だけどこの1本は、あの日の悔しさから、繋がっているのだと、そう思う。

2球目を、丸ちゃんはセンターに打ち返し、代走の塩見が走り出した。私は「打った…!」と、思わず口に出して立ち上がった。隣の男性も、立ち上がって打球を見守った。塩見はあっという間にホームに帰ってきて、みんながベンチから飛び出してきた。私は立ち上がったまま涙が次から次へと出てきて、なんだこれはというほど出てきて、もう座ることも忘れて、そのままずっと泣いていた。

ビジョンには、てっぱちが泣き崩れる姿が映った。私はそれを見てまた泣いた。しんどかったんだよな、と思った。みんな、しんどかったんだ。優勝を経験してもなお、また新しいつらさはやってくる。それを乗り越えたみんなが、一際かっこよく見えた。

気づけば、隣の男性も立ち上がって、ずっとヤクルトたちを見ていた。そして、大きなため息をついたそのあと、私と一緒に、同じように、ヤクルトたちに向かって拍手を送ってくれた。横浜のユニフォームを着たまま、そのままで。

ようやく席に座って、高津さんの挨拶を聞いた。今年のいろんなことを噛み締めながら、じっと聞いた。私が高津さんに拍手を送るタイミングで、その同じタイミングで、隣の男性が、拍手を送ってくれていた。目の前で、相手チームの優勝が決まったのに、それは同時に、自分が応援するチームが優勝を逃した瞬間だったのに、悔しい気持ちが大きいはずなのに、男性は最後まで、高津さんの挨拶を聞き続けていた。

挨拶が終わったあと、男性は帰る準備をして立ち上がり、私の方を見て「おめでとうございます」と、言ってくれた。私はびっくりして「あ…ありがとうございます…!」と言った。「いい試合でしたね」と男性が言うので、「今永、すごかったです」と、私は言った。そして男性は、横浜のユニフォームを脱ぎ、「じゃあ」と、帰っていった。

神宮にはいつも、いろんな景色がある。私はそこで何度も、誰かの歓喜を見た。誰かの悔し涙を見た。てっぱちの涙を、丸ちゃんの悔しさを見た。そしてそこにはもちろん、相手チームのファンの、あらゆる感情だってあった。

私は同じ立場に立ったとき、「おめでとうございます」と言えるだろうか。相手のチームの監督の挨拶に、拍手を送ることができるだろうか。

だけど、男性と私は同じ景色を見ていた。同じタイミングで、ため息をつき、息を呑んだ。そして最後は同じタイミングで、拍手をした。それは、野球のすばらしいことの一つなのだ、と、そう思う。その景色には表と裏がある。一方が泣き、一方が笑う。そしてそれは、いつひっくり返るかわからない。それでも、同じ景色であることには、変わりないのだ。

ヤクルト優勝おめでとうございます。素晴らしい景色を見せてくれてありがとう。みんなの喜ぶ顔を、ビールまみれの笑顔を見ながら、ビールを飲ませてくれてありがとう。

そして、素晴らしい試合を見せてくれた横浜と、横浜ファンのみなさまもありがとうございました。

またCSで、素晴らしい戦いができますように。


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