うえののそこから「はじまり、はじまり」 展 荒木珠奈展
現在上野の東京都美術館で開催されている、作家の荒木珠奈さんによる個展『うえののそこから「はじまり、はじまり」展』へ足を運んで参りました!
チケットカウンターを過ぎれば地下へと向かうエスカレーター。
絵本の世界のような可愛らしさの中に微かな不気味さが同居する、不思議な魅力に溢れる荒木さんの作品を巡る旅の始まりです。
本記事ではまず様々な作品や展示の様子をご紹介し、次に展覧会のポイントを3点に絞ってお伝えしていきます。
作品&展示の魅力
第一章から第四章までの章仕立てとなっている本展。
その素敵な中身をわずかながら写真と共に抜粋しつつご紹介していきます。
・ 可愛らしくも奥行きある版画作品たち
本展を紹介する上で版画を避けることはできないというくらい、展示されている版画作品の数は圧倒的です。
荒木さんは版画の制作歴がかなり長く、どれも微妙な色彩の組み合わせや濃淡、豊かな表情を見せるテクスチャーなど、巧みで奥行きのある作品ばかり。
まさに「詩情豊か」という表現がぴったりです。
第一章では荒木さんが旅への憧れを募らせていた時期の作品、そしてついにメキシコに飛び出し、数年間滞在制作した際につくられた作品を見ることができます。
以下の作品はカーテンのようなものや船が描かれたもの、様々なバリエーションの家が表されたものなど。
ここのセクションでは「幕開け」や「船出」、荒木さん自身の拠点の象徴といった、旅と関連づけての解釈ができそうな作品が多く並びます。
メキシコへ渡ってからの作品には、その文化を反映したものも多く見られます。
また、第三章では「物語の世界」をテーマに非常に多数の作品が集められており、荒木さん独自の幻想的なビジョンを存分に味わうことができます。
・ 温かな光をたたえたインスタレーション
印象的なインスタレーション作品が多い本展ですが、ここでは温かく柔らかな光をたたえる作品を2点ご紹介します。
一つ目は《Caos poetico (詩的な混沌)》という、宙吊りになった小さな家々からカラフルな光が漏れる作品です。
荒木さんがメキシコで目にした、電線から自身で勝手に家に電気を引いてくる人々のたくましい暮らしぶりに着想を得ているそうで、一つ一つの温かな光にも力強さが感じられます。
無造作にからまるコードやカラフルで陽気な光は、メキシコの夜の街並みを想起させます。
小さな家の一つ一つをよく見てみると、形はもちろん様々な箱が使われていたり、何かのイメージが切り貼りされていたりと、それぞれに個性があることが分かります。
一つとして同じものがないのは、それぞれの人の営みと同じですね。
誰かの生活という点では、二つ目の《うち》という作品にも通じる部分があります。
こちらは木箱ひとつひとつが団地の部屋に見立てられており、開けると柔らかなオレンジ色の光が漏れ、その中には思い思いに過ごす人々の姿が。
コーヒーを淹れている人や楽器を弾いている人、小さな子供と遊ぶ大人のような影など、それぞれの家での多様な人々の営みが垣間見えます。
どの人影も微妙にディテールが省略されており、何をしているかがはっきりとはわからないことで、こちらも想像力を働かせて鑑賞することができるのです。
見ていくうちに普段の自分に重なるものが見つかるかもしれませんし、あるいは普段は想像もしないような見知らぬ誰かの日常として映るかもしれません。
そうしたものに思いがけず触れ、多くの人たちが持つ穏やかな生活を改めて思い起こすような、温かい再認識を噛みしめるひとときとなりました。
また、開けられている箱の数によって展示空間に漏れる光の量も左右されるため、その時々で違った表情を楽しめるのも魅力です。
ちなみに、内部の表面には蜜ろうが塗られ、しっとりとした思わず触りたくなるような優しい風合いを醸しています。
人々の営みが染み込むことでその場所に生じる「見えない厚み」を表しているかのようです。
・ 上野という場に想いを馳せる
「上野の底」を巡る旅は、今回の展示のために制作された《記憶の底》で終着点を迎えます。
荒木さんは本作のために上野の歴史を調査し、その多様性あふれる内実に深い興味を覚えたとのこと。
そうして「上野の記憶」をテーマとした本作が誕生しました。
周囲には過去の映像が投影され、宙に漂う無数の鏡がそれを反射しています。
そして中央の不思議な実のようなものは「中空のかご」。
過去も未来もひっくるめて、多様な人々の営みを受け入れては吐き出す存在だそう。
どこか有機的なその形は、さまざまなバックグラウンドを持つ人々の交流点となってきた上野という場の、生き物のような活力を思わせます。
「中空」とは「空っぽ」という意味なので、それ自体は入れ物にすぎず、常に何かがその中に入ることによってこそ意味がある存在なのでしょう。
起きる出来事を起きるままに任せて見守ってきたものと考えながら周囲を歩いていると、今の上野に至るまでに連なる記憶や歴史、そしてこれから起こりゆくことについて、自然と俯瞰的な視点が湧き上がってくるように思われました。
また、この作品の中には実際に入ることができ、見上げると鏡に映る自分に見つめ返されます。
どんなに小さな割合であったとしても、自分もまた今現在の上野という場の記憶を構成する当事者であるということを思い起こさせるかのようです。
ある場所の過去や未来へ想像力を及ばせたり、自分とその場所との関係性に気づいたりといったことは、日常ではほぼ縁のない経験ではないでしょうか。
新鮮な視点を手に入れて帰ってこられることは美術展の大きな魅力の一つと言えますが、本展においても是非これを味わっていただきたいです。
ここまで様々な作品をご紹介してきましたが、それでも展覧会のほんの一部にすぎません。
少しでもご興味があれば、ぜひご自身で実際に鑑賞していただければと思います!
ここが楽しい!展覧会の魅力2点
様々な魅力に溢れる本展ですが、最後にその面白さをよりお伝えするべく、楽しみポイントを2点に絞ってピックアップしてみました。
1. 大人から子どもまで。
本展の魅力の一つは、何と言っても参加型の作品がいくつかあり、体験しながらの楽しい鑑賞が可能な点。
例えば、先ほど取り上げた《chaos poetico (詩的な混沌)》では、一部の家を自分で取り付けることができます。
また、《うち》では既に書いたように、好きな小箱をひとつ開けることができます。
選んだ鍵を手に様々な箱がランダムに並ぶなか数字が一致するものを探して歩き回るとき、そして開けるときのワクワク感。
箱から温かい光が漏れるときの、まるで自分の家に帰ってきたかのように安らぐ気持ちは、この体験の醍醐味と言えます。
今回写真を撮り忘れてしまったのですが、この作品はよく見るとオルゴールになっており、実際につまみを回して音を出せるものもあります。
このように様々な体験をしつつ緩急ある鑑賞ができる本展は、大人から子どもまで存分に楽しめる展覧会と言えそうです。
「美術展=堅苦しいもの」と身構えず、親子づれの方々にも是非足を運んでいただきたい展示だと思います。
2. 会話が生まれる展示室
このように実際に体験してみる場面も多い本展ですが、それをサポートしてくださったり作品の背景を教えてくださったりするのが、展示室の随所にいらっしゃる鑑賞ファシリテーターの方々。
筆者は鑑賞をしていく中で、主に3名の方々とお話ししました!
こちらから質問をしたり、あちら側から話しかけてくださったり、みなさん物腰柔らかで作品を基軸に様々な会話を楽しむことができました。
例えば、《うち》の前でお話したファシリテーターさん。
ある箱を指して「この人は何をしているんでしょうね…」とか、「どんな印象が浮かんできましたか?」など鑑賞を深めるような質問をそっと投げかけてくださいました。
まるで対話型鑑賞みたいだとウキウキしながら応じた筆者ですが、逆にこちらから尋ねてみたりもして、同じ作品に対してのそれぞれの視点を共有する楽しい時間となりました。
みなさん美術のプロとしての視点というよりも、私たち多くの来館者の視点に立って一緒に作品を鑑賞してくださって、とても楽しい作品鑑賞となりました。
訪れた際は是非、会話を楽しんでみてくださいね。
まとめ
本記事では、荒木珠奈「上野の」いくつかの作品のピックアップとともに、本展覧会独自の面白いポイントを2点挙げてきました。
展覧会そのものの魅力には遠く及びませんが、少しでも荒木さんの作品の魅力、展覧会の雰囲気や面白さが伝わっていれば幸いです。
上野の地下に広がる非日常的な空間で、作品の世界にどっぷりと浸かりながらの楽しい旅を、みなさん自身で是非経験していただければと思います。
展覧会情報
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