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ガガンボとは?-最弱の虫から学ぶこと-

 ガガンボって何? この問いに、「大きい蚊のような昆虫」という以上の答えをお持ちの方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。

 だからなんだ、と思われるかもしれませんが、ガガンボに限らず昆虫というのは世間で認識されているよりもずっと奥の深いものたちです。せっかく同じ地球に生きているのですから、少し彼ら彼女らのことを知ってみませんか?

 とりわけガガンボのような、人類に害も益もないマニアックな昆虫は研究自体が遅れており、その生活史や多様性が人に知られる機会はほとんどありません。この記事ではそんなガガンボについて、ざっくりご紹介しようと思います。

※この記事には昆虫の写真が掲載されています。一応お断りしておきます…


ガガンボは血を吸う?⇦吸いません。


 「ガガンボは刺す」というイメージがあるかもしれませんが、ガガンボの成虫は基本的に何も食べないか、花粉・蜜などを採餌しており、全くの無害です。そもそも、「蚊は刺す」というのもなかなかに乱暴な物言いで、蚊の中には吸血しないものも多くいます。しかも吸血するのはメスだけです。

 有名な話かもしれませんが、映画「ジュラシックパーク」にて、琥珀に閉じ込められた蚊から恐竜の血液を取り出し、そこからDNAを抽出して現代に恐竜をよみがえらせるという描写がありますが、あの琥珀に入っていたのは蚊ではなくガガンボなんだそうです。ガガンボは吸血しませんから、ハモンドさんたちは中生代を生きたガガンボのDNAを一生懸命研究していたということになりますね。


大きいのがガガンボ?⇦様々な形のガガンボがいます

 ガガンボにたくさんの種類がいることはあまり知られていませんが、「○○ガガンボ」という昆虫が日本だけで700種類以上記載されており、まだまだ名前がついていないものも相当数いるといわれています。全世界のガガンボの種数となると、もはや人類に知る由もないでしょう。蚊のように小さいガガンボもいれば、手のひらサイズのブリブリなガガンボもいますし、中にはハチに擬態するものや翅が退化したものもいます。

 一方でガガンボはよく似た種類も多く、目立った形態的特徴がないことから種の判別が困難であるため、これまで同種とされていたものの標本をよく調べたら新種が含まれていた、ということはよくあるようです。いずれにしても、研究が進めばこれからまだまだ新種が発見されると予想されています。


👇ヒメガガンボ科の一種。美しいカラーリングですが、調べても何という種類かわかりませんでした。こういうときのために採集して標本にする必要があるのですが、お取込み中のようでしたので写真だけ。

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👇ホリカワクシヒゲガガンボ。これはメスですが、オスは名の通り触覚が櫛状になります。体色からわかる通り、典型的なハチ擬態です。かっこよすぎだろ…

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👇キイロホソガガンボ。山地でふつうにみられます。この個体は寄生バエに寄生されており、腹部から幼虫が出てきました。寄生バエはさなぎにならず死んでしまいましたが、ガガンボは寄生の対象になることがわかりました。

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ガガンボは蚊の仲間?

 めんどくさい分類の話ですので、ダルいなと思う方はここは読み飛ばしちゃってください。

 ガガンボは蚊と同じ双翅目(そうしもく)という分類学上のグループに属しています。双翅目はその名の通り翅が二枚の昆虫のグループで(通常、昆虫には翅が4枚あります)、ガガンボのほかにカ、ハエ、アブ、ブユなどが含まれる巨大なグループです。

 双翅目の昆虫は地球上に12万種以上確認されています。哺乳類が全世界で7000種程度であることを考えると、いかに双翅目昆虫の種数が多いかがわかりますね。

 双翅目はさらに二つの「亜目」に分けられ、触角が長い長角亜目(カ、ガガンボ、ブユ等)、触角が短い短角亜目(ハエ、アブ等)に分けられます。蚊とガガンボは同じ長角亜目に分類されますので、ある程度近縁であるといえるでしょう。

 長角亜目はさらに7つの「下目」に分けられ、ガガンボは「ガガンボ下目」「コシボソガガンボ下目」に含まれる昆虫を指していると考えられます。一方で蚊は「カ下目」に分類されるため、ここでようやくガガンボと蚊が分類学上別のグループ扱いとなります(残り4つの下目についてはここでは触れません)。

「ガガンボ下目」、「コシボソガガンボ下目」、「カ下目」を分ける形態的な違い(見た目の違い)は極めてマニアックな話なので、いつか比較の記事を書こうと思います。ここではガガンボと蚊は分類学上近縁ではあるものの、微妙な形態の違いがあり、それぞれ別の下目にグループ分けされているということをご理解いただければと思います。


ガガンボの生活環境

 ガガンボは非常に多様な環境に適応していますが、多くは幼虫時代を川や池など淡水中で過ごします。水底の汚いヘドロみたいなもの(デトリタス)を食べたり、植物の根を食べたりしています。また陸生の幼虫もおり、カブトムシと同じように腐葉土で育つものや、キノコを食べて育つものなど、そのライフスタイルは実に様々です。特に水生のガガンボ幼虫は綺麗な水でなければ生きられない種類も多く、その場所の水質を確かめる「環境指標生物」として有用と考えられています。

 ガガンボ幼虫の見た目はほかの幼虫と比較してもかなり迫力があります。特に最大種のミカドガガンボの幼虫は虫嫌いの人は相当キツいでしょう。あれが成虫の姿になるのは本当に信じられませんね…

 意外かもしれませんが、ガガンボはさなぎの過程を経て成虫になります。成虫は水生のものは知られておらず、ほとんどの場合翅を持ち、山林や渓流で植物の葉にとまっていることが多いです。先に述べたように、成虫は食物を口にしない種もあり、成虫の期間は幼虫のそれよりもずっと短いのです。


最弱の虫から学ぶこと

  ガガンボはハチのように毒針を持っていませんし、クワガタのような力強い大あごも持っていません。蛾のように擬態も得意ではないですし、できることといえば捕まった時に自らの足を切り離す「自切」くらいのものです。このためしばしばガガンボは「最弱の虫」のレッテルを張られることがあります。

しかし実際に山へ出かけてみると、ガガンボが滅びるとは到底思えないほど様々な種と遭遇することができますし、むしろ昆虫の中でもガガンボは非常に多様性に富むグループだと感じられます。

 これは偏に、我々が成虫としてのガガンボしか認識していないことが原因でしょう。ガガンボの幼虫は他の生き物が餌としないような水底の堆積物等を食べることで成長できるため、食物を得るために厳しい競争にさらされることがあまりありません。このような生態系における地位のことを「ニッチ」と言いますが、ガガンボは特殊なニッチにゴリゴリに進出することによりここまで多様化したといえるでしょう。ほかの生き物に食べられることはあっても、自分たちが飢え死にすることはほとんどない、といったところでしょうか。

 自然科学と精神論を結び付けたくはありませんが、私は現代を生きる上で重要なことがガガンボという生き物に秘められているような気がしてなりません。「昔はよかった」とか、「生きづらい時代になった」という声を聞くようになって久しいですが、それは人間社会が急速に発展したことで我々個人が生きる上で必要なニッチが飽和状態になってしまったことも一因ではないでしょうか。

 いま世の中は大変な状況で、そんな中でも生きる道を探していかなければならないわけですが、そのために自分の持っている能力だけで戦い、道を切り開くのは限界があると思うわけです。時には川底の泥に潜ってみたり、キノコの傘の裏側に分け入ってみたり、みな寝静まった冬に翅を伸ばしてみたり。誰もわざわざやらないようなことを敢えてやってみると、意外なところで人の力は発揮されるかもしれません。


 そんな簡単に社会的ニッチを獲得することは難しいかもしれませんが、そういう生き方もある、ということをガガンボから学ぶことはできます。これからもしガガンボを見かけることがあったら、彼ら彼女らの「虫生」に想いを馳せてみてください。それぞれが、いろいろな生きざまを持っているのです…


おまけ

 ガガンボは英語で「Crane fly」または「Daddy Long Legs(あしながおじさん)」と言うそうです。普通の人は絶対知らないので、明日周りの人に自慢してみてください。


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